06 迂闊



「どうするの? ねぇ、どうするの⁉︎」


 声を追っていくと、そちらからそんな話し声が聞こえてくる。


「どうするもなにも。緊急連絡はもうしたんだから、あとは任せるしかないじゃない」

「そんなの! 間に合った試しはないって話でしょ!」

「でも、私たちでスプリガンジャイアントを倒すのは無理よ!」

「そうだけど」


 声はどんどん近づいて来ているから、この道で間違いない。

 だけど、聞く様子だと逃げ遅れがいるようだ。

 逃げられたなら行く必要もなかったのだけれど、仕方がない。

 近づいてくる二人の女性の横を抜けてさらに奥へ。

 広い場所に出るとすぐに魔石鉱脈の青い輝きが一面に広がり、その近くにスプリガンジャイアントの姿が見え、その前に金色のツルハシを持つ女性がいた。


 スプリガンの名の通り、財宝や魔石鉱脈に潜んでいる妖精型のモンスターであり、戦う時には巨大化する。

 それがスプリガンジャイアントだ。

 ウィキペでは、吉祥寺ダンジョンで見つかっているモンスターの中では最強となっている。

 地球人覚醒者全体としてどれぐらいの難易度的な立ち位置にいるのかはわからないが、クリアされたダンジョンも存在していることからすれば、高くても中位ぐらいの位置付けだろう。

 それでも絶望する者はいる。

 世界最高位の実力者にとっては雑魚という位置付けだったとしても、覚醒者の大半を占めるだろう層にとっては強敵か死を覚悟するレベルとなってもおかしくはない。

 あそこにいる彼女にとってはどこかというと、間違いなく死を覚悟するレベルだろう。

 後ろ姿だけでもカクカクと震えているのがわかる。

 あそこから動かないのは、立ち向かっているのではなく恐怖で動けなくなっているからだろう。


 ここまで来て殺されるわけにはいかない。

 ああでも待て、ちょっと試してみたいこともあった。

 ついでだからそれもやってみよう。

 そう考えると、落ちている魔石の欠片を拾った。

 彼女が魔石を掘っていたのだろうか?

 ダンジョンから剥離した魔石は触ることができる。

 その法則がまだ生きていることを確認できたことへの感謝を込めて、魔石の欠片を指弾風に放つ。

 四連続に放ち、スプリガンジャイアントの手足を破壊した。


「え?」


 目の前で瞬時に手足を無くして地面に転がったスプリガンジャイアントに、女性は驚いた顔をするだけだった。


「ああ、君、ちょっといいかな?」

「え? え?」


 ツルハシを握りしめた彼女は、オーバーオールを着ているけれど、肩にかけている部分はほとんど役に立っていなくて、上は薄いシャツ一枚のみという格好だった。

 そして、その薄いシャツを大きく盛り上げるヒマラヤ山脈。

 思わず「でっ」と呟いてしまった。

 待て待て。


「ああ、いや。ちょっと待って」


 仰向けに転がっていたスプリガンジャイアントを足でひっくり返し、暴れないように頭を踏みつけて抑える。


「ちょっと、ここにそのツルハシを落として」

「え? ええ!」


 首と後頭部の付け目、盆のくぼの部分を示す。


「ここ弱点だから。まぁたいがいの生物はこんなところ壊されたら死ぬけどね」


 はっはっはぁとセルフツッコミを笑いながら招き寄せるのだけど、彼女は驚いたまま近寄ろうとしない。

 困ったなぁ。



:ええと、なにこの状況?


:スプリガンジャイアントが現れた!


:残念、スプリガンジャイアントは四肢が爆発した!


:謎のスーツおじさんが現れた!


:スーツおじさんはミミミにとどめを刺せと誘っている!


:わけがわからない


:スプリガンジャイアント、釣り上げられた魚並みにビタンビタンしてますが?


:でも、スーツおじさんには通用しない!


:だからなんでだよw


:S級覚醒者でもないとこんなの無理だろ?


:S級覚醒者か?


:ええ?


:違う。


:日本のS級覚醒者は現在四人。あんなおっさんはいない。


:だよなぁ。


:なら、誰?


:わかんね


:野良のS級?


:そんなのいねぇよ


:ああ、ついにミミミちゃんがおっさんに近づいていく


:ミミミちゃんがおっさんの誘惑に


:そのままエロゲ展開に


:どんな展開だよ


:REC



 やっと近づいてきてくれた。


「あの、どうして私に?」


 恐々とした様子で尋ねてきた。

 顔は青いままだ。

 だけどその疑問はわかる。


「ちょっとたしかめたいことがあるんだ。実験に付き合うみたいなものだよ。コーラにメントスを入れたら本当に吹き出すのかを見るみたいなものさ」

「はっ、はぁ」

「やったことがない? メントスコーラ」

「ないです」

「ええ、これも時代遅れなのか?」


 ちょっとそのことに愕然としたのだけど、そんな私の反応が面白かったのか、表情を緩めた。


「本当に、いいんですね?」

「もちろん。ここね。大丈夫、鉱脈を叩く気分で無心に一振り」

「無心に」


 呟いた彼女がふっと表情を消した。

 いい集中力だ。

 そのまま振り下ろしたツルハシもいい動きだった。

 先端は見事にスプリガンジャイアントの盆のくぼに落ち、倒した証として魔石に変化した。

 その一部が私に流れたことも感じる。

 だが、ちゃんと魔石にもなった。

 スプリガンジャイアントに相応しい、色の濃いボーリング玉ぐらいの大きさの魔石だ。

 拾ってみると、ちゃんと触れた。

 たぶん、このまま自分の物にできる。

 できればアイテムボックスに入れるところまで確認したかったけれど、それを見知らぬ他人の前にやるわけにもいかない。

 それは、さっき拾った魔石の欠片でやってみればいいかと、拾った魔石を彼女に渡した。


「君が倒したんだから、君の物だ」

「え? でも」

「よし、それじゃあもう帰るんだよ。成果は十分に得たみたいだしね。それじゃあ」

「え? 待って!」


 彼女が止める声を無視して、私はさっさと帰ることにした。

 一緒に出るわけにはいかないからね。

 覚醒者ではないことがバレてしまう。

 それに、ダンジョンでうまく魔石を稼ぐ方法を思いついた。

 初期投資の資材はアイテムボックスにあるものを使っていけばいいだろう。

 問題なのはお金を生む流れを作ることなのだから。


「ふっふっ、やったぜ」


 久しぶりにスキップなどしながら道を進み、ある段階で透明になって脱出した。


 この時、次郎はすっかり忘れていた。

 世の中にはDチューバーなる者がいるということを。

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