19 決闘からの



 新高大臣は眉間に皺を寄せた後で、それをほぐすように眼鏡を外し、指で揉んだ。


「仕方ない。八瀬川さん、よろしいですか?」

「よろしくはないですが……」


 そうしないと話が進まないのは、鮫島さんの目を見れば明らかだった。

 彼女からはありありとした憎悪が浮かんでいる。

 桜田門ダンジョンでシンが見せた幻が本物であるなら、鮫島さんのモンスターへの憎悪は根深い。

 私が元人間のモンスターだと言ったところで、現在がモンスターであるなら彼女にとってはなにも変わらないのかもしれない。


「やるしかないんでしょうね」


 これでモンスターの姿を見せたりしたらどうなるんだろう?


「あなたはモンスターなのですよね?」

「ええ」

「では、その姿を見せなさい」


 見せろと言われてしまった。

 んん……。

 ここ、人払いはされたけど監視カメラはあるだろうし、誰かが盗聴しているかもしれないし。


「できれば断りたいんですけど」

「見せなさい」


 断固とした鮫島さんの態度に、時間の無駄をすぐに察した。


「仕方ない」


 体育館の中は格闘技用のマットが敷かれた面が四つあり、その一つに私たちはいたので、その面を覆うように黒い結界で覆った。

 結界の中に新高大臣もいる。


「なにを⁉︎」

「カメラ対策です。新高大臣、この戦いが外に漏れたら……」

「漏れたら、なにかな?」

「世間の流れ次第ではゴ●ラが実在することになると思ってください」

「肝に銘じておく」

「それなら」


 これ以上はもったいぶっても仕方がない。

 とはいえ、全力の姿というわけにはいかない。

 狭すぎる。

 サイズを合わせるぐらいはできるけれど、迫力が足りないことになるなぁ。


 元の姿に戻る。

『元』といっても何度も進化を繰り返して姿を変えているので、どれが『元』なのかというと自分でも混乱してしまうけれど、今のモンスターの姿としてはこれになる。

 エクスマニフィートドラゴン。

 光鱗威角偉髯金剛覇王竜。


「狭いのでサイズを調整していますが、これが私のモンスターとしての姿です」


 そういえば、ダンジョンから放り出された時のことは話題にならなかったな。

 うまく姿を隠せていたみたいだ。


「さて、どうします?」


 結界に角が当たる。

 これよりも小さくなることもできるが、それだと威圧感がさらに減ってしまう。

 ドラゴンである以上、質量差での威圧もまた様式美だろうと私は考えている。


「大臣、外に出てください」

「鮫島君」

「お願いします」

「……ふう、わかった。八瀬川さん、できるかな?」

「どうぞ」


 その瞬間、新高大臣の姿が消える。


「なにを⁉︎」

「結界の外に出しただけですよ」


 この姿が外から見られる可能性は一パーセントでも発生させる気はない。

 それよりも、鮫島さんの私への警戒心がヒステリーレベルになっている。

 これ、一度戦ったぐらいでどうにかなるのかな?


「さて、いつでもどうぞ」

「くっ」


 鮫島さんはあの鞭のようにしなる剣を握り、距離を詰めた。

 彼女の手が閃く。

 しかし、剣身はそこから複雑に動く。

 鮫島さんの動きを見ることができて、そして剣術に多少でも心得があれば、普段からの慣れと現実の剣の動きに翻弄されて、瞬く間に切り刻まれて終わりだろう。

 だが、私は冷静に剣先の動きを追い、体に接触する瞬間に小さな結界盾を出現させて弾くだけでいい。


 鮫島さんには攻撃が当たらなかったことがわかったようだが、動揺なく連続攻撃を続けていく。

 私はそれを受け続ける。

 この体では戦場が狭すぎて、回避に専念というわけにはいかない。

 それに、彼女を納得させるには、とにかく全力を出させてやるのが肝要だろうと考えた。


 桜田門ダンジョンで見せた嵐のような剣鞭の攻撃は、私には通じない。

 だが、優れた覚醒者の攻撃手段がこれだけということはない。

 なにを出す?


「うううう……ああああああっ!」


 感情のままに叫ぶ鮫島さんの姿に冷静さはない。

 モンスターに自身の攻撃が通用しないのは、彼女のトラウマを刺激することに繋がるのかもしれない。

 とはいえ、仕掛けてきたのは彼女であるし、わざと負けたところで納得しないだろう。

 いい感じに引き分ける?

 ここまで誤魔化してきたのだから、そういうのはやめよう。

 私の実力が見たいというのだから、見ればいい。

 鮫島さんが見れる部分だけでも。


 叫んだ鮫島さんの周りから、青い気のようなものが溢れ出した。


「水?」


 周囲の湿度が増した。

 青い気はすぐに実体を持ち、宙をうねる水の塊となる。

 その水の塊が刃のように切り掛かったり、質量そのもので体当たりのようなことをしてくる。

 まるで別の生き物のように鮫島さんとは別に動き、襲いかかってくる。

 これが鮫島さんの能力なのだろう。

 その全てを結界盾で受け止める。

 受け止め続ける。

 だが、それだけでは壁を殴っているのと変わりはないか。

 では。

 少し息を吸い、吐き出す。

 ブレスというほどではないが、空気の塊を吐き出し、水の塊にぶつける。

 鮫島さんの水は、それで破砕した。

 水だからまた復活させることもできるはずだが、そうしなかった。

 鮫島さんは剣を振るのを止め、立ち尽くす。


「……もういいです」

「そうですか」


 鮫島さんがそういうので、人の姿に戻り、結界を解除する。


「大丈夫かね?」

「はい」


 新高大臣が彼女を心配するが、怪我はないはずだ。

 いや、能力を解除された反動があるかもしれないか。


「回復は必要ですか?」

「いいえ、大丈夫」


 呼びかけると、鮫島さんが私を睨んだ。


「最後に一つ、いいかしら?」

「どうぞ」

「あなたは、どうして人間に戻りたいの?」

「それはもちろん、人間であることこそが、私の本質だからでしょう」


 ダンジョンモンスターに転生させられ、ダンジョンのラスボスとして百年を過ごした。

 その間に、人間としての記憶の大半を失った。

 道徳、倫理観だって人間のままではないかもしれない。

 しかしそれでも、私の記憶の根源が人間である以上、私は人間に戻れるのなら、戻りたいのだ。


「別に、たいした人生を送ってきたわけではありませんがね。人間として生きることができるのなら、そうしたい。そう思うのだから仕方ない」


 そういう理由だ。


「そう」


 鮫島さんは睨むのをやめ、一歩下がると私と新高大臣に「ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。

 冷静さを取り戻してくれて、なによりだ。


「では、八瀬川さんの覚醒者登録を済ませておくよ。登録証はまた後日、ここに取りにきてくれるかな?」

「ええ、わかりました」


 そういうわけで、その日は終わったのだけれど。

 やはり、失敗したかなと思わないでもない。

 後でのことだけど。





『本日、ダンジョン省からの発表で、日本で五人目のS級覚醒者が見つかったと発表がありました』


 定食屋で鯖の味噌煮定食を食べていると、店のテレビから昼のニュースが聞こえてきた。


『なんとその男性は、三十歳を超えてから覚醒者としての能力を発現したそうなのです』


 嫌な予感がしたのは、ここでだった。


『その方の名前は八瀬川次郎さんです!』


 顔を上げて、壁に貼り付けられたテレビを見ると、そこに私の顔写真があった。


「覚醒者にプライバシーはなかったか」


 D省の登録覚醒者一覧のページを思い出し、私は重いため息を吐いた。

 

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