18 交渉



 車はD省に到着した。

 運転手は途中で元気にならざるを得なかった彼に変わった。

 いまだに顔色が悪くとも、鮫島さんよりも安全に運転できるのだから仕方ない。


「料亭じゃないんだ」


 少しがっかりした。

 政治家や議員との秘密の話し合いとくれば料亭ではないのか?

 一度ぐらいは行ってみたい。

 二度目はいらないかもしれないけど。


「危険を考慮するとさすがに」


 と新高大臣は引き攣った苦笑を浮かべた。


「友好的な関係が確認できたら、ぜひとも」

「それは嬉しい」


 そうであってほしいと思う。

 二度目のD省。

 案内されたのは、省庁ビルの隣にある体育館だった。


「ここはD省に所属してくれている覚醒者たち用の訓練所でしてね」


 と、新高大臣が説明してくれる。

 入ってきたのは私と新高大臣、そして鮫島さん。

 運転手の彼は、途中で鮫島さんに止められていた。


「なにかあってもここならば対処できるでしょうからね」

「……」


 新高大臣はともかく、鮫島さんは完全に戦闘モードに入っている。

 いつ襲いかかってきてもおかしくない。


「それでは話していただけるんですか? あなたの事情を」

「お望みならば」


 仕方ないので、私はこれまでのことを説明した。

 平凡な会社員であった八瀬川次郎はおそらくある日、仕事明けの風呂場で死んだ。そして、気がつくとダンジョンモンスターになっていた。

 ダンジョンモンスターとしてダンジョンに挑戦する者たちとの戦いと生死を繰り返し、やがてダンジョンの最奥を守るラスボスとなった。

 そしてそのダンジョンを百年守ったある日、ダンジョンを作った女神にクビを言い渡され、そして左遷にかこつけて追放された。

 その先がなんと地球であり、あの時から全く時間が進んでいなかったことが判明した。


「だから、私は八瀬川次郎としての人生の続きを楽しむことにしたんです。信じますか?」

「……」

「……」

「信じられないという顔ですね」

「それは、さすがに突拍子がないというか」

「信じてもらえると?」

「ええと、どこが信じられません?」

「あなたがモンスターという以外の部分」

「あなたがモンスターという以外の部分ね」

「ひどいな」


 二人の反応には苦笑しか出ない。


「しかし、あなたに地球人的な常識があるのはわかりました。ダンジョンコンビニもあなたが?」

「ええ」

「スマホを使えているようですし、お金の作り方も知っている。一つ、わからないことが」

「なんですか?」


 お金の作り方ということは、金を売ったことも知っているのか。


「魔石が必要だったとして、どうして自分でダンジョンに潜らないのですか?」

「ああ、それは、私がモンスターを倒しても魔石が出ないし、ダンジョンにある魔石鉱脈を掘ることもできないからです。手に入れるには、間に人を介するしかない」

「そのようなことが」

「ええ」


 喋れることは全て喋ってしまった。

 まぁ、私がダンジョンモンスターであることを信じたのならば、まだまだ知りたいことは他にもあるだろう。

 だが、そのことは置いておいて、とりあえず私の素性に関しては説明を終えた。


「他にも質問が」

「その前に、私の処遇をどうするのかお聞きしたいのですが?」


 ここに来た理由はそれだ。

 そのことが解決しない限り、これ以上の情報提供はただのお人好しになってしまう。


「保護や実験動物扱いはごめんです。私の望みは、私を八瀬川次郎として認めること。以上です」


 まぁ、そんなことをしようとしたら全力で暴れてやるが。


「……わかりました。ただ、一つ条件が」

「なんでしょう?」

「あなたを覚醒者として認定するので、鮫島君の仕事を手伝ってもらえませんか?」

「大臣⁉︎」

「君の能力に不満があるわけではないよ。だが、オーバーワークとなっていることも事実だ」

「それは、そうですが」


 鮫島さんを黙らせた新高大臣は俺に向き直った。


「一部地域にあるダンジョンは即時攻略して撤去していることはご存知ですよね?」

「ええ、以前に彼女を手伝いましたから」

「以前は桜田門でしたか。皇居や永田町などに近い場所もそうですが、他にも空港、鉄道、新幹線、高速道路、道路、その他にもありますが、ダンジョンが近くにあることが望ましくない場所に関しては、即座に攻略して撤去するようにしています。そうしなければ、ダンジョンが出る度に交通網などをやり直すことになる」

「そうですね」

「ですが、ここで問題がある。発生直後のダンジョンは難易度がそこまでではないと言われているが、それでも即時攻略が可能なのはS級と判定された覚醒者だけであり、そして、日本にはそんな人物は四人しかいない」

「たしか……」


 スマホで調べた記憶を掘り返す。

 日本のS級覚醒者は……。

 鮫島梨子。

 毛利真。

 島津藤吾。

 二条蓉綺。

 以上の四人だ。


「幸運なのは彼らの行動範囲が重なっていないこと。いや、こちらで調整もさせてもらったが、そのおかげで四人で日本全域をカバーすることができている。とはいえ、鮫島君のカバーエリアは関東、東北、北海道と広大でね。なんとかしたいと思っていたんだ」

「なるほど、それは大変だ」


 一人でその領域のダンジョンを攻略するのは大変だろう。


「他のS級覚醒者は公務員ではないので、様々な交渉の末にこの役をしてもらっている」

「では、私の旨みは私という存在の黙認?」

「それと覚醒者としての認定。ダンジョンにおける、君の本業の黙認だ」


 ダンジョンコンビニに関して、知らないふりをしてくれるということか。


「悪くはないですね」

「そうかね」

「待ってください!」


 これで話が終わったかとなりそうなところで鮫島さんが待ったをかけた。


「その前に、この人の実力を一度は見ないと納得できません」


 彼女はアイテムボックスから剣を抜き、私に向ける。


「お願いします」

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