12 緊急事態




 車に乗せられると、彼女は待っていた運転手に「桜田門に」と言った。


「桜田門?」


 駅名のことかと思ったが、違う。

 門外の変とかの方の桜田門だった。

 そしてそこには、ダンジョンを示す光の渦がある。


「先ほど、ここにダンジョンが発生しました」

「はぁ、そうですか」


 車から出た鮫島さんはいまだに私の手を握り、引き続ける。


「別に法律などで明記されているわけではありませんが、皇居、永田町、霞ヶ関に発生したダンジョンは即時の攻略による排除がD省の行動方針です」

「はぁ」


 鮫島さんは歩くのを止めない。

 そして私は引っ張り続ける。


「え? もしかして私も連れて行かれています?」

「私と一緒ですから、不法侵入にはなりませんよ」


 初めて、鮫島さんがニコリと微笑んだ。

 そういう笑みは別に見たくない。


「いや、ちょ、まっ」


 問答無用とはまさにこのこと。

 S級覚醒者の力で光の渦の中に引き込まれていった。


 中は岩だらけの山の中だった。

 日本にはなさそうな険しい岩肌の山々が塔のように並び立っている。

 道はまっすぐにそんな山々の中で一際大きな一つにまっすぐに繋がっていた。


「あそこに行けと、シンプルでなによりね」


 鮫島さんは目的地を眺めながら、自身のアイテムボックスから細々としたものを出し、スーツに付けている。

 学生の時に付けていた校章などのバッヂにも見える。


「D省で開発してもらった携帯型の障壁発生器です。私は役目柄、このように突然のダンジョン攻略が多いものですから、すぐに対応できるように」

「そうですか」


 最後に武器を出した。

 質のいい剣のようだ。

 レイピアぐらいに細く、そして剣身がとても長い。


「あなたの準備は?」

「私は一般人ですから」

「そうですか」


 アイテムボックスだって迂闊に使えない。

 ただ、信じていない目をされただけだった。


「では、いきますか」

「帰らせてくださいよ」

「ダメです」

「ええ」

「ここで逃げたら、不法侵入の件、執行猶予なし、刑期三年にしてもらいます」

「横暴だ!」

「日本に四人しかいないS級覚醒者。しかも私はダンジョン攻略の多額な報酬を辞退し、お役所勤めをしているのですよ?」


 再びニコリと笑い、鮫島さんは私に言う。


「それぐらいの権力は認められていると思いません?」

「……わかりました」


 笑顔が怖い。

 これは逆らったらあかん奴だ。


「それでは、見せてもらいましょう」


 いや、見せる気はないけどね。

 そんな私の気持ちを無視して鮫島さんは進む。

 モンスターが襲ってくる。


 襲ってきたのは羽毛の生えた人間のようなモンスター。

 名前はウミンという。


 同じく人型だけれど、こちらは硬そうな毛で全身を覆っている。

 名前はサンセイ。

 

 丸々と肥えた四つ足の獣で左か右にしか目のないモンスター。

 名前はカン。


 大きく分けてこの三つが襲ってきた。

 ウミンはその羽毛を使って空から大群で。

 サンセイは道の左右からふらっと姿を表し、長い爪や口の中にある釘のような牙の列で噛みついてくる。

 カンは一つしかない目で怪しげな光を放つ。


 それら全てを、鮫島さんはその細長い剣で全て切り裂いていった。

 剣身はかなり長くしなやかで、動きは剣術というよりは鞭を使うかのような闘い方だった。

 舞うように剣鞭を振るう。

 なによりとても速い。

 モンスターたちはなにが起こったかもわからないまま、倒されているようだった。


 これがS級の実力か。

 新宿ダンジョンを攻略している『新宿バース』が見たら、あんぐりしてしまいそうだ。

 彼らの戦いは、彼らがゴーレムをレンタルしてくれたのでその目を使って眺めることができるのだが、もっとちゃんと戦っている感のある戦い方をしている。

 入念に準備してパーティのメンバーも厳選して、一つ一つの障害を連携で勝ち進んでいくという、堅実さに満ちていた。


 それと比べれば鮫島さんは圧倒的だ。

 技と能力の総合力で突き進んでいく。

 瞬く間に山の下まで辿り着いた。


「いや、すごいですね」

「……あなた、なにもしませんでしたね」

「一般人を連れていてもこんなに戦えるとは、さすがS級覚醒者ですね」


 やんややんやと持て囃してみたけれど、返ってきたのは冷たい視線だった。


「この先はどうなるかわかりませんよ。私は、たすけませんから」

「ひどいなぁ」


 鮫島さんは戦いに集中して、さらに冷たくなった視線を向けてから山に入っていった。

 山というか岩の塔の道は、斜面に沿って螺旋状に上に向かっていく。

 襲ってくるモンスターはいままでのものはウミンが残り、新たなモンスターが行く手を遮る。


 いわゆるワータイガーのような姿をしたジンコ。

 山肌が剥離して生まれる土の怪物。ソクジョウ。

 ウミンを引き連れて襲撃する、猛毒を放つ銅のクチバシを持つ巨大ワシ。チン。


 狭い道をソクジョウが埋めてこちらの動きを縛りつつ、忍者的な軽快さでジンコが襲いかかり、さらに自由な空中の領域を好き勝手に使うチンとウミン。

 このダンジョンの管理を任されたモノは、なかなかアイディアを練っているようだ。

 しかし、鮫島さんの進撃を止めるには至らない。

 出来立てのダンジョンというのは深度がさほどではない。

 ダンジョンは出現とともに成長していき、層を深めていき、配置できるモンスターや罠などの設置物のコスト上限が増えていく。

 俺が守っていたダンジョンは、最大で一万階まで増やすことができるほどに成長していた。

 とはいえ上司がコストをケチるので、二十階分の空間しかなかったのだが。


「私が攻略を急ぐ理由はわかるかしら?」

「さあ?」


 モンスターの襲撃が落ち着いたところで、鮫島さんが尋ねてきた。

 さっきまで考えていたことが答えだろうけど、知らないふりをする。


「ダンジョンは時間とともに深くなり、強いモンスターが姿を見せる。そして時に、オーバーロードを起こす」

「オーバーロード?」

「知らないはずないでしょう。日本でだってもう何度も起こった」

「ああ……」


 あれか。

 そうだ暴走オーバーロードと呼ばれていたんだったか?

 ダンジョンモンスターにとってはパレードだったからな。

 モンスターがダンジョンから外に溢れ出すのだ。


「あんなことを起こさないように、ダンジョンは早期に潰さなければいけないのよ」

「そうですね」

「そのために、強い人はいくらでも必要なの」


 それでこちらを見られても。


「いまのところ、私にできることはなにもなさそうですが」


 実際、鮫島さんだけで山の頂上、ボスが待っている場所まで辿り着いてしまった。


「……あなたの出番がないのは残念ね」


 そう言って、鮫島さんは霧に包まれた頂上の中に足を踏み入れた。


「あっ」


 そっかぁ、入っちゃうのか。

 気付いていたのか?

 いや、たぶん、気付いてないな。

 大丈夫かな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る