第四章:知るべきは未知のこと
魔王が人間界にやってきてから一週間が経ったころ。
川春と魔王は再び冒険者ギルドの本部に来ている。というのも、先日の記者会見の報告書の提出及び報告を行うためだ。
では、なぜ魔王も一緒なのかと言うと、彼女を一人にすると何をするか分からないので、基本的に管理下に置きたいからだ。
「ふむ。それでは、先日の記者会見についてしっかりと報告をしてもらおう」
(あー、これはマズい。この前のはかなり好き勝手にやっちゃったからな。相当頭に来てるぞ)などと思いつつ、言葉を選びながら慎重に口を開く。
「えー、まずはすみませんでした。私の勝手な判断によって、報道陣を魔界へと連れて行ったこと、深くお詫びいたします」
「そうだな。結果的に死傷者も0、魔族たちの友好的な様子をこちらの世界に生中継が出来たとはいえ、もし怪我人が出ていたら、そのタイミングで魔界から侵攻があったら、と思うと気が気では無かった。何錠の胃薬を飲んだことか・・・」
「いや、あの、ホントにすみません・・・」
何処にぶつければ良いのかもわからぬ怒りを収めるために、早苗は必死に目くじらを泳がせて発散させている。
「いや、私としても今後の方針で迷っていたのだ。むしろ都合がいいと言える。別に謝ることではない」
「今後の方針・・・ですか?」
「そうだ。世界平和を目標に掲げる冒険者ギルドが、事実を知ってなお侵攻を続けるのか、それとも魔族と手を取り合うのか、とな」
「・・・あ」
早苗の深刻な面持ちを見て初めて、川春は自身が本当に勝手なことをしてしまったという自覚を持った。
魔族と手を取り合うこと。それはすなわち冒険者ギルドの業務縮小ということになる。そうすれば数百人単位でのリストラを余儀なくされる。
「すみませんでした!」
川春の心からの謝罪がギルド長室に響き渡る。
「良いのだ。世界が平和になるのなら私は何百人にでも恨まれよう。もともとそういう覚悟があってここの長をやっているのだからな」
強く未来を見据える瞳。そこには一切のためらいなどない。
「・・・ぐっ、でも、誰かから嫌われてると思うと眠れなくなる。そしてストレスがたまり続けて私は不眠症になって死ぬんだ・・・」
志がはっきりしているからと言って、心が強いわけでは無いみたいだ。
「ギルド長、本当に申し訳ありません」
「良いんだ。世界を平和にすることの何が悪い・・・だが、それとこれとは話が別なだけだ・・・痛てて・・・」
つくづくメンタルが強いのか弱いのかハッキリしない人である。
「ギルド長、お菓子を作って来たんで食べてください。気休めにしかならないでしょうけど・・・」
「いつもありがとう・・・」
狼狽え続ける早苗に対して、川春がいたたまれない空気を放ち始めたところで、突然に魔王の声がその場を遮る。
「そしたら魔界に来れば?これから仲良くなるんだし、問題ないんじゃない?」
あまりにも平然とした声で放たれたその言葉は、説得と言うより事実を突きつけているようである。
その包容力と安心感たるや、彼女の胃痛など瞬時に吹き飛ばしてしまう威力があった。
「あっはっはっはっは!そうかそうか!是非そうさせてもらおう!」
しょんぼりとエクレアを咥えていた早苗は、大きな声を響かせながら納得したようにバンバンと机をたたいている。
「さて、それでは本題に移ろうか」
ほんの少し前まで大笑いをしていたとは思えない程に、冷静で落ち着いた様相へと変わった早苗を見て、二人の気持ちも引き締まる。
「先日に川春から送ってもらった企画書を拝見した。素晴らしい案だとは思うが、国民の混乱は避けられんぞ?」
「それは分かっています。ですがやる価値はあると思っております。どうか許可をお願いします」
「ふむ・・・では、この企画についてメリットとリスクを口頭で説明しなおしてくれ」
誠意を見せるために腰を折った川春に対して、誠意だけでは通らぬこともあるとでも言わんばかりに、早苗が彼の口からの再度の説明を求める。
再確認の意味合いもあるのだろうが、メリットに対してリスクが大きすぎるという事が彼女の中で引っかかっているのだろう。その分、成功した時のメリットも盛大なのであるが。
「はい。それでは説明させていただきます。題して『魔族と人間仲良し大作戦』について」
「川春・・・その名前は何とかならないの?ダサくない?」
勇ましい表情でクソダサネームを言う彼を憐れんだ魔王が口を挟む。
「ダサくないだろ。目的がはっきりしていて良い作戦名じゃないか」
「え~!センス終わりすぎ~!サナエちゃんはどう思う?」
「いや、その、ちょっとだけダサいかなーと・・・」
「そ、そうなのか・・・」
川春が自身のセンスの無さに驚き、凹んでいるところ、
「す、すまない。話を戻そう」
気を使った早苗が本題へと軌道を変更してくれる。
「は、はい!では、最初から説明します。企画はいたってシンプルです。魔族と人間がそれぞれ自由に行き来して、それぞれの世界を観光する。ただそれだけです」
「うむ。それ自体は良い案である。そして、私も最大限の協力をしたいと思っている。だが、魔族がこちらに来るのは安全面から問題ないとして、人間があちらに行くのは?」
「はい。そちらの問題については、魔王さまが街を丸ごとゲート前に転移してくださるそうです」
「ふむ。それなら問題ないな」
早苗が納得したように息を漏らしながら相槌を打つ。
「っ!それなら!」
「しかし、だ」
早苗の様子を見た川春は、余る嬉しさを漏れ出しながら言葉を続けようとするが、それは冷徹な声に遮られてしまう。
「リスクを考えてみろ。我々からすれば、魔族が街に来るという経験は『侵攻』以外で体験したことが無い事態だ。ともすれば、一般人のギルドへの通報は必至。交友を深めに来た魔族に対して冒険者たちが襲い掛かるという事態が起こり得るだろう?」
早苗の言う通り、一般人が魔族を目撃する機会は魔界からの『侵攻』の時以外に無い。ともすれば、魔族側に無意味な犠牲者を出してしまう可能性が大いにあり得るのだ。
「そ、それは・・・」
「さらに、だ。魔族に関する話が先日の記者会見通りであれば、低ランクの冒険者たちが駆けつけたところで返り討ちに遭い、こちらにも犠牲が出るかもしれない。そうすれば、また元の状態に戻ってしまうのではないか?」
「はい・・・その通りだと思います・・・」
川春が力なく早苗の言葉に肯定の意を示す。彼自身もその穴は自覚しており、それを指摘されて何も言えなくなってしまっている。
「そこでだ。自由に行き来するというのは無しにしよう」
「そんな!それじゃあなにも変わらないじゃないですか!」
「川春。最後まで話を聞きたまえ」
興奮で我を忘れた川春にピシャリと叱咤するような声で早苗が続ける。
「なにも交友そのものを無しにしようと、そう言ったわけではない。むしろ、この案自体は私としても推していきたいところだ」
「それならどうして・・・」
「この『自由に』という部分を無くせば良い。それだけの話だ」
「・・・なるほど!お互いに代表者が現地へと赴いて、来賓という形にすればいいんですね!」
「そういうことだ。来賓であればお互いに護衛をつける義務が生じ、こちらではニュースとしてネットやテレビで一般にも魔王の来訪が周知される。魔界への通達は真央さんが上手くやってくれるのだろう?」
「うん!魔族全員に念話の魔法で通達しておく!あとお触書も書いて設置しておく!」
((お触書・・・))と、二人が魔法技術の高さと、文明レベルの低さのジェットコースターに搭乗したところで、魔王が再度口を開く。
「それじゃあ、今からは正式な取引の場にしようか」
一瞬にして空気がひりつくのが川春にも感じ取れる。それほどまでに魔王と早苗の放つ空気が一変したのだ。
言わばこれは、人間VS魔族の戦争においての最前線だ。
代表者同士が真剣になるのは当然のことと言えよう。
「ところで、悠木早苗さん」
早苗が生唾を飲み込む音が部屋に染みこむ。
魔王の親しみやすさはどこかへと消え去り、早苗よりも冷酷な声が腹のどん底に響く。それがどれほどの威圧感か。それは体験したものにしか分からないが、相当に真剣な取引をすることが声色一つで伝わってくる。
「いま伝えた計画だと魔族にメリットが多いんだけど大丈夫そ?もっと人間側にメリットがあった方が良くない?」
「あ、え?だ、大丈夫だ。それに、この企画そのものに意味があるんだろう?なあ、川春」
「え?そうなの?それ私に説明してなくない?」
「はい。ギルド長の言う通りです。この企画でなければダメなんです」
「え?なんで?説明してよ~」
「川春、真央さんにも説明したらどうだ?私も真意を計りかねているところだ」
川春に無視され続ける魔王がいたたまれなくなったのか、早苗が彼に対して諭すように話しかける。
「そうですね。いいか、真央。一回しか聞かないからよく聞いてくれ」
魔族との友好関係を結ぶこと以外に、なんの目的があるというのか。そんな疑念を抱きながらもう一度、先日もらった資料に目を通す早苗。
「この交流ではトップ同士での会談があるはずだ。そこでお前の鏡の出番なんだ」
と、川春がそこまで話したところで、早苗がそれを遮るように口を開く。
「なるほど。そういうことか。素晴らしいぞ。改めてキミの評価を上げねばなるまいな」
「そこまでのことでは・・・とも言い切れませんね」
「ね~え~!なんの話なの~!」
好奇心があふれ出してしまった魔王の質問攻めに耐えることになるのは百も承知であるが、それでも隠さなければならない事もあるのだ。
「これは後でちゃんと話すよ」
「え~!いま教えてよ~!」
「しっかりと完成版の企画書ができたら話すから我慢してくれ」
川春が真剣な面持ちで言う。よほど、大事な作戦なのか、それともなにか思い出したくない事でもあるのか。話題をそちらへ向けないようにしているようにも思える。
「え~、わかったよ~」
「ありがとう」
潮らしく納得した真央を見て、安心したように笑顔を漏らす川春。この時、川春の脳裏に真央の前で赤っ恥をかいたあの記憶が蘇っているなど、誰も想像もしなかった。
一方その頃、冒険者ギルド本部から車で20分ほどの距離にある国会議事堂の一室では、首相を含めた大臣たち十六人による会議が開かれている。
「魔王ですぞ!?放っておいては我が国、いや全世界の脅威になるのは目に見えています!」
「だからと言って、せっかくの来訪を無碍にして帰したら、それこそ国民が危険にさらされるかと」
「冒険者ギルドはなにをやっているのだ!なんのために存続を許していると・・・」
魔王が人間界に来てからというもの、連日のニュースはその話題で持ちきりである。もちろん、公共の電波を通じて魔界が中継されてしまったことも話題の中心ではあるのだが。
「ですが、魔王が今のところ人間を一人も傷つけていない。というのも事実です」
「若造は黙っとれ!魔王が来るなど、我が国の有史以来で未曾有の危機だぞ!そんなことも分からないとは。これだから新米は」
いかにも高そうなスーツに身を包み、椅子の上でふんぞり返った禿げ頭のおじさんに叱咤を食らう、白衣に身を包んだ二十代半ばほどの女性。
「うるせえな。未曽有の危機だからこそチャンスになるって気づかねえのか」
先ほどまでの丁寧な口調はどこかへと吹き飛んでいったかのように、突如豹変した彼女に一同が目を丸くする。
「いいか。金と酒と女の事しか頭にないハゲ狸どもには分からねえかもしれねえけど、ここで魔王を歓待して喜ばせることが出来れば、魔族全員が味方になるってことだろ!それが後々の外交でどれほどの意味を持つか分かんねえのか!」
丸顔に携えたショートカットの髪と丸眼鏡を乱しながら熱弁を繰り出す。だが、彼女の言っていることは正しい。
日本という弱小国において、最大の目の上のたん瘤であると同時に、外交が結べれば武力の点で最大の利益をもたらすかもしれない魔族という存在。
「た、たしかにキミの言う通りだが・・・具体的にどうやって味方につけるのかね」
ハゲ狸が疑問を呈したところで、彼女はひしゃげた笑顔をその場の全員に向ける。
「おや、先日の中継を見ていなかったのか?付け入る隙ならいくらでもあるだろう。科学技術に娯楽全般、それから食べ物に関しても我が国が一枚上手と見ている。文化を発展させる技術の提供はこれ以上ないギブだと思わないか?」
「ほう・・・」
「まあ、これは私の一案にすぎない。これを基になにをテイクするかは、キミたちで考えてくれよ。そういうのは原田大臣の得意分野だろ?私は魔法の研究に戻るよ」
感心を漏らす狸たちを後目に見ながら、その女性はあざ笑うような表情で部屋を後にする。
「はあ・・・岸辺総理。いくら彼女に魔法の才があるからと言って、新しい省まで作って大臣に認定したのは早計だったのでは?」
「まあ、そう言うな。新しい風を吹かせるのはいつでも若者だ。我々はするべきことを淡々とこなして、若者を支えようではないか。原田大臣も、世襲にこだわらずに若い子を推薦したらどうかね?」
「・・・・・・」
「若いから」、「才能があるから」という理由で持ち上げられた人間を憎む人種は一定層存在する。原田大臣もそのうちの一人なのだろう。
先ほどまで女性の発言に噛みついていたハゲ狸が、苦虫を嚙み潰したような表情をその顔に携える。
「それでは・・・おっと、悠木くんから連絡だ。少し待っていてくれ」
総理が会議を締めようとしていたところで、冒険者ギルドのギルド長である悠木早苗から一本の電話が入る。最初こそ挨拶をかわし近況報告などをしていたものの、みるみるうちに彼の顔が曇っていく。
やがて通話が切れると、大臣たちに向き直り総理が口を開く。
「魔界に行くことになった・・・」
静まり返る室内。数瞬を置いて騒めき出す。
「どういうことですか、総理!」「魔界に行くなど自殺行為そのものでは!」「そもそもなぜ行くことになったのですか!」
一同が揃って総理へと説明を求める。当然と言えば当然であろう。大臣たちは一人を除いて何の力も持たない一般人。そんな彼らが魔界に行くとなれば、死地へと特攻するようなものである。
「魔界!?行けるの!?よっしゃー!」
出て行ったと思われた女性が扉を激しく開けて入室してくる。
「私一般人だからさ~!行ったことなくて!この前のテレビ見てたけど、アレが本当なら魔王様って魔法の達人でしょ!?一回お話ししてみたいな~!」
魔界に行くことが決定した事実に加えて、大臣の中でも指折りの変人である彼女の言葉で室内は一層ざわめきを増す。
「
「へ、あ、すみません・・・」
総理が諭したことによって、少しばかり反省の色を示す上村。だが、その異様な笑顔には好奇心が隠せずに居るらしく、黙ってもなお周囲を気味悪がらせている。
だが、彼女自身は作りたくて不器用な笑顔を作っているわけでは無い。もともと人と関わることが苦手なだけで、それに連なって笑顔を作る筋力が衰えているだけなのだ。
「ひとまず皆、着席してくれ。悠木くんから聞いた報告をそのまま伝えよう」
「そうそう!みんな一回座って~!」
「「「え???」」」
総理含めた大臣全員の素っ頓狂な声が響く。
それもそのはずだ。
「ま、魔王!?さま!?」
続いて総理の驚嘆の声が室内に木霊す。と、続けざまに
「いえ~い!来ちゃった!」
魔王がピースサインと隣に川春を携えて、会議室に元気な声を放っている。が、どう見ても歓迎ムードという雰囲気ではない。一人を除いて。
「魔王様!?先日の記者会見の際に使っていた転移魔法はどのような術式なのですか!?それから魔法と魔術の違いについて、体系的に表してみた論文も書いたのでぜひ読んでいただけますか!」
「この反応は想定外。もうちょっと周りの人みたいに驚くのを期待してたのに」
魔王ですら若干引き気味になるような、上村のキラキラとした眼差しは直視すれば灼かれそうなほどに眩しく輝いている。
「コホン。まあ、それは後で聞くとして。ソウリというのはどこに居るのかな?」
「わ、私だが・・・」
「あー!テレビで見たことある!この前のニュースで!」
「おい、総理大臣の前で失礼が過ぎるだろ。タメ口もやめろ」
少しだけ燥ぎ気味な魔王に対して、川春が落ち着かせようと小声で注意をする。普段テレビで見ている人物を目撃した時の興奮は分からないでもないが。彼に声をかけられ、魔王も平静を取り戻したのか、いつも通りの様相になって口を開く。
「えーっと、今度はちゃんとこっちに滞在する予定だから、正式にご挨拶をしておこうと思って!まあ、今から魔界に帰って君たちの歓待の準備をしなきゃなんだけどね!そうだ、嫌いなものとかアレルギーとかある?」
燥ぎ終わったと思ったら破竹の勢いで喋り出した魔王に、またも気圧される大臣たちであったが、たった一人前に出た人物がいる。
「全員アレルギーはない。歓待の用意をしてくれること嬉しく思うよ。逆に質問だが、魔王様以外にご来訪の予定はありますかな?もしあるならば、それぞれの好みとアレルギーを教えてほしい」
「ん~、今のところ私ひとりかな~。側近たちを連れてきてもいいとは思うんだけど、こっちの常識を覚えてからじゃないと、迷惑をかけてしまいそうだし・・・」
その場にいる大臣の誰もが唖然とした。
魔王とは邪知暴虐で純粋たる「悪」であるのだと、誰もが信じて疑わない。すべてを力で解決し、話し合いなど到底出来るはずも無い。
誰もがそう思っていたからだ。
「え~と、それでは魔王様おひとりということでよろしいですかな?」
「うん!そうだね!私はこっちの世界の物はなんでも食べてみたいかな!アレルギーは魔術で抵抗できるから心配しないで!」
ところがどうだ。目の前にいる魔王はプレッシャーの欠片も無く、人間側の話が通じ、あまつさえ己が身内の掛けうる迷惑まで考えているではないか。
「それじゃあ私たちはそろそろ行くね~!ばいば~い!」
「ご迷惑をおかけいたしました。後ほどギルド長から正式に書類が届くと思いますので、よろしくお願いいたします」
パチン、と音が鳴ると突如現れた二人は、これまた突然に消え去ってしまった。
「な、なんだったのだ・・・」
「あれが魔王・・・?」
嵐のように過ぎ去っていった来訪に呆気にとられる大臣たち。その中でもひときわ呆然としている者が一人。
「あ、あ・・・魔法の事を・・・なにも聞いてない・・・」
上村の悲痛な声が室内に響くが、それに反応する余裕を作れるほど、心の整理がつかない大臣たちであった。
そして来たるは、八月十四日。魔族と人間の外交初日。
この記念すべき日は後に『
そんなめでたい日を迎えるというのに、魔界へのゲート前には浮かない顔の中年男性が十五人。と、キラキラとした眼差しを抑えきれない二十代半ばの女性が一人。
「ねえねえ!あなたSランク冒険者の皇暖赤さんでしょ!?転移魔法を習得したって本当なの?私は防御魔法と魔術の違いは分かったよ!皇さんはどうかな?そうだ!ちょっと考えたんだけど、防御魔法と魔術って統合できると思わない?それにさ・・・」
「う、上村大臣?少々落ち着かれてはどうですか?本日に関しては、私は冒険者ギルドとして護衛にあたっていますので、私語は慎むようにしております」
上村に一方的に話しかけられ、困惑の色を示す暖赤。本日の暖赤は大臣たちと、これから日本に来訪する魔王の護衛を任されている。
もちろん彼女一人では人数的に不安という事もあり、Aランク冒険者パーティであるウィングの二人、神鳥谷五月雨と鴻巣美月も護衛に参加している。
「そうですよ。皇さんも困っているみたいですから、上村大臣はこれから来る魔王様を歓迎する準備をされては」
「は?お前誰だよ。私より魔法が使えない奴に興味はないよ」
仲介に入るもバッサリと切り捨てられる五月雨。上村のために仕向けた、せっかくのスマイルも引き攣ってしまっている。
「とは言えだ。キミたちはもう少し気分を上げたらどうだい。一国の大臣たちが揃いも揃って緊張しているなど愚の骨頂だぞ。全世界に配信される前にその醜態をなんとかしておいてくれ」
「上村!総理に向かってなんて言い方かね!君こそ少しは目上の人に対する態度を勉強したらいいのではないか!?」
上村の物言いは確かに目上の人に対するものでは無いのだが、そもそも彼女自身が彼らを目上と認識していないので仕方がない。が、決して悪気があって、言葉を放っているのではない事だけは確かなのだ。
「おや、少しは元気になったじゃないか、ハゲ狸。その調子で頼むよ。この交流には日本の未来。いや、世界の命運がかかっていると言っても過言では無いのだからね」
彼女には興味の無い者に払う敬意などないらしく、依然として少しばかり嫌味めいた言葉遣いになっている。
「ぐっ・・・」
が、決して場の空気を悪くしようとしているわけではない。再三に渡って言うが、彼女が人付き合いを苦手としているだけである。その証拠に作り笑いはしっかりと顔に張り付けてある。
「総理。上村の言うことなど気にせず、毅然とした態度で魔王を向かえましょう。堂々としていれば良いのです!」
「原田君、まあそう言うな。彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。実際に我々はもっと冷静に堂々と振る舞わねば、支持してくれる国民に示しがつかないのだよ」
「ぬぅ・・・」
年下の女性大臣からも、尊敬している総理からも反論を貰ってしまった原田大臣は、精神的にダメージを食らったのか、渋い顔を表に貼り付けている。
「なあ、美月。川春を見てないか?こんな重要な日に来てないはずないよな?」
「五月雨は会議中に寝てたの?川春は・・・」
美月が五月雨に対して毒づくとともに、川春の所在を告げようとしたところで、ゲート前よりどよめきが伝播してくる。
「あ、あれが・・・魔王・・・」「横の男は人間・・・だよな?」などと、見物に来ていたギャラリーからは感嘆の声が漏れ出している。
「あっはっはっはー!私、参上っ!!!」
スーツにまとったその身をゲートから現したかと思えば、拳を天に突き上げて背後で、ズドンと爆破魔術を発動させる魔王。隣に立っている川春は少々困り顔をしている。
「美月!戦闘態勢!」「分かってる」
周囲の異様などよめきと、先の爆発音を聞いて瞬時に戦闘を始める態勢を整えるウィングの二人。だったが、もう一人の冒険者である暖赤を見ると、何ごとも無いかのように凛とした風体で爆風を浴びている。
「おぉ~。あれは爆破魔法・・・!しかし、私たちの知っているそれとは少し違うような気もする・・・だとすればなにが・・・」
暖赤の横で観察と考察に耽る上村。このある種では変態的な彼女の冷静さに関しては、慌てふためいている大臣には見習ってもらいたいものだ。
「まったく。打ち合わせでは『やるな』と言われていたのに・・・」
その一方で、暖赤はすました顔で呆言を空に吐いている。
「あっはっはっは!どう?どう?私かっこよかった?」
「『かっこよかった?』じゃねえよ!日曜日に観た戦隊ものがカッコよかったからって、マネするなよって言ったよな!?二回も言って釘刺したよな!?」
「え~?人間界では二回言ったら振りなんじゃないの?」
「どこで覚えた、その常識!」
「この前の中継の時に、魔界まで電波を引っ張ってきたからテレビ見放題なんだよね!」
「そうだったな!っていうか、俺の部屋からテレビが無くなったと思ったら、お前が持って行ってたのか!」
やんやと楽しそうに会話を続ける魔王と一般人を見て、なにか気が抜けたのか総理が一歩前に出る。
「魔王様、ようこそおいでくださいました。この記念すべき日に早々ではございますが、私よりプレゼントがございます」
岸辺総理大臣が秘書らしき人物を呼び寄せ、その秘書から包みを一つ受け取る。両手で抱えるほどのサイズだがいったい何が入っているのやら。
「おー!わざわざありがとう!なにが入ってるんだろ!開けても良い!?」
「ええ、もちろんですとも。我が国が誇る逸品です」
余程自信があるのか、岸辺は手包みを手にした魔王を期待した目で見ている。そんな中、魔王が丁寧に包装された包みを豪快に開けていく。と、その中には
「あーーーっ!これはっ!!!サンテンドーのスイッチ!川春の家に会ったやつ!欲しかったんだよね!ありがとう!」
魔王は元からキラキラとしていた瞳を、一層に煌々と輝かせて岸辺に対して礼を述べる。
「いやはや。これほどに喜んでいただけるとは、こちらも喜ばしい限りですぞ」
視線を川春に投げて少しばかり頭を下げる岸辺。
そうだ。岸辺はこの日のために、一時的ではあったが魔王と同居していた川春に対して、魔王への寄贈品としてなにが良いのかを尋ねていたのだ。
その際に、川春が『現代的な娯楽に、特にゲームとかテレビとかに興味はありそうでしたけど・・・』という言質を取ったのだ。ずばり、上村の『文化的なギブ』をするという発言と一致したわけだ。
「ねえねえ、今やっても良いかな?」
「え?そ、それはちょっと・・・」
「良いわけがあるか。来訪して即ゲームを始める魔王がどこにいる」
立場上から強く言えない岸辺に代わって、川春が魔王に対して注意を促す。一般人である川春が国賓に対してタメ口というのもなかなかなものがあるが、マイクに拾われない距離ということを加味してのことだ。
「さて、それではまず食事と行きましょうか。最高のもてなしをさせていただきます」
「おー!ちょうどお腹が空いてきた頃なんだよね!どこに連れて行ってくれるの?川春の家では節約とか言って、手料理しか食べさせてもらえなかったから!」
(隠れてカップラーメン食ってたの許してないからな)と、言いそうになった川春だったが、総理の前で魔王に恥をかかせるわけにもいかないので我慢した。
「おや、それではまずは昼食にぴったりな場所へとご案内いたしましょう」
「総理、その前にメディア向けに挨拶を」
魔王につられてテンションが上がり気味だった総理に、秘書が事が運ぶように的確な助言を差し向ける。
「おっと、そうだったな。ありがとう。さあ、打ち合わせ通りに頼みます、魔王様」
岸辺が一言の礼を彼に向ける。次いで、魔王に対してともにメディアの下へと進むように促す。
「うん!打ち合わせ通りね!」
果たして大丈夫なのだろうか。登場の時でさえ打ち合わせ通りにできなかった魔王を信頼しても。メディアの前に進む魔王を見て、川春に一抹の不安がよぎる。
「やあ!久しぶりだね、みんな!あ、指の調子はどう?よさそうだね!そういえば、この前の魔界観光は楽しかったでしょ!あれから人間界を参考にもっと街を発展させたから、また遊びに来てよ!」
魔王は久々の人間界という事もあってか、はたまた報道陣の中に知った顔があって嬉しくなったのか、先ほどよりも高いテンションでカメラの前に立つ。
「ねえ!これ見て!岸辺さんにこれ貰っちゃった!いいでしょ~!あ、でもソフトって別で買わなきゃいけないんだっけ?みんなのオススメとかある?」
(あ、これはダメなやつだ)と、川春と暖赤が確信したところで、岸辺が魔王とメディアの間に割って入る。
「ま、魔王様。フレンドリーに接してくれるのはありがたいのですが、そろそろ記者の方々に向けた言葉を言った方が良いのでは」
「おっと!そうだったね!ん~っと、なんだっけ・・・」
川春と暖赤がため息をしながら頭を抱える。この魔王は、魔法と魔術に関して論理的に解説できる頭を有していながら、あれだけ練習していたスピーチの内容をさっぱり忘れてしまうのか・・・、と。
[真央、私が念話で伝えるから、それをそのまま読み上げると良い]
[ぬおっ!ハルカちゃん!ありがとう!]
急に堂々と姿勢を正し始めた魔王を前にして、メディア陣の面々も困惑の隠せないらしく、周囲と顔を見合わせている。
「注目っ!やあやあ、みんな!魔王様こと日乃本真央だよ!気軽に真央ちゃんって呼んでね!今日から二週間、人間界を観光したり大臣たちとお話ししたりするから、どうぞよろしくお願いします!」
大臣たちや報道陣から拍手が鳴らされる。一種お決まり的なものではあったが、それが心からの歓迎の意を示していることを彼女は理解している。
「あ、そうそう!総理と私の対談が終わるのが今日の午後六時くらいなの!で、その後から二人で生配信をして、質問コーナー?ってやつをやるから、来たい人は見に来てね!冒険者ギルドのユーチューブ公式チャンネルでやるよ!」
突如として流暢に、打ち合わせ通りの言葉を放ちはじめた魔王を見て唖然とする川春だったが、暖赤が側頭部に手を当てていることに気付いてすべてを理解する。
「とりあえず、暖赤に感謝だな・・・真央は後で説教タイムだ」
川春は静かな笑みを顔に張り付けて、周りに同調して拍手を送る。
魔王を包み込むような盛大な拍手が報道陣だけではなく、この国中、いや世界中に伝播していたことは、この時の彼女らには知る由も無いのだった。
さて、ここでおさらいをしておこう。
人間界、とりわけゲートが存在する日本と言う国では、それぞれのゲートに対しての恐怖と言う感情が強い。さらに魔族に関しては幾度となく侵攻をされているため特段に、その感情が強いのだ。
ならば一部の人間から、この度の魔王来訪について、非難・批判の声は上がって当然。当然なのである。
実際にツイッターやネットの掲示板では―――「いやいや。魔王とか普通に来ないでほしいんだけど」「ていうか、死んでるんじゃなかったの?」「冒険者ギルドの奴が企画を立てたって話だぞ」「は?なにやってるん?税金返せや」―――などの意見もとい、お気持ちが散見される。
そんな中での魔王来訪だ。しかも初日に一般人にアピールする場は、魔王にとってはアウェーなネット上と来ている。
「でも逆に言えば、今日でみんなを納得させちゃえば、私たちの勝ちってことでしょ?」
「お前なあ、簡単に言うなよ?今のところネットでの魔王の評判は五分五分。真央を善く思う人もいれば、『魔族だから』って理由で悪と断定する人もいるんだ」
「うん、知ってるよ?川春が打ち合わせの時に説明してくれたじゃん。だから、そのもう半分を味方につけるって話でしょ?」
「真央。川春が言っているのは、人の固定観念を変えるのは難しい、ということだ。我々の世界では『魔王=悪』というのは一般常識レベルの概念なのだ」
総理との対談を終えて、国会議事堂の客室へと移動する最中に、川春と真央と暖赤がこの後の配信についての話し合いを進めている。
ちなみにウィングの二人は総理たちの護衛を引き受けている。が、魔族でも来ない限りはその必要も無いだろう。なんて分かってはいるものの、建前というものは非常に重要なわけで。
「そういえば川春。ウィングの神鳥谷と鴻巣が話したがっていたぞ」
「あ~、そういえば連絡も返してなかったからな・・・」
「それは少し酷いのではないか?」
「いや、まあ、あいつらの中では死んだことになってた身としては、どうやって顔を合わせれば良いのか分からなくてな」
「え?『おっひさ~!元気してるぅ?』って話しかければ良いじゃん」
真央は川春がなにを悩んでいるのか分からないといった風に、キョトンとした顔で言を放っている。『これだからコミュ強は』とでも言いたそうな顔をするな、川春。
「ていうか!配信のことなんだけどさ!・・・」
真央はなにか良いことを思いついたのか、川春と暖赤の肩に手を回して誰にも聞こえないように意見を述べる。まあ、他に誰もいないのだが。
「う~ん・・・岸辺総理がなんて言うか・・・」
が、真央の意見を聞いた川春が渋い顔になる。
「大丈夫だよ!友好条約も結んだし、もし神や妖精が攻めてきた時にはお互いに参戦するという同盟も結んだ!むしろ断られる義理がない!」
「たしかにそれくらいの融通は利かせてくれるだろうな。私からもお願いしてみよう」
「さっすがハルカちゃん!頼りになる~!」
しかし、この二人は一度決めてしまったら突き進むほかに道はないのだ。川春はそう自分に言い聞かせて、今後の自分への負担を納得させた。
「さて、改めまして!冒険者ギルド公式ユーチューブの生放送!始まります!本日のゲストはこちらの五人です!」
普段の熱がこもらない声色とは打って変わって、川春は明るく快活な声で前方のカメラに向かって挨拶をする。と、カメラは右端にいる川春を画角から外して、その他の五人を映し出す。
川春は、暖赤、岸辺総理、魔王、美月、五月雨と順番にカメラが捉えるのを確認しつつ、各々の紹介を慣れた様子でしていく。
川春がチラリとコメント欄を見ると「なんやこのメンツ(笑)」「イカれたメンバー紹介で草」「これはオフショット配信が楽しみすぎるwww」と、好意的なコメントが見られる。
が、中央に座している者に対しての、圧倒的な違和感が視聴者たちを襲う。冒険者、そして一般人のトップである総理を差し置いて、魔王が中央に座していることへ。
「それでは、始めていきましょう!今回の放送は国民の皆様より事前に募集させていただいた質問を、魔王さまに直接聞いてみよう!というものになっています!」
「え?じゃあ、私たちはなんで集められたの?魔王さまにしか聞かないなら私たち要らなくない?帰ってゲームしたいんだけど・・・」
「おい、美月。総理大臣の前でなんてこと言うんだよ」
川春が企画を説明したところで口を挟んだ美月が、五月雨に窘められる。が、
「五月雨も返信が来ないからヘラってたくせに」
それに対して少しばかりイラついたのか、美月が五月雨へと個人攻撃を始める。彼女がイラつくのも仕方のないことだ。
配信が始まる前、魔王が眼前に現れて『ねえねえ!君たちもこの後の配信に出てくれるかな!川春が会いたがっててさ!』などと、いきなり連れてこられたのだ。
だというのに、当の川春は気まずそうに頭を掻いて『言うタイミングが無くってな。すまん』の一言のみ。美月が不機嫌になるのも頷けよう。
「二人とも!配信は始まってるんだよ?スマイル、スマイル!」
川春が企画の詳しい説明で場を繋いでくれている間に、カメラに抜かれないようにして魔王がウィングの二人に話しかける。
「わ、わかった・・・」「お、おう」と、魔王の陽気に圧されて返事をするも、納得など行くはずもなく、どうにも歯切れが悪い。
「さて、最初の質問に参ります!『魔王様はどうして人間界に興味を持ったのですか?』だそうです!以前の会見で似たような質問がありましたが、改めて視聴者に向けてお答えをお願いしてもよろしいでしょうか?」
現在の視聴者数は百二十万人。国民的アイドル『
彼女の一言が魔族全体への印象を決めると言っても過言ではない。
「面白そうだったからだよ~!実際に面白いしね!なんと言ったって、こっちの世界の方が娯楽が多い!このゲーム機とか魔界には無いんだもん!これを知ってしまったら・・・魔界の歌劇とか見られなくなる・・・」
ヤ〇中のように恍惚とした表情で、ゲーム機へと頬ずりをしている。それはそれでヤバい奴の判定をされそうだが、配信を見ていた人間たちにはその行動がひどく人間的に見えたらしい。
「お、おう・・・」「クリスマスの小学生で草」「ゲームに頬ずりはシンプルに変態すぎるwww」など好意的(笑)なコメントが見受けられる。
「魔王さま、そのゲーム機を気に入ってくれたのは嬉しいが、そこまで熱烈な行動をされては・・・」
なんなら岸辺は、少しばかり引いているらしい。
「娯楽が少ないことには、なにか理由があるんですか?例えば、魔法や魔術でなんでもできてしまうから、とか」
が、その空気を読みつつ川春が流れに沿った質問を投げかける。
「たしかになんでも出来ちゃうからって言うのもあるんだけど、その研究が楽しすぎるっていうのが大きいかな~」
「魔法の研究が?」「楽しすぎる・・・とは?」
ウィングの二人が示しを合わせたかのように、テンポよく疑問を示す。とはいえ、人間には理解できる者の方が少ないであろう真央の言葉。それこそ、魔法省の大臣である上村を筆頭に一部の変態たちにしか理解はできないだろう。
「そうそう!例えば火の魔術を一つとっても研究のやり甲斐が尽きないんだよ!そこのカスミちゃんには分かると思うんだけど!」
カメラに映らないように画角外に出ていた上村に対して、魔王が話題を振る。と、瞬時にカメラが向けられ配信の画面に上村魔法大臣が映し出される。
「え、えーっと、魔王様の言う通り」
「ちょっと~!真央ちゃんって呼んでって言ったじゃん!」
「え、でも、オフィシャルの場では・・・」
なにを隠そう、真央と上村はこの配信の前に軽い雑談をして、魔法や魔術の技術運用に関して意気投合していたのだ。
実際に上村は、先日のメディアの生中継の際に『魔界に電波が届かない』という問題を、真央がその場で開発した電波を発生させる魔術と、電波を張り巡らせる魔法で解決したということを、いたく感心して聞いていた。
「え~!じゃあもうなにも教えてあげない!」
「そ、そんな・・・!」
「だって~、一応は日乃本真央って立派な名前があるのにさ~。みんな魔王様って呼んでくるんだもん!」
その場にいた誰もが(そりゃ魔王に対して、気軽に名前呼びはちょっと・・・)と思ったところで、川春が空気を呼んで口を開く。
「そ、そういえば、こんな質問が配信のチャットに来てました!『魔王さまと互角に戦えるのは、この中だと誰ですか?』だそうです!皇さんは人類唯一のSランク冒険者ですし、ちょっと気になりますよね!」
川春は気丈に振る舞っているが、真央はなにやら不服そうに口を開く。
「みんなして、『魔王、魔王』って呼ばないでよ~!今は真央って名前なの!私の事をちゃんと見てよ!」
一見していつも通りの明るさとテンションでの発言に思われるが、そこには『魔王』という存在では無く『日乃本真央』としての自分を見てくれ、とそう言っているような。そんな含みをその場の全員、いや配信を見ている人間が感じ取っていた。
「す、すみません、真央さん。大変に失礼な事をしてしまいました。この場にいる者たち全員に代わり私より謝罪を申し上げます」
その場にいる誰よりも謝罪が早かったのは岸辺総理大臣だった。一国の長として通じるところがあったのだろう。
「うんうん!分かったんなら良いんだよ~!」
真央は満足げな表情で岸辺総理の背中を叩く。その人間らしさと言ったら、赤子よりも純粋無垢な存在であることが見て取れる。
「で、私と互角に戦えそうな人だっけ?ここでそのポテンシャルがあるのは、ハルカちゃんだけじゃない?他は・・・二秒・・・一・六秒・・・〇・二秒・・・」
順番に五月雨、美月、川春を指さして秒数を言っている真央。彼女の言った秒数がなにを意味するのか。それは偏に、
「サシで戦ったらそれくらいで戦闘不能に出来るかなあ・・・そういうのあんまりしたくないけど・・・」
彼女の戦闘能力を指し示すものだった。その一言で即座に青ざめたのは、たった一人。皇暖赤だけだった。
『殺せる』ではなく『戦闘不能にできる』。前者は単純に火力で押し切れば良い。
だが、戦闘不能にするということは、肉体的に復帰不可能なダメージを負わせるのか、精神的な苦痛を味合わせるのか。方法は多岐にわたる。が、それゆえに相手によって変えなければいけないため難易度がケタ違いなのだ。
「そ、そうなんですね・・・」
「あ、戦闘不能にするならね?殺すってなったら広範囲攻撃で一発だよ!」
「知りたくない追加情報をありがとうございます・・・」
「あ!いや、しないけどね!?」
川春がコメントを必死に返すが、真央の追加情報の強烈さに圧されて若干引き気味になってしまう。
「ち、ちなみに!私たちが二人で戦ったらどうなりますか!」
少し重い空気を払拭しようと、美月が声を上げて質問をする。常に気だるげな彼女が自分から発言するのは珍しいが、彼女なりに冒険者としてのプライドがあるのだろう。一・六秒で戦闘不能にされると聞いては、黙っていられないらしい。
「ん~、美月ちゃんたちの戦闘スタイルを知らないから分からない!けど十秒は掛からないんじゃないかな?」
「そ、そうなんだね・・・ちょっとショックかも・・・」
「まあまあ!そもそも生きてる年月が違うんだし!その分、鍛錬できる時間も違うからね!私は戦い方を人より少し知ってるだけ!」
娯楽が無いというのは、その分だけ自分の研鑽に時間を費やせるということ。それがいかに戦力の増強につながるのか。この瞬間に人間たちは理解したのだ。
「とりあえず!友好条約を結んだから、こういう系の話は終わりね!これからはお互いに支え合っていくんだから関係ないし!」
人間たちが魔族の戦力を理解したのも束の間。彼女の一言によって、人間たちの不安は一気に取り除かれていく。
「そうですね!そうですよね!もう魔族と人間は敵対しなくて良いんですものね!」
川春がなにかに気付いたように、興奮気味に大きい声を発する。改めて、人間側に付随する恐怖の根源が一つ取り除かれたことを実感したためであろう。
「はは、川春。嬉しそうだな」
その様子に暖赤が嬉しそうに微笑む。周りの人間たちも同様だ。岸辺総理以外は、川春という男が、どれだけ『平和』という目的にまい進してきたかを知っている。
彼の喜びがどれだけのものか計り知れるというものだ。
「さあ、それでは配信を続けていきましょう!」
川春の明朗で闊達な声が室内に響き渡る。
全人類が平和を確信したこの瞬間、奇しくも魔界以外の二つのゲートから影が出てくるのを、巡回警備中の冒険者が発見していたなど、この場の誰も知る由は無かった。
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