08 コンビニ?
新宿ダンジョン。
新宿駅の一角にこのダンジョンが現れたのは二年前。
未攻略ダンジョンとしては若い方であり、このまま居座ることになるかどうかはまだ不明である。
現在はダンジョン攻略請負会社『新宿バース』が独占攻略契約を結んでおり、『新宿バース』所属の覚醒者以外は入ることができない状態となっている。
『新宿バース』の公式発表では攻略率は八十パーセント。年内での完全攻略が可能であるとのこと。
ウィキペを見ていて、見つけた。
攻略が八割完了しているという目安がどこで生まれたのか、少し興味があって新宿ダンジョンにやってきた。
その前から迷路のようだった新宿駅にダンジョンが発生するなんて悪趣味なジョークで、そしてとんでもない迷惑行為だった。
その区画を封鎖し、回り道を作ったために迷路はさらに複雑化していた。
とはいえ、表に情報が出ないようなのもいいとも思う。
お試しをするにはいい場所なのではないだろうか。
というわけで、前回のように透明と透過の魔法で新宿ダンジョンに侵入し、一階にそれを設置した。
さっそく誰かが近づいてきたので、私は姿を消して様子を見てみることにした。
「ねぇ、リーダー」
「なんだ?」
「このダンジョン、本当に年内で攻略できるの?」
剛は魔石コーティングされた合金の重鎧を着込んだ、盾役の戦士。
対する千里は槍を使う魔法戦士であり、攻略班のメインアタッカーを務めている。
その後ろには二人を補助するための回復役や攻撃の補助たちがいる。
「……やるしかないだろ」
「いや、無茶して死ぬのは嫌なんだけど?」
難しい顔で絞り出した剛に千里は呆れた。
一つのダンジョンを占有する利というのは大きい。
現在の世界は、ダンジョンから発掘される魔石を利用したエネルギー事業が存在する。
それだけでなく、鎧に使われている魔石コーティングのような、魔石を触媒や素材の一つとして使うことで新たに強力な合金を生み出すことなどができている。
それ以外にも、専門家でなければわからないような需要が多岐に渡って存在し、魔石を売りに出して売れないなんてことはない。
他のドロップ品も武器であれば社内で使えるし、無理ならオークションに出すという手もある。
その他のものにしても、いろんな利用方法が発見されているので、無駄になることもない。
そんな金の卵を占有できているのは、理由がある。
ダンジョンを消して欲しいからだ。
ダンジョンは世界の発展に多大に貢献しているが、同時にモンスターの出現という危険も振り撒いている。
駅という大多数の人間が利用する場においてダンジョンを放置しておくことは、モンスターの危険と治安の変化という意味で歓迎されていない。
そのため、短期での攻略による消滅が求められている。
『新宿バース』は新宿ダンジョンを三年以内に攻略するという契約で、占有することが許されている。
だがもし、攻略することができなかった場合は、契約不履行による罰則が待ち構えている。
社長の剛は魔石から得た利益で攻略班の装備を更新したり、新たな覚醒者を招いたりして真面目に攻略している。
魔石で儲けているが、その儲けのほとんどは自分たちが生き残るために使っているため、もしも契約不履行の賠償金など求められれば、大赤字となる。
いまだに完全攻略の目処はついていないのが、実情だ。
しかし、そんなことを言うわけにはいかないので、公式サイトでは攻略率は八十パーセントと謳っている。
実際に攻略できて仕舞えば、嘘ではなくなるのだが、もし、できなかった場合は……。
「必ず攻略する」
考えたくない未来を決意とともに頭から追い払った剛は、進む先に奇妙な光を見た。
ここはまだ一階。
休日以外はこの二年間、ほぼ毎日見ている光景だ。
それなのに、その光源の存在を見たのは初めてだった。
なにより、それはあまりにも違和感の塊だった。
「なにこれ?」
遅れて気づいた千里も同じ感想だった。
そして……。
「コンビニ?」
同じものを見ていることもはっきりした。
通りに面した壁をガラス張りにした四角い建物。
ブランドは違っても建物の形態はほぼ変わらないあのコンビニが、ダンジョンの中にある。
模様は、知らないものだった。
上部は薄い青が塗られ、壁面は白い。
入り口がある上部の青に『ダンジョンコンビニ新宿店』の文字があった。
ガラスの向こうにレジカウンターがあり、そこに青いコンビニ制服を着ている人らしき存在が立っているのも見えた。
「ど、どうする?」
「どうするって、どうするのよ」
剛が動揺して千里に意見を求めるが、彼女も同じだった。
他のメンバーも剛の判断を待ってる。
「入ってみるか」
「いいの?」
「新しい罠だとすれば、その発見の報と調査で攻略期間を伸ばせるかもしれないな」
「淡い期待ね」
剛の言葉を冗談と受け取った千里は苦笑した。
一人で入るつもりだったが、千里が付いてきた。
近づくとガラスの自動ドアが勝手に開いた。
「いらっしゃいませ」
客が入ってきたことを知らせるBGMはなく、カウンターに立っている店員が反応して声をかけてきた。
だが、それは人ではなかった。
「ゴーレムね」
「魔法の人形か。人間そっくりだな」
魔法戦士である千里が、店員から魔力を感じ取って断言する。
そして店内は他のコンビニとは大きく違った。
入ってすぐにカウンターがあり、商品はその奥にある。
客が自分で商品を吟味して選んでいくことはできない。
動ける場所はカウンターの前と、その奥にあるテーブルがいくつか設置された空間だけだった。
もしかして、イートインコーナーか?
カウンターの側にはメニューが立てかけられてある。
表の店名に使われているのと同じ文字だ。
知らない文字のはずなのに、なぜか理解できてしまう不思議な文字。
そこにはこう書かれていた。
・エリクサージュース(オレンジ味)完全回復/一万魔石
・キュアポーションジュース(ブドウ味)/二百魔石
・デトックスポーション(イチゴ味)/二百魔石
・蘇生粉薬一回分小袋(ダンジョン内限定)/百万魔石
・スタミナ唐揚げニンニク醤油味(スタミナバフ)/二百魔石
・パワフルおにぎり鮭(力バフ)/二百魔石
・スピードおにぎりツナマヨ(速バフ)/二百魔石
・マナおにぎり昆布(魔力バフ)/二百魔石
・ガードおにぎりたらこ(耐久バフ)/二百魔石
・ゴーレムレンタル(攻撃補助/防衛/荷物持ち)(最大八時間。ダンジョン脱出時に自動消滅)/五千魔石
・ゴーレムレンタル(回復役※回復は一回二百魔石)回数分先払い。回数分行うか、最大八時時間、あるいはダンジョン脱出で消滅)
※食事による補助の効果時間は最大四時間、あるいはダンジョン脱出時に消滅します。
※商品のダンジョン外への持ち出しはできません。消滅します。
「なんだこれ?」
金額の単位が魔石となっている。
「魔石って、魔石を持ってくればいいのか?」
「はい、その通りです」
カウンターで営業スマイルのまま立ち尽くしていた店員ゴーレムが答えた。
「こちらに」
と、カウンターの側にあるレジを示す。
大型のレジは客側にテーブルのような部分がある。
店員ゴーレムはそのテーブル部分を手で示した。
「お客様の魔石を置いていただくと、その量に応じて当店でのみ使える通貨に変換されます。ちなみに百グラムで一魔石となります」
百グラムの魔石の価値は、最低価格を保証するD省の買取所でも百円だ。そんなところで売るのは企業とのコネを作れない情弱覚醒者くらいだが……それで計算しても、ジュースやらおにぎりやらが二百魔石、つまり二万円だ。
「高すぎない? それに、効果があるかどうかもわからないし」
千里が胡散臭さを隠さずに言った。
「マスターの作られた商品の効果は確かです」
店員ゴーレムはにこやかな笑顔で爽やかにそう言ったのみだった。
「すまないが入ったばかりで魔石がない。また次に試させてもらうよ」
「かしこまりました。次の入店をお待ちしております」
店員ゴーレムのきれいなお辞儀に見送られ、剛と千里はコンビニを出る。
「コンビニというか、売店だったわね」
「まぁ、そうだな」
「でも、高すぎない?」
「だが、あそこに書かれていた内容の効果が本当なら」
「バカらしいわ」
千里は信じていなかったが、攻略期限に追い詰められていた剛の脳裏からその存在が消えることはなかった。
「今日の予定は変更して、魔石鉱脈を掘る」
「剛?」
「試す価値はあるはずだ」
それに、一日に無駄にしたからといって、状況が改善されるとも思えない。
そうしてその日の帰り、剛は成果の魔石の一部を持ってダンジョンコンビニに入り、その効果を身を持って実証することになる。
『新宿バース』はこの年の十二月。攻略期限ギリギリで新宿ダンジョンを攻略することに成功した。
その成功に、ダンジョンコンビニは大きく貢献することができた。
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