第五章:犠牲と蛮勇

 川春たちが国会議事堂の一室で配信をしている頃。

 天晴というほかにない天気の中、神界に通ずるゲートから目方三メートルはゆうに超えているだろう人影と、妖精界に通ずるゲートからは二尺半の影が宙を浮いて出現する。

「ほう、ケイト。君もあの爆破の気配を感じたのかな?」

 神界から出てきた影の鈍重な声は大地を震わせるがごとく、その巨躯に見合うだけの迫力を有している。

「あら奇遇ね、デウス。貴方もかしら?」

 ケイトと呼ばれた妖精然とした彼女は、清流のように透き通った声で返答する。

「ほっほ。懐かしいな。オリジナルの世界は」

 鈍重な声で喋り続ける彼はデウス。厳格そうな堀の深い顔立ちと、禿げあがった頭が見る者すべてに威圧感を与える神界の代表である。

 キトンの上から赤く長い布を羽織っており、その布の滑らかな質感と高級感から身分が高いことが窺える。

「そうだね。五百年くらいぶりかしら」

 その隣で懐かしむように相槌を打つのはケイト・ルー・ラット。妖精の女王、ピクシークイーンとして人間界の伝承に名を刻む者である。

 流れるような鼻筋を始め、切れ長の美しい目が特徴的だ。身の丈ほどもある金色の長髪と、全身を包む翡翠色のドレスが、その美しいオーラをさらに際立てている。

「そうか・・・和平君が死んでからもうそんなに経つのか」

「あの頃の人間たちはどこに行っちゃったのかしらね」

「さあな。よもや関係の無いことだ」

「そうね。この魔力の残滓から魔王がこっちに来ているのは確実だし、人間と魔族が手を組んだってことかしら。だとしたら、滅ぼさなきゃね。魔王のために」

「そうだな。魔王のことは少しばかり心配になるからな」

 デウスはそこまで言うと、天に向かって諸手を掲げる。と、次の瞬間、空に暗雲が立ち込めていく。

「手始めにこの高すぎる建造物たちは破壊しておくか」

「人間界の発展の証っぽいけど、壊しちゃって良いの?けっこうお金もかかってそうな建物だけど。後で損害賠償とかされたらどうするの?」

「ぐっ・・・そ、それは・・・そもそも、和平君との約束を破って魔族にちょっかいをかけてた人間が悪いし・・・」

「そんなこと言って、また何も考えてなかったんでしょ。ほら、さっさと魔術をおさめなさい」

「わ、わかった・・・」

 デウスはしょんぼりとした顔で、掲げていた両手をだらりと地に向ける。すると、徐々に雲は退いていき、さんさんと降り注ぐ太陽が顔を出す。

「さ、行くわよ」

「え?行くって、どこに?」

「決まってるじゃない。魔王のところよ。魔力を垂れ流しすぎてて、居場所が丸わかりなんだから」

「ま、待ってよ。行ってなにをするんだい?宣戦布告でもするつもり?」

「さあ?それは行ってから決めることかしら」

 なにやら不穏な笑い方をするケイトに対して、一抹の不安を抱くデウスである。が、人間界まで来たところで、今さら引くわけにも行かず、彼女について行くしかないデウスであった。


 一方、そのころ冒険者ギルドでは緊急で防衛部隊を編成している真っ最中だ。

 ゲートを巡回中の冒険者から、神界と妖精界のゲートより生体反応及び敵対的魔術の発動が確認された、と通報があったためだ。

「魔力の波形を確認後、追跡を開始。現在、二つの膨大な魔力が国会議事堂に進行中です。Cランク冒険者タツヤからの容姿に関する証言と魔力量から、神と妖精かと思われます」

 解析班より通達が入り、ギルド長である早苗の顔が曇る。

 が、それも一瞬のうちに噛みつぶして、冒険者にだけ配布しているスマホを操作し、全端末へ音声メッセージを繋げる。

「了解・・・至急、千代田区近隣の冒険者はすべて国会議事堂へ集合、および周囲の防衛を!到着次第、任務を開始せよ。繰り返す・・・」

 自体は急を要する。ゲートから未確認の魔力の波長が検出され、あまつさえ大規模な魔法を行使しようとしていた。さらには、想定被害範囲は埼玉県の南東部および、東京都北東部の全域との算出が為されたのだ。

「さて・・・次にすべきは国民の非難だ!緊急アラートを関東全域に出し、近くのシェルターへと非難させろ!駐在している冒険者と警察に協力を仰げ!」

「「「はっ!」」」

 総員の息の合った返答が聞こえ、少しばかり安堵する早苗であったが、その安心を瞬時に消し去り真剣な眼差しを取り戻す。

「ギ、ギルド長!現状の被害をお伝えします!」

 駆け寄ってきた職員に目を向け、その動揺のしかたから少しばかりの覚悟を決める。

「現在、確認されている死傷者数はゼロ!建造物への被害も無く・・・目撃者からの証言によると、監視対象は国道124号上空を飛行中とのこと!」

 その報告を受けて、解析班に貰った端末に移るマップを見ると、凄まじい速さで南下している二つの点が表示されている。

「どうやら、用があるのは議事堂に居る誰からしいな」

 不思議と人的被害が出るとは思えなくなった早苗は、なにかの思惑を察知したのか手にしていた端末を職員に手渡すと、解析室の出入り口まで移動する。と、

「私はこのまま議事堂へと向かい、大臣たちの護衛にあたる!」

 通達が済んだのも束の間に、早苗は着の身着のままでギルドを飛び出す。

「みんな・・・頼んだぞ・・・」

 消え入りそうな彼女の声は、時速六十キロメートルで走る風切り音と、街中に鳴り響く警報音とともに消え去って行ってしまった。


「ん?」「む・・・」

 一方、国会議事堂にて距離にして百二十キロメートルは離れている場所で、膨大な魔力の変化を察知したのは、真央と暖赤の二人だった。

「どうした?二人して同じ方を向いて」

 配信も終わり、片付けをしていた川春は二人の異変に気付いて声をかける。

「いや、懐かしい魔力の波長が」「なにか膨大な魔力がこちらに向かってきている」

 と、二人の発言がかぶったところで、川春と暖赤、そして五月雨と美月のスマホから同時に早苗の声が飛び出してくる。

〈至急、千代田区近隣の冒険者はすべて国会議事堂へ集合、および周囲の防衛を!到着次第、任務を開始せよ!繰り返す・・・〉

 彼女の普段よりも焦った声色および、大きな声量が事態の急を要することを物語っている。

「な、なにごとですか!?」

 配信が終わり、岸辺総理たちを見守っていた大臣たちは雑談を始めていたが、先の通達により打って変わって焦りと緊張の声が木霊す。

「お、落ち着いてください!今からギルド長に確認を取りますので、大臣の皆様は暖赤とウィング、それから真央さんの近くに集まってください!」

 即座に集まって来た大臣たちを一か所で囲むようにして、真央を中心に防衛線が張られる。

「真央、防御魔法を頼めるか」

「お安い御用!」

 真央は暖赤の指示に従って、一息でその場にいる全員に防御魔法と防御魔術を展開する。その間、わずかに〇・五秒である。

「もしもし!ギルド長!なにがどうなってるんですか!」

 電話がつながったのか、川春が興奮気味に言葉を発すると同時に、外から緊急アラートが聞こえてくる。

〈川春か。神界と妖精界からの侵略の可能性アリだ。狙いは恐らく真央さんだ。なんとしてでも守れ。奴らの移動速度を考えると、そろそろそっちに着くころ・・・〉

 と、早苗が言い終わるが早いか、大臣たちのどよめきが増していく。その異変を察知した川春が彼らの視線を追跡し、窓へと目を向ける。

 そこには窓を覆いつくさんとする巨体と、その隣にちんまりと浮いている矮躯が一つ。

「ほっほ。お邪魔するよ」

「閃」

 巨体が窓を開けて侵入しようとした瞬間、五月雨の一閃がほとばしる。美月の身体強化魔法が上乗せされたその斬撃は、その巨躯を確実に腰から上下に真っ二つにした。誰もがそう思った。

「おや、歓迎にしては手荒だね」

 が、その巨体は物ともせず、五月雨が特注した鋼鉄製の大剣は砕け散ってしまった。

「人間のレベルにしてはよくやる方じゃない?デウスは攻撃に気付かないことが大半なんだから」

「はっ・・・誉め言葉で間違いないのかな?」

「ふふ。皮肉よ」

 一触即発。そんな話ではない。暖赤の次に強い二人の、最強の一撃があっさりと破られてしまったのだ。もはや蹂躙が始まるであろう圧倒的な力の差。

 それをウィングの二人は感じ取ってしまった。絶望の文字が二人の脳裏に過ぎる―が、

「あれ?デウスとケイトじゃん?どしたん?」

 間の抜けた真央の声で緊張がはじけ飛ぶ。

「あら、魔王。久しいわね」「どうも、ご無沙汰してます」

 彼女の声で少しばかり気が和らいだのか、その場にいた誰もが彼らの威圧感が減ることが感じ取れる。

「めっちゃ久しぶりじゃ~ん!え~!どうしよ!五百年ぶりじゃん!宴会でもする?」

「相変わらずの鬱陶しさね・・・ちょっと・・・!谷間に仕舞おうとするのはやめなさいって、ずっと言ってるでしょう!?」

「こらこら、魔王。ケイトが困ってるだろう?やめてあげて・・・」

 抱き着きざまにケイトを自身の谷間に収納しようとしている真央。それに反抗するケイトと、二人を仲介するデウス。この三人のやり取りには、なにか手慣れた懐かしさのようなものすら感じられる。

「そうそう!見てコレ!ゲームって言うの!貰ったんだ~!」

 真央が思い出したように、懐からゲーム機を取り出してケイトに向かって自慢する。

「だから何よ!」

「へ~。これはなにをする物なんだい?」

 胸の間に詰められたかと思えば、次は自分の話に移った真央に対して激昂するケイトと、興味深そうに物を見つめるデウス。なかなかにバランスの取れた三兄妹のようだ。

「これ自体はゲーム機っていうの!で、ソフトって言うのを読み込ませると、ゲームができるんだよ!」

「な、なにを言ってるのかしら・・・?」「魔王、我々はそもそもゲームと言う物が分からないんだが・・・」

 興奮気味に語る真央に気圧されたのか、ケイトとデウスの二人は尻込みしたような言い方になっている。

「そういえば、なんでここに来たの?」

 その様子を見て冷静になった真央が、旧友がわざわざ人間界を訪ねてきた理由を問う。

「あ!そうよ!もしかして貴女、人間たちと手を組む気かしら!」

「手を組む・・・っていうよりは、これ以上お互いに侵攻しないって約束をしただけだよ?」

「魔王よ。本当にそれを信じるのかい?」

「そうよ!人間たちは悠木との約束を破って、あんたらに迷惑をかけてきたのよ!それを今さら水に流すってこと!?」

 どうやら滅ぼす云云の話ではないらしい。旧友が、純粋で人を疑う事を知らない友達が、一度裏切られた相手を信じようとしている。

 それを止めない友人などいない。

「信じるよ」

 が、彼らの心配をよそに、力強い一言がその場を断ち切る。彼女の強い決心の籠った言葉に、その場の誰もが沈黙せざるを得ない。

「色んな人間たちと関わったけど、みんな良い人だった!それさえ分かれば十分だよ!」

「そ、それでいいの・・・?」

 呆気にとられた後に絞り出した言葉。今のケイトにはそれで精一杯なのだ。友人が勇気を出して決断したことだ。それならば見守るほかに無い。

「うん!これからは仲良し!」

「そんなの・・・」

 なおも言葉を詰まらせるケイト。友人を思えばこそ、苦しくなって当然だ。が、

「そんなの!私が許すわけ無いでしょ!勝手に私の友人を傷つけて、勝てそうにないから友好関係を結びましょうってこと!?都合が良すぎるのよ、人間!」

 瞬間、ケイトから殺気が立ち昇り、部屋を殺意が蹂躙する。抜き身の刀を喉元に突き立てられているかのようだ。

「悠木が命を懸けて救った世界を!こうも侮辱するのかしら!」

「お、落ち着きたまえ、ケイト・・・」

 デウスの制止も聞かずに、彼女の憤怒は収まるところを無くしてしまったらしい。まるで『死』そのものが糾弾しているかのような錯覚すら覚える。

「ねえ、ケイト。落ち着こ?」

「あんたもあんたよ!それぞれの世界に不干渉とする、って悠木との約束を破られて、それでも怒らないの!?そんな人間を信用できるの!?」

「信じるよ。それしかできないんだよ・・・それに」

 そう言って、儚げに笑う真央。それがケイトの心にいたく触れたらしい。さらに激情をむき出しにして声を荒げる。

「そんなの許さない!私たち妖精族は今この時を以って、人間に対して完全に敵対することを表明す、mご・・・」

 人間の滅亡が確定したかと思った、その時だった。

 ケイトは見る間に、真央の谷間に吸収されてしまった。真央の弾力のある双丘が愉快に揺れている。

「ちょっと!なにするのかしら!今はふざけてる場合じゃないでしょ!」

 なんとか谷間から抜け出したケイトが、ムキになって真央の胸に八つ当たりしている。真央はそんな彼女を人差し指で少し撫で、大人しくなったのを見計らって口を開く。

「少しは冷静になった?」

「え、ええ・・・おかげさまで」

「私の話も少しは聞いて?」

 ケイトが谷間から見上げた真央の表情は、少しばかり嬉しそうに見えたらしく、彼女は恥ずかしそうに頷く。

「大丈夫ですか!!!冒険者ギルドの悠木早苗です!遅れました!」

 タイミングが良いのか悪いのか、殺気もすっかり収まった室内に焦燥の声が響き渡る。

「おっ!サナエちゃん!ナイスタイミング~!」

「え・・・?えーと、どういう状況ですか?」

 真央と対峙する巨体と、真央の谷間に挟まれる妖精らしき生き物。それらから守られるように冒険者に囲まれる大臣たち。

 これはどんなに頭の切れる者でも、状況の整理に一分は欲しいところだろう。が、

「今からみんなでお茶しない?」

「「「「え?」」」」

 早苗の思考の整理よりも早く、素頓狂な声が室内を占拠する。

 と、次の瞬間には、いつの間に用意したのか、円卓と人数分のイス、およびティーセットとお茶菓子が用意されている。

「さあさ!みんな座ってよ!これから親睦会を始めます!」

 そんな景気の良い掛け声と、皆の間抜け面とともに、国会議事堂の一室でお茶会が始まった。


 ティーブレイク。現代では産業革命によって、慌ただしくなった仕事の休憩時間として定着を見せた文化であり、それは純然たる休息を意味するものである。

 はずなのだが、今この場ではただ一人を除いて、その意味を果たしている者はいない。

 ケイトがカップに淹れられた紅茶を、自分の一口大ほどの大きさで浮遊させて自身の口に運び、一息ついたところで口を開く。

「ふう・・・まずは、自己紹介をしようかしら」

 清らかで美しい声が、全員の耳を通過していく。

「私はケイト・ルー・ラット。妖精たちの女王よ。以後、お見知りおきを」

 軽くお辞儀をしているところを見ると、人間たちへの敵対心は先ほどのように熱狂的なものではないことが窺える。

「僕はデウス。今日は神界の代表で来てるからよろしくね」

 続いて腹の底を掴んで揺らすような太い声で、自己紹介をした彼の一人称が意外にも『僕』なことに一同は驚きを隠せないようだ。

「はい!私は日乃本真央!真央ちゃんって呼んでね!」

「え?あんた、名乗ることにしたの?あれだけ渋ってたのに」

「たしかに、ちょっと意外だね。どういう気の変わりようだい?」

 もはや人間たちには聞きなれた真央の呼称に関して、デウスとケイトは違和感、というより驚愕を隠せていないようだ。

「え?まあ、せっかく悠木がくれた名前をずっと名乗らないのもね!」

「は~?それだけ?なんとなくってこと?」

「うん!そうだよ!いや、あれは川春が無理やり・・・」

 そう言ってちらりと川春の方を見やる真央。その瞬間に、一同の視線が彼の方へと集中する。

「無理やりではないだろ!というか、自分から言ってたじゃねえか!」

「あんなに激しくセットクされたら・・・」

「そこまで激しくしてないだろ!っていうか、『説得』のイントネーションおかしくないか!?」

 川春に対する視線が湿度を帯びていく。まるで汚物でも見るような視線が三、その他は生暖かく誤解の視線を送ってきている。

「っと、冗談はここらへんにして!」

 真央はパチンと両の手を打つと、そのあり余る元気な瞳を少しばかり鋭くする。

「ホントのことを言うと、悠木がくれたこの名前を名乗る気はなかったんだよ。本当に幸せになった時に名乗ろうと思ってたの」

「ふむ・・・和平君に言われたことを、まだ続けようとしていたのかい?『幸せになって欲しい』と、その一歩目として僕たちに名前をくれたんだっけ」

「そうよ。人には種族以外の名前があって、それを各々が認知するのが幸せへの第一歩なんだって。だから、私たちにも名前が必要だなんて、意味わかんないわよね」

 真央が口を開いた途端に、なじみの面子が口々に話を始める。よもや伝承の世界の登場人物たちが、この場で人間界の伝説の人物を語っている。

 そんな光景を誰が予想しただろうか。

「あ、あの、少し待っていただけますか?お三方は悠木和平のことを、人間界の勇者をご存知なのですか?」

 口を開いたのは珍しいことに文部科学省の原田大臣だった。だが、彼の疑問も頷ける。この場の誰もが、勇者と関わりのある者が生きているとは思わなかったからだ。

 なんせ五百年も前の話なのだから。

「知ってるよ~?」「もちろんよ」「うむ」

 当然の如く吐き出された相槌に、その場で事情を知らない者たちがざわつき始める。

「そ、そうなんですか・・・それは、それは・・・」

 なぜだか歯切れの悪い言い方をする原田大臣だったが、それを気にも留めないで真央たちは身内話に華を咲かせている。

「そうそう!悠木って言えばさ!そこのサナエちゃんが子孫なんだって!」

 真央の一言によって一同の視線が、早苗の方へと向かう。

「ふむ・・・サナエ殿・・・あなたは悠木和平の子孫ですかな?」

「は、はい!初代のことを御存じのようでなによりです!」

 早苗は緊張からなのか、はたまた焦燥からなのか、意味の分からないことを口走っている。普段の冷静さからは考えられない姿に、川春は少しだけ吹き出してしまう。

「ふふ。そっくりだね」

「うむ、そうだな」

「あはは!今の超そっくりじゃん!」

 三者とも同じようにノスタルジーに浸るような反応を示す。が、早苗はなにを言われているのか分からないらしく、困惑の表情を示している。

「ああ、ごめんごめん。和平と初めて会った時と同じような反応をしてたからさ!」

「ほら、これを見なさい」

 そう言ってケイトが空中に直径一メートルほどの円を描くように浮遊すると、その円の中に映像が映し出される。

 ◆◆◆

「ねえねえ、妖精女王と神王。私と手を組んで人間滅ぼしちゃわない?ちょこまか攻撃されるの鬱陶しくてさ~」

 柔らかな雲の上で三すくみに向かい合い、なにやら暗い話をしている三人の影がある。

「うむ。だが、なにやら人間たちは、勇者とよばれる人間を異世界から召喚したみたいだし、早めに手を打った方が良さそうだね」

「そうね。妖精の仲間たちも返り討ちにあってるし。協力するのはその件だけよ」

「分かってるよ~。その後はまた戦争だからね!」

 それぞれの思惑は『人間の根絶』で一致している。強者の戦いに弱者が混ざることはノイズになるのだ。人間が自身に群がる蚊を鬱陶しく思うのと同じだ。

「うむ。それでは、一週間後にせん滅に移ろうではないか」

「さんせー!」「了解したわ」

「随分と楽しそうな話をしてるじゃんか。俺も混ぜてくれよ」

 突如、魔王と妖精女王の間から、声がぬるりと通り抜ける。

「何者だ!」

 神王が気付き、瞬間に正拳突きをたたき込むが空を切ってしまう。

「ちょっと、ちょっとちょっと」

 神王の突きを難なく躱したであろう人物が、中腰の状態で手をリズムよく縦に刻んでいる。

 肉弾戦では世界最強で知られる神王の一突きを交わしたうえで、ギャグをかます余裕まであるらしい。その光景に三人が呆然としていると、青年が気恥ずかしそうに口を開く。

「あれ~?やっぱり伝わんないか~」

「ちょ、ちょっとキミ。いったいなんの用なのかしら」

「上空から不穏な気配がしたから、ちょっと偵察に来ただけさ!」

 親指を勢いよくビシっと立てて、白い歯を眩しく輝かせる。

 一見したら黒色の短髪が似合う好青年以外の何者でもない彼だが、全身から立ち上るオーラが常人のそれではないことを、三人は一見した段階で気付き、警戒の体勢に入っている。

「キミ、もしかして人間たちに召喚された勇者ってやつ?」

「お!俺のことを御存じでなによりです!なんか照れるな~!」

 妖精女王の問いにすらすらと答えていくジャージ姿の青年は、軽くお辞儀をして、頭を上げると同時に口を開く。

「俺は悠木和平って言います!よろしくです!家でポテチ食べながらウイイレやってたら、この世界に召喚されました!」

 ヘラヘラと笑いながら元気よく言い放つその姿は、なにか吹っ切れているようで、故郷への哀愁など微塵も感じさせないものだ。

「そ、そうなのね。大変そうね」

「いえ!これと言って、前の生活に執着があったわけじゃないので!こっちの世界の方が楽しいですし!」

「ねえねえ!どこから召喚されたの!」

 妖精女王と和平の話に割って入ったのは魔王だ。もはや先ほどの緊張感などは無く、単に自分の知的好奇心を満たすための行動だ。

「日本です!埼玉県の川越市ってところです!」

「え!日本ってこの世界にもあるじゃん!」

「そうみたいですね!でも、こう、なんて言うか・・・文明がもっと発展してたんですよ!建物とか!こんな木造、レンガ造りじゃない感じです!たぶん、パラレルワールド的な?ところだと思います!」

「そうなんだ!面白そうだね!」

「こっちの世界の方が面白いですよ!魔法も使えて、自分の身体を意のままに扱える感覚は前の世界には無かったですから!」

 魔王と和平の会話が盛り上がっているのを、少し警戒する目線で見守る神王と妖精女王であるが、それに痺れを切らしたのは女王だった。

妖精魔術ピクシーマジック!エレメントファイア!」

 何者かは分かったが、神王の一撃を軽く躱した人間を放っておくわけにはいかない、という判断からだろう。和平に向けて火属性の魔術を放つ。

 が、彼は振り向きもせずに、片手でそれを叩き落とす。

「なに?やるの?言っておくけど、俺は強いよ」

「う、うそ・・・妖精族の魔術は精霊の力が無いと防げないのに・・・」

「あー!精霊の力なら持ってますよ!俺もそれ使えます!なんか転生してくるときに、システム音声っぽい声でそう言われた気がします!」

 唖然。というより、呆然。

 神王の突きを軽々と交わすだけでは無く、人間だけではなく神や魔族にも必ずダメージが入る魔術を片手で振り払われたのだ。

「ほっほ。ならば、最初は僕と手合わせを願いたいものだ」

「え~、いま魔王さんと話してるんだけど・・・」

 和平が言い終わるのを待たずに、神王の右の大振りが飛んでくる。

「意外と喧嘩っ早いんだね。神様ってもうちょっと、寛大な心を持ってると思ってたんだけどな~」

「それはどこの神だろうね、ぜひ会ってみたいな」

 目にも留まらぬ攻防を繰り広げながらも、和平の方は悠長に会話をする余裕があるらしい。

「おわっ!危ないな~!さすが神様だ。さすがに捌ききるのは厳しそうだ」

 無数に飛んでくる巨拳をすべて躱しているかと思ったが、よく見ると何発かは食らっているらしい。神王の拳が当たったところは衝撃波で、ジャージが破けている。

「そろそろ反撃、しようかな!」

 神王の乱打を両手でしかと掴むと、瞬時に上へ腕を放り出す。神王は一瞬であるがバンザイの体勢になり無防備となる。

 和平はそれを見逃さず、みぞおちへ正拳突きをたたき込む。

「・・・ぬ、ぉぉおお・・・」

 うずくまる神王は呼吸をすることで精一杯のようで、苦悶の表情を顔面に張り付けている。

「妖精魔術!ライトニング!」「雷撃!」

 神王を殴ったことで、和平にわずかなスキができていたのを見逃さず、魔王と妖精女王が渾身の一撃をたたき込む。

 二人の魔術は命中し、十数秒に渡って落雷よりも強い電撃が彼の身体中を駆け荒らす。

「さ、さすがにやったかしら・・・」

「急に合わせてって言われるからびっくりしちゃったじゃん!殺すつもりは無かったのに!」

 魔王がやんやと妖精女王に文句を付けていると、雷に打たれた場所の雲が晴れていく。

「びっくりしたー!」

 雲の中から声を上げ、姿を現したのは全裸になった和平。ピンピンしている、というより、全くの無傷である。

「え~!」「・・・信じられないわ」

 二人が呆然とするのも無理はない。落雷の電圧は一億ボルト。二人が使用した魔術はそれと同等以上の威力を誇る魔術だった。

「なんで全く通じなてないのよ!どうやって防いだの!」

「いやいや!めちゃくちゃ痛かったから!全身に治癒の魔法を掛け続けてなかったら死んでたって!」

「治癒の魔術を掛け続けるって、あれは自己再生能力を向上させるだけの魔術のはずでしょ!?」

 妖精女王が焦った表情で魔王を見る。と、女王の疑問を察したのか、魔王が口を開く。

「理論上は可能だよ。一般人がやると魔力回路が焼き切れるけど」

「あんたどんだけ無茶苦茶なのよ!」

 魔術や魔法に長けた魔王が『理論上は』と前置きをするほどの無理難題を目の前の人間がやってのけたのだ。もはや女王は彼の強さに対して混乱している。

「え?魔力回路ごと修復しながら常時発動すればいいじゃん。なんか知らないけどできたよ?」

「・・・!その手があったか!すごい発見じゃん!天才だ!」

 魔王は天啓を得たかのごとく喜び、和平のもとへと駆け寄って褒めたたえている。

「っていうか、服はどうしたのよ!」

 魔王の興奮状態の姿を見て少しは冷静になったのか、女王が恥ずかしそうに声を大にして主張する。

「あ、悪い悪い。この雲でいっか」

 和平はその辺にあった雲を無造作に掴み取ると、自身の身に巻き付けて即興で僧侶のような服を作り出す。

「キミ、ホントになんでもありだね・・・」

 妖精女王の呆れたような声が放り出される。だが、少し嬉しそうにも聞こえる。

「ふむ、悠木殿。少々見くびっていた。先の無礼を許してくれたまえ」

「ぜんぜん大丈夫ですよ、神様!お腹は大丈夫ですか?」

「大丈夫だとも。あの一撃はかなり効いたがな」

 今度は神王と悠木が話しに華を咲かせる。体術に関して、各々の意見交換をしているようだ。が、それも束の間、魔王の声がそれを遮る。

「ねえねえ!お茶会でもしない?せっかく私たち以上の存在が見つかったし!」

「悪くないな」「そ、そうね」「あ、俺も同席していいの?」

 三者三様の返答を合図に上空でのお茶会が始まった。


「それでこの世界が狭いから領土争いをしてるってわけ!人間は弱いから三種族で協力して一気に滅ぼしちゃおうって話になったの!」

「へ~。色々大変なんだな」

「キミから聞いておいて興味ないのかしら!?」

 悠木の素っ気ない返事を聞いて、妖精女王が口に含んでいたお茶を吹き出す。

「いや~、そう言われても、それぞれの目標のために邪魔なら排除するのはおかしくないでしょ」

「案外ドライなんだね。じゃあ人間は滅ぼしちゃっても構わないかな」

 目的のための犠牲と、それに伴う大義名分については彼の中でしっかりとした線引きがあるのだろう。そのため、目的に邪魔なものは取り除くのは、手段の最適化という視点からなんらおかしいことではない、という判断になっているのだ。

「それはダメだ。そうなったら全力で邪魔する。俺の幸せには人間も必要なんだ」

「幸せ?なにか目標があるの?」

 魔王が純粋無垢な瞳で彼に聞き返す。と、

「ああ。種族の差別なく、全員が平等に幸せを享受できる世界だ」

 魔王にも負けず劣らず純粋で、されど熱のこもった瞳を和平がむき出しにする。

「そんなの出来るわけないじゃない。この狭い世界では、弱い種族は淘汰される運命なのよ」

「出来る出来ないじゃない。やるんだよ」

 女王の反論に対して食い気味に答える彼からは、もはやプレッシャーすら感じるほどの熱気があふれている。

「それならどうやってやるのかな?なにか名案でもあるのかい?」

「そんなものは無い!今のところ!」

『全種族が幸せになる世界をつくる』などと大層な目標を掲げているのだから、策の一つや二つはあるのだと三人とも思っていたらしい。その証拠に、自信満々に無策を誇っている彼を見て、開いた口が塞がっていない。

「キミねえ!世界平和がそう簡単に出来ると思ってるの!?」

「出来ないんじゃない?それぞれの世界がつくれるなら・・・って、そうじゃん!それだよ!種族ごとの世界を創れば良いんだ!」

「え、急にどうしたの?世界を創るってなに?」

 急に興奮し出した和平に対して、少し引き気味な魔王が質問を投げる。

「そのままの意味だよ!この世界をあと三つ!複製するんだよ!そこにそれぞれの種族が住めば万事解決じゃないか!」

「世界を分けたら、キミの目標とは違う方向に行っちゃうんじゃない?」

「逆だよ!むしろお互いに不干渉なら争いも生まれない!それぞれの種族の幸せの形に突き進めるってもんさ!」

 和平が自信満々に言い放つが、三人は思考中のようで暫しの沈黙が生まれる。

「なるほどね!そもそも住む世界を変えちゃえば、領土争いなんてしなくて済むってことだね!」

「さすが魔王!理解が早くて助かる~!」

「そもそも、なぜそこまでするのかしら?キミからしたら、勝手にこっちの世界に転移させられて、そのうえ強制的に戦わされてるというのに」

 妖精女王の疑問はもっともだ。和平はもともと違う世界の住人。それを人間たちに無理やり召喚されたうえ、戦わなければいけない状況に置かれている。というのに、全ての種族を救おうと言うのだ。なにか崇高な目的があるに違いない。

「え?なんとなくだけど?みんな笑ってた方が良くない?ラブ&ピースだよ~」

「は・・・?なんとなくって、キミ・・・そんな理由で・・・?」

「いやいや~。どんな生物だって、生きるからには目指すのは幸福だ。みんなだって、そのために領土争いをしてるんでしょ?」

「そ、それはそうかもしれないけど・・・」

 思わず言葉を詰まらせる妖精の女王。反論の余地が見当たらない。なぜ領土を広げていたのか、と聞かれれば、自分の種族の幸せのため、だからだ。

「ん~・・・世界の複製なんてできるの?」

 呑気な魔王の声が妖精女王の思考を遮る。

 和平の提案は争うことしか考えに無かった三人には酷く新鮮で、またひどく希望的にも見える。

 そもそも、世界を複製することがどれだけの魔力を必要とし、世界にどれだけの質量を生むのか。質量保存の法則がはたらくとするのなら、世界を複製するための物質をどこから調達するのか。疑問は止まないはずだ。

「出来るか出来ないかじゃないんだって。やるんだよ」

「ふむ。その瞳は覚悟を決めた風だな。して、なにか策はあるのかな?」

「俺が世界を複製する魔法を開発する」

「はあ・・・これが無策の極みってやつかしら・・・」

 策と言うにはあまりにも荒唐無稽。無謀も極まりない発言が彼の口から飛び出し、妖精女王がため息を漏らす。

「ユウキって言ったかしら。魔法も魔術も基本的に、この世界の理を強制的に発現させるための術式なの。世界の道理から外れた魔法や魔術は作れないわよ」

「え!魔法と魔術ってなにか違いがあるの!?そもそも区別する必要があるの?」

「そこからなのね・・・魔王、ちょっと説明してあげて。あんたが発見した世界の法則なんだから」

「わかった!」

 誰も考えもしなかった魔法を開発しようとしている人間なのだから、魔法と魔術の区別くらいはついているものだと思っていたらしい。妖精女王の項垂れは甚だしく、この後の説明は魔王に丸投げしたようだ。

「へー!つまり、魔法が物理法則、魔術が化学的現象の強制発動を促す術式ってことか!教えてくれてありがとう・・・えーっと、そういえば名前ってなんだっけ?」

 和平は重要なことを思い出した。自ら名乗ったものの、相手方の名前を聞き忘れており、名前を呼ぶにも呼べない状況であったことを。

「え?私が魔王で、こっちが妖精女王。このムキムキが神王」

「いやいや、そういう通称的なのじゃなくて。個体名。俺に悠木和平って名前があるみたいに、なにかあるんじゃないのか?」

「ん~、名前ね。生まれた時から魔王だったし考えたこと無かったな~」

「右に同じく」「私もそうかしらね」

「それってなんか虚しくないか?」

 和平が少しばかりの憐憫を瞳に宿しながら、三人にそう言う。

「これと言って不便はないかしら。お気遣いありがとう」

「いや、ダメだ!呼びにくい!いつまでも君のことを女王とか言ってたら、俺が変態みたいになるからな!」

「どういう意味かしら?」

「すまん、人間のちょっとした愚かさの話だ」

 妖精女王は本当に話を理解できていないらしく、可愛らしく小首を傾げて彼の言葉について考え始めている。

「ま、それは良いとして!みんなの名前を考えようのコーナー!パチパチパチ~!」

「え、別にいらないよ?」「僕も別にいらないかな」「同じく」

 テンションを高くして拍手を打った彼がバカらしく見えるほどに、三人の反応はドライなものだ。実際に個体名が無くとも不便が無いのだったら、不要と考えるのが合理主義者の行く先だろう。

「じゃあ、俺が勝手に呼ぶから!気に入ったら使ってくれ!」

「なんでそこまで名前にこだわるの?別に魔王って呼んでくれれば大丈夫だよ?」

 魔王の言葉に他の二人も同意するように首を縦に振る。

「みんなに幸せになってもらいたいんだ。そのための一歩なんだよ」

「名前と幸福に因果関係なんて無いように思うのだけど?」

「ちっちっち~。分かってないな、女王様!」

「妙に腹立つからやめてくれるかしら」

 人差し指を扇状に軌道を描くように振りながら言葉を発する彼の姿が、なにやら自信ありげで少しだけ女王の癪に触れたらしい。

「名前って言うのは言わば世界への認知だ。自分の名前が知られるほどに自尊心は肯定され、それが心を成長させてくれるんだ」

「つまりどういうことかしら?」

「つまり!名前で呼びあうことが幸せへの近道ってことさ!」

 女王の疑問にこたえきった和平は満足そうに鼻を鳴らしているが、当の三人にはいまいちピンと来ていないらしい。

「まあ、これは俺からのプレゼントだと思って、好きな時に開封してくれれば良いだけの話だから。それまではみんなの心にしまっておいてよ」

 そう言って和平はそれぞれに『デウス』、『ケイト・ルー・ラット』、『日乃本真央』の名前を勝手に命名した。

 それから二年後。

 彼はついに世界を複製する魔法の開発に成功した。

「おっす!久しぶり!みんな元気だった?」

 定期的に開かれるようになった雲の上でのお茶会には、魔王と妖精女王と神王ともう一人。当然の如く和平の姿がある。

「あ!和平!おっす~!」

「真央は元気で何よりだよ。ケイトとデウスも変わりないようで良かった」

「当然かしら!」

 和平は自慢げに鼻を鳴らすケイトに対して安心したように微笑む。

「和平君、君はお疲れのようだね。早く座りなさい」

「ああ、ありがとう」

 すでに座席に座っていたデウスが、自身の隣のイスを引っ張って彼の着席を催促する。と、出された紅茶をひと口だけ飲んだ後に口を開く。

「みんな集まってくれてありがとう!」

「いえいえ~」「別にあんたのためじゃないかしら」「うん」

 三色の返事を聞いた彼は少し嬉しそうな表情になり、続けて言葉を発する。

「重大発表があります!なんと、この度・・・」

「あ!子供ができたんでしょ!おめでと~!」

「真央!なんで先に言うんだよ!ってか、なんで知ってるんだよ!」

「えっへっへ~。敵の情勢を把握するのは当然でしょ?ケイトとデウスも知ってるよ?」

「なっ・・・!」

 和平が焦って他二名の顔を見ると、気まずそうな顔に笑顔を貼り付けている。

「せっかくの報告が・・・」

「人間の王の娘との間に子をもうけたのは知ってるわよ?え、まさかこの為だけに私たちを呼んだのかしら」

 普段からお茶会をするときは、それぞれの軍勢が衝突する場合か、魔法や魔術の研究会議、それからそれぞれが手合わせをしたくなった時のみだ。

「い、いや・・・コホン!もう一個!重大発表があります!」

「あら、なにかしら」

「なんと・・・なんと・・・っ!」

 和平はまるで学校でプレゼンをするかのような溜めを作り、三人が聞く体制に入ったことを見計らって声を発する。

「世界の複製をする魔法を開発しました!」

「ホント!?凄いじゃん!おめでとう!」

 いの一番に声を上げたのは真央。というのも、彼女は魔法の開発に協力していたため、その言葉に対しての喜びも一入なのだろう。

 心からの賛辞を彼の下へと一番に届けたかったのもあるのだろう。

「和平君、よく頑張ったね。ありがとう」

「ありがとう、デウス!」

 キラキラとした瞳を振りまく和平に圧されたのか、ケイトも

「ま、まあ、人間にしてはよくやったんじゃないかしら?」

 と、出会ってから初めての賞賛を彼に送る。

「ありがとう!みんなのおかげで世界が平和になるよ!本当にありがとう!」

 彼は立ち上がり、人間の常識の中では最大限の礼を示す角度で腰を折る。その姿からは希望と歓喜が感じ取れるようだ。

「なに言ってるのさ~!和平が頑張ったんでしょ?」

「魔王の言う通りだよ。君が考え実行し、成し遂げたことだ。存分に誇ると良い」

「そうよ、少なくともここにいる三人は、その・・・感謝してるんだからね」

「み、みんな・・・!」

 和平はそう言って、その場にいる全員にハグして回る。ケイトからは相変わらず鬱陶しがられてはいるが、そこには信頼関係が透けて見える。

「それでさ!実行はいつなの?」

「今からやるよ。人間の王には許可も貰って来たし!」

「もうやるのかい?もう少しゆっくりしたらどうだい?」

「ありがとう、デウス。でも名残惜しくなっちゃうから、遠慮するよ」

 この言葉は『世界が分断された後に、もう会えなくなってしまうから』という意味だと、その場のだれもが思っていた。この時までは。


 現在の埼玉県は川越市が存在しているところに、四人は和平の転移魔法を使って移動してきた。見渡す限りの草原を、気持ちよさそうに風が駆けている。

「改めて確認するけど、世界を複製すると同時に大量に移動してしまう魔力を均一に行き渡らせるために、それぞれの世界をゲートでつなぐけど、絶対にお互いの世界には不干渉だからな。また争いが起きたら悲しいからな」

 淡々と説明する彼の姿はどこか、三人に対して釘を刺しているようにも見える。

 そんな説明をしながらも、魔法を発動させるための術式の構築を行っている器用さは流石と言うべきだ。

「なあ、真央。まだこの名前は受け取ってくれないのか?」

「うん、その名前は幸せになったら使うよ」

「そうか、絶対に幸せになってくれよ。俺からのお願いだ」

「・・・?わかった」

 不思議そうな顔をしながら彼の顔を見つめる魔王。それを見つめ返し、わずかに微笑む和平。だったが、どうやら術式の構築が終わったらしい。改めて三人を見渡して、

「じゃあ、元気でな!」

 そう一言だけ放って、魔法を発動させる。構築していた術式の刻まれた魔法陣が、音を立てて割れていく。最後に刻まれた術式が発動する瞬間、膨大な魔力が発生し、周囲がまばゆい光に包まれる。

「な、なに?この光、前まで組み込まれてなかったんだけど!和平!返事して!どこに居るの!眩しくてなにも見えないの!」

 魔王が光に包まれた草原を、和平が居た位置の記憶を頼りに走っていく。

 ドン、と何かに衝突し、尻もちをついてしまう。

「ちょっと!眩しすぎるんだけど!目が開けられないじゃん!」

「あっはっは!ちょっとしたサプライズだよ!この光が収まったら、世界の構築が完了した合図だから」

「こんな眩しすぎる目安は迷惑なんだけど!」

「あっはっは、ごめんな!ちょっとした遊び心が!」

 目を閉じても突き刺すような玄光を、魔法の施行完了の目安にするなんて、はた迷惑な話だ。

「も~!和平はそうやってすぐふざけるんだから~!」

「悪いな。本当に・・・ごめん」

 彼の方から鼻をすする音が聞こえてくる。

「え~、泣いてんの~?珍しい~」

「ごめんな・・・ありがとう・・・」

「やめてよ~、柄じゃない!和平は笑ってる顔の方が似合ってるよ!」

 魔王は彼の事が見えないながらも、二年もの間を過ごした時を思い起こしながら励ましの言葉をかける。

「そっか・・・!そうだよな!」

 和平は笑顔を魔王に向ける。

 自身が塵になりつつあると言うのに。

「うんうん!別に死ぬわけじゃないんだから!泣くには早いよ!」

「・・・ははっ!そうだな!」

 新しい世界の構築には、この世界の空気中に漂っている自然発生する魔力の半分、それから和平の魔力の全てを注がねば不可能であった。

「ねえねえ!世界の構築が終わったら移住するまでの間は、休戦状態になるしみんなで旅でもしない?」

「それいいな!楽しそうだ!」

 全ての魔力を一度に放出すると人の身体はどうなるのか。答えは、身体を構成している成分の欠乏により、徐々に体が崩壊していくのだ。

「でしょでしょ!種族の隔てなく、みんなでお祭りするのも良いかもね!」

「それもいいな・・・!」

 すでに崩壊は始まっており、それを止める術などもはや存在しない。

「ねえ、和平。私、幸せになるから」

「・・・なんだよ、急に」

「いや、ちょっとした宣言」

「そっか・・・!安心した!」

 和平はそう言って、届くはずも無い笑顔を魔王に向ける。と、同時に崩壊が進み、塵となって風に流されていく。

「あ、眩しくなくなった!ってことは・・・!ゲートができてる!凄いじゃん!成功だよ、和平!・・・あれ?」

 彼の服を引っ張ろうとしたのだろう、声が聞こえていた方向に伸ばした右手が空を切る。

「か、和平・・・?ねえ、冗談はやめてよ~!透過の魔法でも使って隠れてるんでしょ?早く出て来てよ~!」

「む、魔王。どうしたんだい」

「いや~、ちょっと和平が隠れてて見つけられなくて~」

「ねえ、それ。その服、和平のジャージじゃない?」

 困惑、焦燥、不安、恐怖―――。

 魔王の呼吸が荒くなる。

「う、ウソだよね。隠れてるだけだよね。そうだよね」

「ねえ、魔王。魔力感知は?使ってみたのかしら」

「使ってるよ!!!」

 ケイトの質問に声を荒げて返す魔王。ひどく取り乱し、いまだ彼の冗談だと信じたい心と、どこかで彼の死を察してしまった感情で、笑みの中に絶望が入り混じっている。

「使ってるのに・・・和平の魔力の波長が感じられない・・・」

「そ、それは本当かい?」

「まさか・・・」

 魔王はなにか思い当たる節があったのか、和平からもらった術式が組み込まれた魔法陣が書かれた紙を取り出して、必死に読み込む。

「ここは構築に関する条件、これはゲートを組み込むための設定、こっちは発動するための魔力の条件・・・」

 必死に魔法陣に掛かれた術式の解読をしていく魔王。血眼と呼ぶにふさわしい、その姿は彼女の必死さを物語っている。

「・・・・・・見つけた・・・あのバカ・・・」

 魔力に関する条件文を読んで、絶句する魔王。

「なにか分かったのかしら?」

「ケイト、それを聞くのは酷ってものだよ」

 魔王の下へと飛んで向かおうとするケイトを呼び止めるデウス。みんなそれぞれが起きたことについて察してしまっていた。

「あんたに言われなくても分かってるわよ。大方、自分の全魔力を注ぎ込んだって感じでしょ・・・」

「泣きたい時は泣けばいいんだよ」

「ふん・・・!」

 ケイトは不愛想に鼻を鳴らすと魔王の下へ飛んでいき、彼女の首元へとすり寄り優しく抱きしめる。

 爽やかな風と共に、二人の絶叫が駆けていく。

「和平・・・キミが幸せになるためにはそうするのが良かったんだろうけど・・・少しは僕たちのことを考えてくれても良かったんじゃないか・・・」

 デウスは涙を頬に伝わせながら、ひとり言を空に放つ。

 二年もの間、多い時は週に一回、最低でも月に一回は交流をしていた仲だ。情が芽生えるのはあまりにも当然だ。

 彼女らが泣き止むまでの間、まるで励ますように吹き抜ける風は少しうるさかった。


 陽が顔を沈めようとし、肌寒くなってきた頃。

 気持ちの整理は着かずとも、多少は落ち着いた三人は和平が最後に居た場所で円を描くように座り込んでいる。

「ねえ、和平はなんでこんなに分かりづらく術式を構築してたのかな」

「そんなの知らないわよ」

 魔王が口を開いたかと思えば、それをぶっきらぼうに遮るケイト。彼女なりに心を落ち着かせるために、考えないようにしているのだろう。

「僕たちが気を遣わないようにしたんじゃないかな」

「あー・・・そういうことね」

「まあ、あいつは意外と一線引くタイプだから・・・多少は大目に見てあげるかしら」

「そう言ってやらないでおくれよ。これが和平君の考える、彼自身の幸せだったのかもしれないから」

 自身が死ぬことが幸せ、だとでも言うのだろうか。希死念慮が無い限り、それは生物としてはあり得ない話である。

「でも、自分が死んじゃったら世話ないかしら。幸せもクソも無いじゃない」

「ホントだよねー。『みんなを幸せにする』って言っておいて、自分は対象外なんだもん」

「でも、ちょっと彼らしいよ」

 和平を肯定するデウスの言葉を聞いた二人は少しだけ微笑む。

「ふふ、たしかにそうかもね」

『みんなを幸せにする』という目標の為なら、自身の犠牲をもいとわない。その姿勢こそが勇者たるゆえんだろう。

「よし!決めた!宴をしよう!」

「はあ?なに言ってんの?」

「急にどうしたの?」

 突然に流れとは違う言葉が出てきたことに、魔王以外の二人は戸惑いを隠せない。

「和平と約束したから!やろう!種族の垣根なんて関係無しで!」

「そうだったのね。それなら仕方ないわね」

「うん、良いと思うよ」

「それじゃあ、とりあえず人間の王に会いに行こう!」

 そう言うが早く、魔王は和平のジャージを持って立ち上がると、人間の王が住む城へと一直線に飛んでいく。

「ふふ、なにか魔王なりに思うところがあったみたいね」

「そうだね。さて、僕たちも行くとしようか」

「そうね、勝手に死んだ和平の分まで宴を楽しむとしましょう」

「それはちょっと酷いんじゃないか?」

 そんな雑談を繰り広げながら、彼らも魔王の後を追って夕焼けが輝く空へと飛び立つのだった。


 それからしばらくして、四種族は各々につき一つの世界に住めること、これからは争わずに済むということを祝して、種族合同の宴を開いた。

 その宴は静まることを知らず、一週間を通して昼夜問わずに開催され続けた。

 神と人間、妖精と魔族など、それぞれが酒を酌み交わし、歓談を繰り広げる様子はまさしく和平が望んだ光景だったことだろう。

 ◆◆◆

 昼夜問わずのどんちゃん騒ぎを映していた空中の映像は、そこまで映すと消えてしまった。

「懐かしくてついつい見過ぎちゃったわね。でも、どう?そこのサナエさんと和平は結構似てると思うのよ」

「そ、そうですね。ですが、こんな偉業を成した人物に似てると言われるのは、少し照れくさいものがありますね」

 早苗は柄にもなく顔を真っ赤にして、言葉を選びながら発言する。悠木一族の初代にして世界を救った張本人と『似てる』だなんんて誰でも照れるに決まっている。

「おや?どうしたのかな。この場のほとんどが、理解が追い付かないような顔をしているみたいだけど」

「あ、それなんだけどさ。人間側に間違った歴史が根付いてるっぽいんだよね。二人でなんとかできる?」

 真央は自分たちの知っている事実と、人間界に根付いている歴史についての齟齬を手短に説明する。

「ふ~ん。そういうことね。それで人間は魔界に侵攻していたということね」

 真央の言葉にふたりが納得したように溜め息を吐く。

「ちょっと待ってくれ。それなら俺に一つ案がある」

 真央がケイトとデウスに提案を促していたところで、その間に川春が割って入る。

「むっ、どちら様かな」

「失礼しました。わたくし、角川春と申します。悠木早苗の部下として働いている身でございます。以後、お見知りおきをお願いします」

「そう、ご丁寧にどうも。それで、私たちの話を遮ってまでしたい提案ってなにかしら?そもそも、あんたはこの事実を知っていたのかしら?」

「そうだね。ここにいるほとんどが状況を飲み込めていないのに、キミだけは平然とただ事実を噛み砕くように見ていた」

「川春には先に伝えておいたんだよ~。どうしても知りたいって言うから~!」

「あら、そうだったの。魔王、いや真央が見込んだなら私は構わないけど、言葉の選び方、発する一言が命に直結すると心得なさい」

「は、はい。心得ております」

「では、話しなさい」

 言葉はキツイが友人が認めた相手には初対面時に放ったようなプレッシャーは向けていない。むしろ穏やかにさえ感じられる。

「はい。わたくしが提案するのは、お三方での凱旋パレードです。そして、それを人間界全体に向けて配信するのです」

「ふむ・・・凱旋パレードか。五百年ぶりにみんなで騒ぐのもいいかもね。して、ハイシンとは何かな?」

「配信と言うのは・・・一度、これを見ていただいた方がよろしいかもしれません」

 そう言って川春は懐からスマホを取り出すと、デウスとケイトの間に割って入り、一つの画面を見せる。

「これはなにかしら・・・四角い板の中で人が動いてるのかしら・・・?」

「それになにか本当の人間では無いみたいだね。まるで壁画が動いているかのような」

 川春が見せているのは、とあるVtuberのリアルタイムの配信である。

 彼が見せたくてこの配信を見せているわけでは無い。普段からVtuberの配信を見ているため、彼のオススメ欄にはもはやこの類の動画しか出てこない。そう、仕方がないのだ。が、やはり気まずいものは気まずい。TPOというのは大切である。

「これは今現在、同時刻で全世界に向けて動画を届ける技術です。それを配信と言っています。配信と言うのは、ありのままを手を加えずに発信するので、そのすべてが事実となるのです」

「ふむ・・・ありのままね」

「なるほど。そのハイシンとやらでは、事実がそのまま伝わるから、間違った歴史を正すにはもってこいの手段ってことかしら」

「その通りです!配信では編集という作業は行えず、自分たちに都合の悪いところも、もちろん良いところも全て伝わります!人間たちが間違いを認識するにはうってつけの機会なんです!」

 川春が興奮気味に二人に視線と言葉を振りまく。

 その様子が、世界平和を語っていた勇者の姿と重ねてしまったのは、三人の心の中だけの事実だ。

「ふん、面白そうじゃない。私はやるわ。デウスと真央は?」

「僕ももちろんやるよ」

「私は生放送には慣れてるからね~!もちろんやるよ!」

「お前は中継を一回しただけだろ・・・」

 川春の冷静なツッコミが室内に響く。が、

「それじゃあ、さっそく凱旋パレードの準備をしようよ!」

 それを断ち切るように真央の闊達な声が空間を断つ。

「待て待て。一応、真央たちは国賓扱いになるんだから、最低でも準備に一か月はかかる予定だ」

「え~!それじゃあ何して待ってればいいのさ~!」

「一ついいかしら」

 真央の駄々をこねるような悲痛の声をなだめるがごとく、ケイトの流麗で澄んだ美声が流れ落ちる。

「角くんと言ったわね。準備は一日よ。それ以上かかるなら帰るわ」

「ちょっと待ってください!それでは十分なおもてなしの準備と、配信の段取りが!」

「私たちも急遽、世界を留守にしてるの。そこまで勝手がきかないのは分かってちょうだい」

「というか、そもそもいったん帰れば良いのではないかい?」

「ぬっ、それは・・・」

 デウスが放った一言に狼狽えるケイト。これは何やら裏がありそうだ。

「ケイト、もしかしてだけどパレードが楽しみなんじゃないか?」

「ぐっ・・・・・・」

 デウスの一言にまたもや狼狽するケイト。もはやこれより明白な自己表現があるのだろうか。

「そうよ!悪い!?久しぶりにこっちの世界を楽しみたいじゃない!」

「あっはっは!な~んだ、やっぱりなんだかんだ言っても、みんなこの世界が好きなんじゃん!」

 真央が愉快に笑いながら言う。

 結局のところ、勇者である彼の事を直接知っている彼女らにとって、ここは特段に思い入れがあるらしい。

 そんな意思をくみ取った川春は、

「わかりました!皆さまが楽しめるように早急に準備をいたします!開催は明日のこの時間、午後十八時に開始ということにしましょう!」

「ちょ、川春!なに勝手に決めて・・・」

「ギルド長、すみません。でも、広報として、この三人の笑顔を広めたいと思いまして」

 止めに入った早苗を制止するように川春が言う。

 川春がカメラを向けたのを追う様に、早苗が三人の方へ視線を向けると、まるでピクニックに行くかのようにはしゃいでいる神と妖精と魔族の王たちの姿があった。

 だが、川春がSNSに掲載するよりも先に、配信を切っていなかったカメラが、彼らの楽しそうな姿を全世界に向けて配信をしていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る