10 ダンジョンおじさん
検索 #ダンジョンおじさん
『ダンジョンおじさんカッコよ』
『A級のスプリガンジャイアントを一瞬で抵抗不可能にするとか、何者だよ』
『加工でしょ。そんなことできる覚醒者なんて、S級でもいないよ』
『ざけんな、シン様はそれよりすごいことができる』
『トウゴ様もできる』
『ヨウキちゃんだって!』
『あれ、もう一人は?』
『S級って四人いなかったか?』
『リンコ忘れられてて涙目』
『なんという流れ弾』
『ダンジョンおじさん、そもそも覚醒者なのか不明疑惑。リンク【D省サイト登録覚醒者一覧】』
『動画の顔を切り取って検索してもこのサイトに辿り着かないのはおかしい』
『ていうか、覚醒者って問答無用で顔を公開されるのひどいよな。プライバシーが死んどる』
『まぁ、ある意味超人一覧でもあるからな』
『Dチューバーみたいに派手な化粧とかで誤魔化してるわけでもないし、変装してる可能性は?』
『冴えないおっさんに変装する可能性とは?』
『ないな』
『ないない』
『なら、ダンジョンおじさんは一体何者なわけ?』
とあるSNSで検索するとずらりと現れて、全部を読むのは諦めた。
ダンジョンが世界に現れて二十年。
世界の有り様が激変したあの頃と比べれば、覚醒者の話題が人の口に上ることなんてもうないのではないかと思ったが、そんなわけでもないようだ。
二十年前とは、まずネットの発展具合が違う。
テレビが家での時間潰しのメインコンテンツであった時代とは違い、いまはみな気軽にネットに接続し、SNSで独自の話題を拾っていく。
ダンジョンや覚醒者の話題をテレビで扱わなかったとしても、ここにはいまだに活況な場所が存在している。
「それにしても……」
これは、色々とまずいのではないか?
拾った発言内容でまずいと思ったのは登録覚醒者一覧というリンクだ。
それは政府のダンジョン省が管理する公式サイトにある一つで、覚醒者として登録されている日本人の顔写真と名前が公開されている。
一覧の最初に『これは覚醒者法に準拠した正当な行為であり、決してプライバシーの侵害にはあたりません』と注意書きがされている。
そしてそこに私の名前はない。
当たり前だ。
私は覚醒者ではない。
覚醒者ではない者がなぜダンジョンにいて、A級のモンスターを圧倒できるのか?
この状況で私に辿り着かない……なんてことは楽観がすぎるだろう。
私は昼間に服屋で買ったカジュアルな格好で外に出ると、本屋で買った本を抱えて近くのファミレスに向かった。
ハンバーグのセットとビールを頼み、本を読みながら時間を潰していく。
食事が終わるまでにビールをおかわりし、食後にドリンクバーのコーヒーを持って自分のテーブルに戻ると、向かい側にスーツ姿の女性が座っていた。
「お邪魔しています」
「いえ」
硬い挨拶を受け流し、テーブルに置いていた本を横に追いやる。
「もしかして、警察の方ですか?」
「いえ、ダンジョン省の役人です」
彼女は私に向かって丁寧に名刺を差し出した。
名前は鮫島梨子。
ん?
「たしか、S級の方では?」
「はい、その通りです」
「それはそれは」
この女性が日本に四人しかいないS級覚醒者の一人だというのは驚きだけれど、彼女がここに現れたことには驚かない。
昼間に刺さっていた視線の中で、ずっと私の行動を追っていたのは彼女だけなのだ。
「ダンジョンの件ですよねぇ?」
「ええ、そうです」
「んん、申し訳ありません」
「いえ、お聞きしたいのですが」
「はい」
「覚醒者認定試験は三十歳までとなっておりますが、もし、再度受けられるとしたら、どうしますか?」
三十歳まで?
「……あの、覚醒者判定を受けられる年齢は十五歳以上三十歳以下であるという決まりはご存知ですよね?」
「あ、ああ、ああ! ええ、もちろん知っていますよ!」
嘘です。知りませんでした。
以前までなら覚えていたかもしれないが、いまはすっかり忘れていた。
うあ、すごい疑われている。
「それで、どうなさいますか?」
この問いの意味は、『ここで覚醒者判定を受けて覚醒者として扱われなさい。そうすれば今回のことは不問にしてあげる』ということだろう。
あえて言葉にしないで圧力を加えるという意味か。
あるいはこちらの知能程度を測っているのか。
どちらにしても国と敵対したいわけではない。
ここで逃げ出して、別の姿に変身して八瀬川次郎の戸籍を捨てるという選択肢はある。
だが、それは最終手段だ。
「わかりました」
むしろ、いまの私を機械はどういう風に測定するのか?
それを試してみたい気もする。
「では、付いてきてください」
鮫島さんの見ている前でレジを済ませ、彼女の案内で車に乗る。
連れていかれたのはD省の省庁だった。
すでに昼間の受付の時間は終わっており、明かりはほとんど落ちている。
気後れするほど立派な建物の中を鮫島さんの案内で進み、小さな会議室ぐらいの部屋に入った。
中にはテーブルなどはなく、中央に筒状の大きな機械と、それを操作するための職員がいた。
来る前にすでに段取りができていたらしい。
職員に言われるままに、所定の場所に立ち、アルミ製のボールのような物を両手で持たされた。
「力まず、リラックスしてください。では、三、二、一。はい」
シューンという、回転が収まるような音が聞こえた。
職員と鮫島さんが、こちらからは見えない場所にあるモニターを眺めている。
「え?」
「そんな……」
二人は驚き、そして私を見た。
「すいません、もう一度よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
結果は想像がついたけれど、大人しく従う。
再び同じことをする。
だが、結果は変わらないだろう。
どうやら私は、覚醒者にはなれないようだ。
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