05 人間性とは



 聞こえてきた悲鳴はかなり小さかった。

 この穴の奥じゃないな。

 もしかして、前の分かれ道のどれかからか?


「んん……」


 さて、どうしたものか。

 普通の道徳的な人間なら、ここでたすけに行くのが普通だろう。

 だが、あいにくと私は百年のダンジョンモンスター経験がある。

 その間に、何人もの人間を敵に回し、自ら殺し、あるいは殺させてきた。

 相手は地球人ではなかったし、殺さなければ殺していたし、彼らはちゃんと敵対していた。

 立場の違いという奴だ。

 そんな経験の後で、いきなり平凡で真面目な日本人の感性を取り戻せと言われたって無理だ。

 悲鳴が聞こえてもすぐに動こうとは思わなかった。


 ああ、こういう時は人助けができるかどうかを考えるべきなんだよな。


 だが、ついこの間まで人の悲鳴は勝利の証明でしかなかったのだから、どうしても齟齬が出る。

 それに、ここには内緒で来ているのだから、他人に会うのはよろしくない。


 よろしくないんだけど。


「……もう、人間なんだよな」


 いや、正確にはダンジョンモンスターのままなのだろう。

 この人間の姿は偽りのもので、変身の魔法を解けばエクスマニフィークドラゴンの姿となる。

 ちなみに、漢字表記も存在する。

 光鱗威角偉髭金剛覇王竜という。

 日本の鎧の表記法則に似てないこともない。


 それはともかく。


 本性としてダンジョンモンスター……いや、ダンジョンから解放されているのでただのモンスターかも知れないけれど、いまの私は女神に与えられた名前ドラジロウではなく、日本人・八瀬川次郎として生きようとしている。

 それなら、日本人らしいメンタリティで行動すべきだろう。

 とはいえ、そちらの考えだと覚醒者法を犯している犯罪者になってしまうのだけれど、わざわざ犯罪者的メンタルで動くこともない。


 善人をやって損をするような階でもない。


「行くか」


 そうと決めると動いた。




 複数の武器を使いこなして遠近自在に強く、魅せる戦いを心がけ、戦闘中の掛け声がエロいと評判のユーネ。

 ダンジョンの地形的難所をスポーツクライミング的に攻めることに情熱を傾け、スパッツのお尻が魅力的だと話題のインリン・ジョーンズ。

 魔石鉱脈を掘りながら会話をするという、二人よりもはるかに地味な配信ながら、その他者を圧倒する胸部装甲の豊穣な上下運動で視聴者を魅了する天之川ミミミ。

 三人のDチューバーは吉祥寺ダンジョンの十階でコラボ配信をしていた。

 十階までの攻略情報はウィキペを見ればわかる程度に広まっている。

 移動中の戦闘はユーネが活躍し、普通に歩いているだけでは見つけられないような場所に隠されている宝箱をインリンが発見する。

 彼女たちが連れている撮影用のドローンは、それぞれの主人のどんなシーンが人気を得ているかを学習して、そのタイミングを逃さない。



:ふむ、明日は風邪確定だな


:裸待機の変態がおるw w


:失敬な!ちゃんとネクタイはしている!


:靴下を忘れちゃいけない


:ふっ、そんなことは当たり前さ


:しかし、こんなところで終わりとはまだまだだな


:なにぃ⁉︎


:三人目の刺客を忘れてはいけない!


:そうだぞ、我らのミミミちゃんを忘れちゃいけない


:あのど迫力を体験せずにフィニッシュなど、まだまだ紳士として修行不足!


:な、なにぃ!


:ここは変態しかいない配信でつか


:ふっ、新人叡智系Dチューバー三人が揃っているんだぞ。


:まさしく!


:そんなことは当たり前だ!


:さあ、魔石鉱脈に到着だ!


:始まるぞ、始まるぞ……


:おっ


:おお


:おおおおおお


:REC


:揺れる、揺れておる


:人類に、いや、三次元でこんな揺れが実現できるのか?


:激しい、激しいぞ


:あんなの、普通は痛いだろう


:だが、ミミミちゃんは一時間はずっとあのまま掘り続けられるのだ!


:マ・ジ・カ


:さすがは覚醒者


:ああ、あの中に挟まりたい


:ぬるぬるしてほしい


:ママになってほしい



 視聴者がミミミの話を聞いていないのは知っている。

 だが、そんなことは気にせず、普段のミミミは最近見たアニメの話なんかをしたりしている。

 彼らの反応に対して反応しないことこそが、彼らのためであり、自分のためでもあるのだと、いまは理解している。

 そしてそれは、ミミミにとってもありがたいことだった。


 今日はコラボ回なので、ユーネやインリンがここまでに見せた活躍について語った。

 ユーネの戦闘能力や、インリンの身軽な動き、RPGでいえば戦士や斥候的な動きは羨ましい。

 ミミミは覚醒者であったが、戦闘能力はほとんどない。かといって彼らを支援する武器や防具などを作り出す、生産系と呼ばれる魔石加工能力を持つわけでもない。

 ただ、他の覚醒者たちよりも魔石鉱脈を掘るのが得意なだけだ。

 魔石鉱脈を掘っている限り、ミミミはまったく疲れない。

 単純作業に没頭するのは嫌いじゃない。

 嫌いじゃないけど。


「あっ」


 今日は没頭しすぎたらダメだった。


「ご、ごめんなさい! 今日はコラボでした!」


 ふっと我に帰り、愛用の金メッキツルハシを止めると、そこにはユーネとインリンの姿はなかった。

 自分の周りには鉱脈を砕いた結果の魔石が山を作っている。

 彼女たちのドローンの姿もない。

 側には自分を腰あたりから仰ぎ見る形で撮影しているドローンがいる。

 ドローンの側には立体映像のモニターがあって、そこに視聴者たちが打ち込む文字列が並んでいる。



:やっと気づいた!


:逃げて逃げて逃げて!


:ピンチーーーー‼︎



「へぇ?」


 なんのことかと顔を上げて辺りを見回して、気づいた。

 獣顔の巨人がこちらに近づこうとしていた。





:ユーネちゃん、逃げる時の声もやらしい


:REC


:インリンのカメラもわかってるよな


:ナイスアンゴー


:今日は二人分だ


:いやいや、それよりミミミちゃんが放置だが?


:二人とも声はかけてただろ?


:いやでもあれ、スプリガンジャイアントだぞ


:現在のところの吉祥寺ダンジョン最強モンスターだ


:ユーネちゃんも強いけど、ソロじゃムリか


:ダンジョンでゾーン入って周りがわからなくなる方が悪い


:二人はちゃんと義務は果たした


:ダンジョンでの安全は自己責任どす。万葉集にも書いてある


:古事記じゃないんだ


:柿本人麻呂も歌っている


:ねぇよw


:あの上下運動がもう見られないのか


:残念


:ん?


:なんぞ?


:いま、誰か通りすぎなかったか?


:気のせいじゃね?



 

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