03 その後のダンジョンと




 ブラックミノタウロスは動揺していた。

 どういうことだ?

 いままでとまるで違う。

 体に力が入らない。

 片手で軽々と振り回していた戦斧が、いまでは両手でなければ持てなくなってしまった。

 相手の武器や攻撃魔法を軽々と跳ね返していた鋼鉄の筋肉が、いとも容易く切り裂かれてしまう。

 なにもかもが違う。

 弱くなっている。

 なぜだ?

 自身がラスボスへと昇格して、最初の敵だった。

 あの忌々しい寝たきりドラゴンを追い出して、わずか数日のことだ。

 なのに……。


「グオオオオオッ!」


 心臓に槍が突き立ち、炎の魔法が全身を炙る。


 おかしい、おかしい、おかしい!


 こんなはずがない!

 いままでこんなことはなかった。

 本当に、弱くなっているのか?

 どうして?

 いや、違うのか?

 もしかして、あの寝たきりドラゴンがいたから、強くいられたのか?

 そんな、まさかまさかまさか!


「ソンナハズナハイ!」


 叫びとともに、ブラックミノタウロスの首が宙を舞った。

 その日、とある異世界で、百年不敗と言われた伝説のダンジョンが消滅した。





 あいつらはうまくやっているだろうか?

 スマホでの情報収集に疲れて、私はかつての職場を思い出した。

 地球の会社ではなく、ダンジョンの方だ。


「たぶん、無理だろうな」


 次のラスボスを任されたブラックミノタウロスは、自分がどうして強いのかを理解していなかった。

 ダンジョンモンスターが強くなるのためには、条件がある。


 自らが戦闘に参加していること。

 自らの影響下にある者が戦闘に参加していること。


 この二つだ。

 ラスボスという立場だけでは、二つの条件を満たしてはいない。

 最後の間で待っているだけでは強くなることはできない。

 なので私は、策を講じた。

 策というほどではないかもしれない。

 ただ、あの場所からダンジョンにいる全てのモンスターに補助魔法を配布していっただけだ。

 ダンジョン序盤のモンスターには弱く。

 奥に行くほどに強く。

 私へと通じる最後の壁となっていたブラックミノタウロスには、かなり強い補助魔法を使い強化していた。

 こうすることで、『自らの影響下にある者が戦闘していること』という条件を達成し、ダンジョン中からいわゆる経験値的なものを集めて強くなり続けることができた。

 戦うことしか考えていなかったブラックミノタウロスは、そのことを理解できていなかった。

 しかしそれなら、私たちの上位者である女神が理解していなかったのはどういうことか?

 いや、理解していたら、そもそも私をクビにすることはないか。

 こうして追放したのも、高コストで使えないモンスターの処分方法として選んだ手段でしかないのだろう。

 私にとっては不幸中の幸い。

 いや、思わぬ幸運だったのかもしれない。

 ともあれ、あの女神はなにも知らなかった。


「説明書を読まないタイプだったのか?」


 思わずゲームで例えてしまった。

 しかしそういえば、ゲームもしばらくやっていないな。

 会社のことは覚えていないのに、そういうことは覚えているというのはどういうことなのか。


 まぁとにかく、そろそろ考えた収入のことを実行に移してみるべきか。

 無職はともかく、無収入で平然としていられるメンタルは持ち合わせていない。


 その方法の一つは、ダンジョンだ。

 私が戻って来れたように、この世界にはダンジョンがある。

 スマホで改めて情報収集したところ、地球にダンジョンが現れたのはだいたい二十年前だ。

 地球の各国にダンジョンが出現し、それに合わせて能力を発現した者たちが現れた。

 彼らはダンジョンの高濃度の魔素が含まれた空気内でも活動することができる。

 もちろんそれだけでなく、一般人とは違う高い能力を持ち、魔法を扱える者も現れた。

 まさかのファンタジー化に、世界は不安と興奮で盛り上がった。

 彼らのことは『覚醒者』と呼ばれるようになり、またダンジョンから持ち帰ることのできる魔石の用途が判明してくるにつれて、彼らの重要性も高まってくるようになった。

 二十年経った現在では、覚醒者に対する様々な偏見も落ち着き、芸能人やスポーツ選手のような扱いを受けている。

 というところまでは理解した。


「さて、まずは魔石を手に入れないとな」


 あいにくと魔石は持っていない。

 というか、ダンジョンモンスター同士が争っても魔石は手に入らない。

 そしてダンジョンモンスターはダンジョンに存在する魔石鉱脈を触ることもできない。

 そこは完全にダンジョンを支配する上位存在の領分なのだ。

 だが、ダンジョンモンスターとして解放されたいまの状態ではどうなのか?

 魔石を手に入れることができるのか?


 まずは、それを確認に向かわなければな。


「この辺りで近いのは」


 これか。

 吉祥寺ダンジョン。

 そこに行ってみることにする。





「は〜い、視聴者の皆さんこんばんは! 今日も元気に魔石採掘系アイドル! 天之川ミミミだよ!」

「こんばんは! いつもあなたの隣に私の声を、ユーネです」

「こんばんは〜元気にダンジョン探索! インリン・ジョーンズです!」


 三人の女性が吉祥寺ダンジョンの一階でカメラを前にはしゃいでいる。

 彼女たちはダンジョンでの活動を動画配信サイトで配信することを目的としている。

 俗にいうダンジョン配信者。

 Dチューバーと呼ばれている。

 昔は自分でカメラを抱えたり、覚醒者のカメラマンを雇っていたりしたが、技術の進歩によって、自動追尾するカメラドローンが誕生した。

 彼女らはそれぞれに用意したドローンに話しかけていく。


「というわけで、今日はユーネちゃんとインリンちゃんとのコラボで、吉祥寺ダンジョンの十階に行ってみたいと思います。なんかね、魔石鉱脈が復活したそうなんですよ。魔石採掘系アイドルの血が滾りますね!」


 そう言って、ミミミは自慢の武器であるツルハシを握りしめる。



:出たーミミミちゃんのメッキツルハシw


:今日もミミミちゃんのツルハシが火を吹くぜ!


:待ってwそれいつもの配信ww他の二人が置いてけぼりになるwww


:ほんまや!



「そうなんですよ。だから今日は、三人で、それぞれ自分たちのいいところを紹介する回なんです。だからミミミはがんばって魔石鉱夫のいいところを紹介していきますよう!」



:なるほど理解


:ユーネは戦闘中のエロい声で有名だし、インリンはダンジョン移動に無駄なアクションを入れるタイプだからな(後方腕組み)


:無駄な言うなしwww


:そうだインリンのスパッツ尻は最高なんだぞ!


:地味さで言えばうちのミミミちゃんが一番やで


:ほんまや!


:いや、ミミミちゃんには最強の武器があるから大丈夫!


:それもそう



「さあ、それではがんばっていきましょう!」

「は〜い」

「おおっ!」


 ミミミの声に合わせて三人は吉祥寺ダンジョンを潜っていく。


 そのしばらく後、覚醒者しか入ることの許されないダンジョンに、透明な何者かが侵入した。




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2024年11月29日 19:00
2024年11月30日 19:00
2024年12月1日 19:00

ダンジョンラスボス、上司の女神に放逐された先が地球だったので昔の人生の続きをします ぎあまん @gearman

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