17 ダンジョン大臣
日本全国の三年以上存在しているダンジョンにコンビニを設置し終えた。
ダンジョンコンビニの存在はすでに天之川ミミミ以外の、ダンジョン内の様子を様々なやり方で配信するDチューバーたちによって広められていた。
覚醒者というのは、真面目に活動している者たちは往々にしてお金持ちであり、ほぼ全ての商品の効能が確かめられ、効果が実証されている。
されていないのは蘇生粉薬だ。
D省が規定する魔石の最低買取価格で計算しても一億円に相当するし、試すチャンスは誰かが死んだ時しかない。
とはいえ、すでに何度か買われている。
その効果を試したのかどうかは、動画として公開されていないのでわからない。
とにかく、それ以外は動画によって効果が実証されたため、ダンジョンコンビニのあるダンジョンに挑戦する者たちは、それらの利用が当たり前となっている。
バフ系の食事をすれば、その日の活動時間中は能力が上昇した状態で戦えるのだから、手にした成果もそれ以上となるし、ゴーレムを雇うことで安全に魔石鉱脈への移動と、採掘中の安全が確保できるため、採掘を目的とする鉱夫系覚醒者の成果も安定と倍増が叶った。
魔石の発掘量の急激な増加とダンジョンコンビニの存在は、テレビでも話題となっている。
アイテムボックスの中は、ダンジョンコンビニで売り出されている商品が大量にストックされ、売れるごとに魔石が商品の十倍の量の魔石が追加されていく。
さらに食事をした覚醒者が戦うと、彼らの経験値的な成果の一部を私は徴収することができる。
ゴーレムが戦い、モンスターを倒した場合も同様だ。
ラスボス時代にダンジョンを守るため、そして奥の間に控えながら強くなるために考えた仕掛けは、いまではダンジョンを攻略する者たちに応用され、いまの私を強化してくれている。
さて、次は世界展開だ。
どこから出展するべきかと、喫茶店でコーヒーを飲みながらスマホで情報収集していると、私の前に誰かが座った。
古めかしい雰囲気のこの喫茶店は、ビルのオーナーが趣味でやっているために人気がなくとも気にしないので、余裕があって最近のお気に入りだ。
相席をする必要もないほど空いているのに、誰なのかと顔を上げると鮫島さんだった。
「ああ、こんにちは。鮫島さん」
「ええ、こんにちは。八瀬川さん」
鮫島さんはクリームソーダを注文した。
「ずいぶんと商売上手なようで」
「ははは、なにを仰っているのか。いまの私は休職中。無職ですよ」
じろりと睨まれても、こちらは知らない振りをするしかない。
というか、こちらが勝手にダンジョンコンビニの件と思うのも危ない。
「鮫島さんは私がなにをしたと思っているのですか?」
「しらじらしい」
そう言って、またなにも言わない。
困ったものだ。
「……ダンジョンコンビニの件よ。あなた、関わっているわね」
「関わっていませんよ。私は覚醒者じゃないんだから」
「でも、覚醒者じゃないのにダンジョンコンビニのことは知っているのね」
「最近、天之川ミミミというDチューバーの配信をたまに見るんです。仕事を辞めて時間ができたので。それに、テレビのニュースでもやっていましたよ。ダンジョンコンビニ」
そう返すと、鮫島さんはむっつりと黙り込んだ。
見られている私も困った。
彼女がなにをしたいのかがわからない。
そもそもダンジョンコンビニが違法だったとして、それを取り締まるのは警察の仕事だろう。
D省が出張ってくることではない、と思うのだけれど。
「鮫島さん、あなたはどうして私を疑うのですか?」
「あなたの不思議を解き明かしたいのよ」
「不思議ですか?」
「あなたは覚醒者でも倒すのに苦労するスプリガンジャイアントを簡単に倒した。それなのに、覚醒者ではない。なぜ?」
「なぜと言われても。そちらの機械の機嫌が悪かったのではないですか?」
冗談のように言ってみたが、もちろん彼女は笑わなかった。
「今日は、あなたに会って欲しい人がいるの」
「あなたのお父さん?」
「なんでよ。ほら、行くわよ」
「私が断るという選択肢はないのですか?」
「前にも言ったと思うけど、私これでも権力があるの」
「……わかりました」
問答無用にその『権力』を振るおうとしないところが鮫島さんの善性なのだろう。
とはいえこのしつこさはどうしたものか。
私が秘密を守る限り、彼女は追いかけてくるつもりなのか。
秘密を知られたらどうなるかもわからないのに?
難しい。
誰もがみんな、美生ちゃんのように素直な良い子であればいいのだけれど、そういうわけにはいかない。
喫茶店を出ると、以前に乗せられたものよりも立派な車が待っていた。
なんだっけ?
センチュリーというんだったか。
自分で乗らないから車には詳しくないんだ。
後部座席のドアが開けられ、強引に中に押し込まれる。
すでに中には人がいた。
四十代ぐらいの男性だ。
銀色フレームの眼鏡が印象的だ。
胸板も厚く、高そうなスーツが窮屈そうだ。
立てば百八十センチはありそうだ。
「ええと、どうも」
「不躾ですまないね」
助手席に鮫島さんが乗ると車が動き出す。
「ダンジョン大臣の新高銀です」
「これはどうも八瀬川次郎です」
名刺の交換などもなく頭を下げ合うと、新高大臣は苦笑した。
「どうかしましたか?」
「いえ、いまだにダンジョン大臣という名前に違和感がね。だって変ではありませんか? ダンジョン大臣。省庁の名前に大臣を足しただけにしたって、大蔵大臣や文部大臣なんかに比べると、あまりにも軽くてやっつけ仕事感がある。ネーミングにセンスがない」
「はぁ。だから、D省とかD大臣とか呼ばれるのでしょうか?」
「ああ、いいですよね。通称としてDと呼んでくれた人には感謝ですよ。ただ、マスコミの人はそれでも呼びにくいのかな。『大臣』としか呼ばれませんけどね」
「ははは」
「ダンジョンをダンジョン以外の言葉で言い表すことができない。それほどに我々はダンジョンのことを知らない。だから、我々はまだまだ知らないことがたくさんあるのですよ。八瀬川さん」
するりと会話の流れを本題へと運んでいく。
話し方が上手いなと思う。
そして、強い。
前に座っている鮫島さんほどではないが、新高大臣も覚醒者のようだ。
「はい」
「動画の件であなたを罰するつもりはありません。まずはそのことを伝えたい」
「ああ、それは、どうもありがとうございます」
「ですが、現在の我々の技術力では、あなたが何者なのかがわからない。そこが問題でもあるのです」
「はい」
「わからないものは恐ろしい。それは、生物として当然の恐怖心でしょう。動画の視聴者たちはあなたが覚醒者だと思っているから、ダンジョンおじさんなどと呼んで親しんでいる。だが、ここにいる我々は、あなたが判定機では判断できない存在であることを知っている。あなたは何者なのですか?」
真摯な顔で問われてしまった。
「私は、ただの戸籍通りの人間ですよ」
「そんなわけは、ありませんよね」
決して声を荒げず、だが追い詰めてくる。
相手の車に乗っている段階で、逃げることもできない状態だし、新高大臣は鮫島さんよりも隙がない。
仕方がない。
もしもダメなら……。
「もし、そういうものがあったとして、あなた方がそれを受け入れられないとなったらどうします? 戦いますか? ここで?」
その瞬間、運転手が顔を青くした。
この空気に耐えられるのだから、彼もまたレベルの高い覚醒者なのかもしれない。
鮫島さんが、そして新高大臣が殺気や闘気と呼ばれるものを吹き出した。
「それが必要なら、そうすることがダンジョン大臣としての、私の責務ですよ」
「なるほど」
私は一つ息を吐き、応えるように闘気を発した。
「私と?」
「ぐっ」
「うっ」
「ひえっ」
新高大臣と鮫島さんが呻き、運転手が気絶しそうな顔になった。
事故を起こす前に車を路肩に停めたのは、冷静で的確な判断だ。
彼は運転席から飛び出し、その場で吐きだす。
「この気は……」
「そんな、まさか!」
気の質を感じ取り、これがなにかを理解した。
鮫島さんはともかく、新高大臣もわかるのか。
実戦経験も相当にあるらしい。
「まさか、モンスター?」
「受け入れますか?」
「……その前に聞きたい。あなたはいまでも人間の敵なのか?」
「いいえ」
即座にその質問が飛び出してくることに感心しつつ、私は首を振った。
「私は、自分が戸籍通りの人間であると信じています」
「もう少し、話がしたいですね」
新高大臣は脂汗を滲ませながら、無理やりに笑みを作り出した。
「いいでしょう」
私は闘気を引っ込め、威圧を止める。
運転手の彼に代わり、鮫島さんが運転することになった。
彼女の運転は、すごく怖くて、みんなで悲鳴を上げた。
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