09 #$%&おじさん?
新宿ダンジョンに配置した私の商売、ダンジョンコンビニは成功したようだ。
ダンジョンの守り手として百年の経験を持つ私から言わせてもらうと、補助役をパーティに配置するのは難しい。
攻撃や回復担当の魔法使いが兼任することが多いが、彼らは本来の役目である攻撃や回復のために魔力を温存しておかなければならないため、補助に専念することはできない。
補助の効果は絶大だが、補助をした後は戦えなくなり、戦闘では守らなければならなくなる者が多い。
自分に補助の魔法をかけて、自分で戦い、それでいて魔力が尽きない、なんていう者がいれば、それはもう天才を超えたチートの部類の才能を持っていることになる。
多くの者は一つのことしかできないものだ。
そして、補助に専念する者を増やすということは、戦闘中に後方待機する者が増えるということで、その分、前列の負担が増えることにもなる。
補助役を一人入れるぐらいなら殴り役を一人増やした方がいいのではないか、というのはダンジョンを攻略する者たちに共有するジレンマなのであろうし、そこで多くのリーダーは殴り役を増やす選択をする……のだろう。
実際にダンジョンに挑む者たちに話を聞いたわけではないので、あくまでも私の推測ということになる。
だが、新宿ダンジョンに挑んでいた者たちもそんな編成になっていたので、間違いでもないのだろう。
ダンジョンコンビニの主力商品であるバフ食料で、補助役の見直しがされるかもしれないが、私の補助効果に伍するような効果と時間を操れる補助魔法の使い手を育てるのはそう簡単なことではない。
なにしろ私には百年のキャリアがあるのだから。
ダンジョンコンビニの需要がなくなることはないと確信できた。
とはいえ、新宿ダンジョンは年内に攻略される予定だそうなので、別の店舗を置くことを考えなければならない。
そのための資材は彼らが通貨として渡してくれた魔石で賄うことができるが、その前に私の生活費も手に入れなくては。
そのためにダンジョンコンビニを作ったのだから。
私は自らのアイテムボックスのクラフト機能に意識を注ぐ。
ウィキペで魔石の世界的な利用法ほうを大雑把に調べてみたが、まだ彼らは魔石の真価に気づいていない。
魔石は様々なことに利用できるが、その本質はなんにでも成ることができるということ。
つまり、作り方さえ知っていれば、魔石から金や宝石を作ることができる。
これぞ、錬金術師が真に望む錬金術のあり方だろう。
結果、私の手には24金の棒があった。
重量は一キログラム。
売る方は問題ない。ネットを調べれば買取をしてくれている場所がすぐわかるので、そこに行って売る。
通帳に入っていた貯金が一桁増えた。
これ、税金はどうなるんだ?
雑収入?
税金のことを考えると調子に乗って使うのも躊躇われるなぁ。
まぁ、ぶっちゃけ、大体のものは魔石があれば作れるし、そもそも食事はそこまで必要じゃない。
家賃と税金分さえ確保していれば実収入はそれほど必要ではないのだから、そんな頻繁にやることもないだろう。
それよりも。
なんか、見られていないか?
せっかく外出したのだからと散歩をしたり喫茶店でコーヒーを飲んだりと、まったりとした時間を過ごしていた。
その間に、チラチラと見られている。
『通りすがりに視線が止まってしまった』レベルではなく、明らかに『こいつ知ってるぞ』レベルの見られ方だった。
コーヒーを飲みながら、試しに聴覚に集中してみると無数の会話の中に『#$%&おじさん』という言葉があった。
他の雑音が邪魔すぎて正確には聞き取れない。
たしかに私はおじさんだが、知らない人に一々おじさんと呼ばれるいわれもないんだが。
なにか変だな。
とはいえ気にするほどのことでもない。
コーヒーを飲み終わると、本屋を巡り、服屋に寄って出歩くためのカジュアルなものを買い揃え、ウォーキングシューズ以外の靴を買った。
駅のトイレで個室に入り、そこで全てアイテムボックスに放り込んだ後、電車に乗ってアパートに戻った。
アパートに戻り、ポストを確認して階段を上がると、ちょうど隣の部屋の人が出てきたところだった。
ジャージ姿で猫背気味の女性だ。
長い髪を染めているけれど、化粧はしていないようだ。
すごく油断した状態のギャルみたいだと思った。
「あっ、こんばんは」
「こんばんは」
ボソリとした挨拶に答え、道が狭いので譲るために壁際によると、彼女がチラリと私を見て、そして固まった。
「?」
「ダンジョンおじさん」
「え?」
「ダンジョンおじさん、ですよね⁉︎」
急に元気になって、私に接近してくる。
狭い場所での接近だ。
あっという間に接触した。
そして、猫背にしていたから気が付かなかったが、彼女の胸部がかなり豊かであることがここで判明した。
「わ、私です。あの時たすけてもらった!」
「え? え?」
「天之川ミミミです!」
「誰?」
「え?」
「え?」
私たちはお互いを見て固まってしまった。
いや、ここに来てしらばっくれるつもりはない。
彼女はおそらく、スプリガンジャイアントからたすけた女性なのだろう。
「いや、あの時たすけた子だというのはわかったけど」
「やっぱり!」
「ダンジョンおじさんってなに?」
「え?」
「え?」
「ちょ、ちょっと来てください」
天之川ミミミと名乗った彼女は、自分が出てきた部屋へと私を引っ張った。
表札には『鮎川』とある。
部屋は私のところとほぼ同じ造りだった。
だが、置かれているもののせいか、雰囲気が違う。
リビングダイニングにはしっかりした作りのパソコンデスクがあり、そこにデスクトップパソコンがセットされている。
その後ろにベッド。
ベッドがピンク系のシーツなんか使われていて、可愛らしい。ぬいぐるみが並んでいたりする。デザインに統一性があるから、なにかのアニメのキャラクターだろうか。
ベッドの足元、押し入れとの間の空間に、あの時に見た金色のツルハシが立てかけてあった。
「これです!」
部屋に私を連れてきたミミミは、しばらくスマホを触っていたかと思うと見せてきた。
それは動画配信サイト用アプリ『YoTube』通称ようつべの画面だった。
『ちょっと、ここにそのツルハシを落として』
『え? ええ!』
知らない誰かの声のようだと思ったけれど、動画の中でその声を発しているのはまさしく私だった。
スプリガンジャイアントを踏みつけて、カメラの前でツルハシを握りしめている女性に話しかけている。
まさしく、あの日の動画だ。
そしていまの私は、あの人まったく同じスーツ姿だった。
時々感じていた視線の意味がようやくわかった。
わかったけれど。
私は、ショックを受けていた。
「……え?」
動画?
「あの、私、Dチューバーとして活動している天之川ミミミです。先日は命を助けてくださり、ありがとうございました!」
スマホを持って呆然としている私に、ミミミは頭を下げる。
なんという迂闊。
私はこの瞬間まで、ようつべとDチューバーという存在を完全に失念していた。
百年も地球から離れていたのだ。
自分の仕事の内容以外にも、思い出せないものはたくさんあっただろうに。
ううん、行動するのが早すぎたか。
「ええと、これって、どうなの?」
「どうなの、とは?」
「再生というか、流行りというか」
なにか、そういうのを表す言葉があったような気がするのだけど。
「はい、すごくバズってます!」
そうだ、バズるだ。
再生数を確認すると百万再生となっていた。
百万って、どれぐらいだ?
「切り抜きだともっとすごいことになってますよ!」
と見せられた、私がスプリガンジャイアントを足でひっくり返して踏みつける部分だけを切り抜いた動画は、一千万再生となっていた。
タイトルは『ダンジョンおじさん』
外で聞こえた言葉はこれだったのか。
「私のライブ配信のアーカイブは、一万再生いけばすごいだったのに、この回は百万回です! 超すごいです!」
「あ、はい」
もう、なにを言えばいいのかわからない。
いや。
なってしまったことは仕方ない。
ここは開き直るしかないだろう。
「……まぁ、なにはともあれ、お隣さんの命が無事でよかった」
「え? あ、はい」
ん?
なにか、彼女の顔が真っ赤になったぞ。
いまさら自室におじさんを招いた迂闊さに気付いたのかな?
なら、さっさと帰るとしよう。
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