第3話

 佳は自分で言ったことをすぐ忘れる。自分の意識から少し離れた所で会話をしてるからそんなことになる。湧いてきた言葉や考えが自分のものでも、それを口に出したり行動するときに、芝居ぽっくするから、そっちに集中するからいけないんだ。自分の性格が本当に嫌いらしい。

「人を好きになるって、その人が好きなものを自分も好きになることなんだ」

 中学生にしてはいいことを言うと思った。

「って、さっき読んだ小説の一文にあった」

 なんだ、そういうことか。

「でも、俺もそう思うよ。なんとなくだけど尊い在り方だと思う」

 丁度一年前だったと思う、近くのコンビニで買ったメロンパンをかじりながら、佳はそう言った。どうせ次の日には忘れていたんだろうけれど、確かにそう言っていた。六月の重たい灰色の空、好きな季節だった。街中どこにでも紫陽花が咲いているから、何よりその薄曇りの空に赤から青の小さな花びらがよく映える季節だから。この駐輪場の柵を挟んだすぐ目の前にも透けてしまいそうに薄い水色の花を咲かせる紫陽花があった。私たちはそれぞれの自転車のサドルに腰を預けていた。

「わたしは紫陽花が好きなんだけど、佳はどう?」

「……わからないな、花を好きになるって考えたことなかったかも」

「ふぅん。ところでずっと居ないと思ったらあんた本読んでたの、ここに何しにきてんのよ」

 佳の反応に少し恥ずかしくなって、すぐに話題を変えた。不自然にならないよう気をつけながら。

「勉強は嫌いだし、得意じゃないからしたくないんだよ。図書館って本読んだり借りたりするところだろ」

「確かにそうだけど、そんなあんたのためにわたしがいるんじゃない」

「頼んでないよ」

「頼んでた、目がそう言ってた、ちょっといいとこ行きたいんでしょ?高校。理由は知らないけどさ」

 少しだけ嘘。本当はなんとなくわかってる。


 佳はあの時自分で言ったことをよく思い出すべきだ。あんたがセーラー服が好きだって言って男友達と話してたのを聞いたから、私も今ではセーラー服が好きなんだ。あの時、その場で紫陽花が好きだって言ってくれていたなら、それで満足だった。わざわざ同じ高校を選ぶような意地悪だってせずに済んだかもしれない。いや、それはわからないかも。

 やっぱり高望みはするべきではない。きっとキリがない。でも、またちゃんと私の方を見て話をしてくれたら、そんなふうに思うくらいは…‥。それすら駄目?

 もうすぐ授業が始まる。現代文は、小説は好きだけど評論は本当に退屈。お昼まで眠ろう。夢で会おうね、愛しの馬鹿野郎。

 

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