第三章:暴け、魔界の実状

 轟々と車の音を跳ね返すビルの壁から、少しだけ窮屈そうに太陽が顔を覗かせている。

 慌ただしい音と人に溢れた東京都心を一望できるほどに、ひときわ高いビルがある。そここそがまさに冒険者ギルド本部。

 白を基調とした壁に分厚いガラスが嵌められており、その硬度は暖赤の全力の攻撃を数発ほど食らわなければ割れないようになっている。

 内部構造はいたってシンプルな会社と言った風体で、一階がエントランス、二階以降が階層ごとに部署が分かれている。

 川春が勤めている広報部は十六階にあるのだが、今日に限っては用があるのは二十階にあるギルド長室だ。そこには、ギルド長である悠木早苗ゆうき さなえが革張りのチェアに腰掛けている。

 端正な顔立ちを際立たせるようなショートカットの髪は空調に揺れており、銀縁の眼鏡から覗く瞳には計り知れない知性を感じさせる。パンツスタイルのスーツに身を包み、胸の部分は水平線が広がるが、臀部には艶めかしい色気が漂っている。

「よく来てくれた。さて、報告を頼む」

 定型的な労いの言葉を発した早苗は、川春・暖赤・真央のうち、暖赤の方をしかと見つめている。どうやら彼女の任務の成果を聴取したいようだ。

「はい。まず、この度は私の勝手を許してくださりありがとうございました。結果から申し上げますと、この通りです。川春と、魔界で遭難していた少女、日乃本真央を救出することに成功しました。ついでに魔王城に到達しました」

「ご苦労様。角くんが無事に帰ってきてくれてなによりだよ。うちの大事な社員を助けてくれたこと、遭難していた一般人の救出、本当にありがとう。え?ついでに?」

「はい、ついでです。冒険者として当然のことをしたまでですので」

 暖赤の報告が終わったところで感謝の意を示した早苗は、きらりと光る眼鏡の位置を直すと、次の質問だ、と言わんばかりに真央に視線を向ける。

「で、キミは誰なのかな?名前は?年齢は?住所は?親の名前は言えるかな?」

 その場の空気が締まる。先ほどまで仕事としての雰囲気を醸していた部屋が、まるで拷問部屋へと変わったかのような錯覚を覚える。

「ひ、日乃本真央です!年齢は十六歳、住所は埼玉県川越市南通り一番地五丁目!親は・・・いません・・・」

 思わず川春は感心してしまう。なにせ、まだこちらに来て半日ほどしか経っていないにも関わらず、川春の家の住所を覚え、場の空気に合わせた返答ができているのだ。

「それはすまないことを聞いた。おそらくは以前の魔族の侵攻で被害に遭ったのだろう。キミの家族を守れなくて申し訳なかった」

 早苗は深々と頭を下げている。口調は平坦で分かりづらいが、誠心誠意の謝罪がそこにたしかに存在している。

「それで、親はいなくとも名前ぐらいは言えるだろう?すまないが教えてくれ」

 が、それはそれだ。『魔界から来た』ともなれば、まず疑うべきは魔族が人間に擬態している可能性だ。当然、川春も監視対象となっていることは本人も自覚済みで、一挙手一投足に注意を払っている。

「お、親の名前・・・えーっと・・・待ってね。思い出したいのは山々なんだけど」

「申し訳ないがマニュアル上、キミが本当に人間なのかを疑う必要があってね。答えてくれればすぐ済む話だ」

 手元のパソコンを見つめながら淡々と話す早苗。そこには感情が含まれていないようで、機械のような冷酷さが鎮座している。

「えーっと、その・・・」

「もちろん酷なことを聞いている自覚はあるし、私の良心が痛まないわけでは無いが、マニュアル上な。本当に申し訳ない」

 否。冷酷かと思われた態度は、単に真央のことを思えばこそだ。

 早苗の頭の中では『魔族の侵攻に巻き込まれたうえに非難した先は魔界で、そこを彷徨っていた哀れな少女』という事になっている。そんな少女に疑いをかけるなど、どれだけ自分の心を傷つけなければならないのか。それは想像にたやすい。

 よって、彼女が冷酷無比で人の心が無いというのは間違いであり、むしろ、最も人間らしいと言えるだろう。

「私としてはキミが人間であるという確証が、一言でも取れれば良いんだ。ゆっくりでも良いから話しておくれ」

 真央の目を見て、早苗は言う。寂しげに笑いながら。

 ここまで言われてしまっては、心優しき真央こと魔王のことだ。当然ながら彼女の良心も痛まないはずがない。というより、先ほどから早苗の言葉が、音を立てて真央の心に突き刺さっている。

「サナエちゃん・・・実は私・・・」

「・・・ん?」

 まさか堅苦しい自分が『サナエちゃん』と呼ばれるとは思わなかったらしく、疑問の声を上げると同時に、少しばかり頬を赤らめている。

「ごめん、川春。こんなに真っ直ぐな人に私は嘘を吐けない」

「え?あ、待て・・・」

「実は私!魔王なんだ!嘘ついてごめんなさい!」

 小声で耳打ちされたのも束の間、川春がことを察した時には既に真央の声が響いてしまっていた。

 静寂。これ以上にこの空間を表現する言葉が見つからないほど、魔王以外の三人は呆気に取られてしまっている。

 川春と暖赤は魔王の言葉に驚いたが、彼女の発言を見守る他に何もできない。

 もし、真央が魔王だとバレた時は、人々を混乱させないために川春と暖赤は何も知らなかったという事にしてくれ、と真央から提案があったからだ。

「・・・そうか。それで、人間界には何をしに来た?」

 物怖じをせずに語り掛ける早苗・・・いや、これは違う。デスクから見える脚が僅かに震えている。さすがにギルド長でも、魔王は普通に怖いようだ。

「その件についてなんだけど、時間は大丈夫?結構長い話になるかもしれなくて」

「長い話か・・・今日のスケジュール的には問題ないな。川春と暖赤と話そうと思っていたところだったし」

「ありがとう!っていうか、こんなにあっさり私がこっちにいるって受け入れてるけど大丈夫そ?」

「大丈夫なわけがあるかぁぁぁあああ!!!そもそも、魔王が生きてるってことにすら驚いてるのに、そのうえ人間界に居る!?なにそれ!意味わかんないから!しかも、めちゃくちゃ話が通じるから問答無用で追い返すわけにもいかない!どうしろってんだ!!!」

 あぁ、始まってしまったか。と、魔王以外の二人が顔に出して呆れている。

「はいはい。ギルド長、甘い物食べましょうね。俺が今朝焼いてきたシュークリームですよ~」

 まるで赤子でもあやすように川春が早苗の元まで歩み寄り、袋からシュークリームを取り出して彼女の口に放り込む。

 手慣れている。この事態を想定したかのごとき流麗な身のこなしだ。一方で、シュークリームを口に放り込まれた早苗は満足げにそれを噛み締めている。

「まだありますからね。これ全部ギルド長のために作ってきたので食べてください」

「っ!そうか!遠慮なく!」

「「・・・・・・」」

 次から次へと口の中を幸福で満たしていく早苗を無言で見つめる三人だが、うち二人は違う意味で沈黙をしているなど川春には分かるまい。

「コホン。待たせたな。川春、いつものことながらすまない。ありがとう」

「いえいえ。作ったものをギルド長より美味しそうに食べてくれる人を知らないので、私としてもとても嬉しいです」

「そ、そうか。では改めて、魔王・・・様?」

「真央ちゃんでも魔王でも佐藤でも良いよ!」

「佐藤はよく分からないが・・・そうだな。とりあえず真央さんと呼んでも?」

「いいよ~!じゃあ、説明を始めるね!」

 そう言ってどこからともなく例の姿見を取り出すと、それを早苗の方向へと向けてつらつらと説明を始める。

「まずこれはね、過去の場面を映像として記録できる魔道具なの!その映像が本当かどうかは川春がよく知ってるんだけど、彼の名誉のために言わないでおくね」

「そうなのかい、角君?」

「そうですね。なんでも、その人が持つ魔力に残る記憶を映せる、って仕組みらしいです」

「へえ。それは興味深いね」

 思わず感嘆の息を漏らす早苗だが、彼がその仕組みを理解するために魔王の前で赤っ恥をかいたことなど想像もしていないだろう。

「あれ、随分とあっさり信じるんだね」

「そりゃあ、うちの優秀な部下だからね。彼が報告することは全て真実なのさ」

「ふ~ん。それにしてはそれ以外の感情が入ってそうだけど」

「ん?なんのことだ?」

 一寸の淀みもなく言い放つ早苗を見て、彼女をだまそうと画策していた川春の良心がついにノックアウト寸前のダメージを受ける。

「どうした、角君?急に体調でも悪くなったのか?」

「い、いえ。ちょっと心にクリティカルヒットが入りまして・・・」

 早苗からしてみれば信頼の厚い部下を信じるというのは、なんら難しい事ではない。が、今の川春にはキツい。心理的ダメージが入りすぎる。

「そうか。なら少し休むと良い。というか、みんな疲れてるだろう?座りながら話でもしよう」

「え?私の説明は?」

「それはしてもらいたいが、真央さんも人間界に来るまでの長旅でお疲れだろう?少し休んでからではどうだ?」

「ん~、川春にお姫様抱っこしてもらってたから疲れてはいないけど・・・」

 暖赤の空気が少しばかり赤色に揺れる。

「うおっ。どうした、暖赤?」

「ふん!なんでもないもん!川春には関係ないもん!」

「さらにどうしたんだよ・・・」

「うるさい!別にお姫様抱っこが羨ましいとか思ってないもん!」

 普段から厳格な喋り方と威厳のある風体が、多くの民衆の心の支えとなっている皇暖赤。なのだが、昨夜のことを思い出しただけで嫉妬に燃える可愛らしい一面もあるとは、川春には想像も出来ないもので、彼女がなぜこのような態度を取っているのかさえも分かっていない。かわいそうに。

「はいはい、キミたちはずっと変わらないね。っと、それはどうでも良くて。座りなんせ。今日の予定はキミたちとの語らいに変更だから」

 三人を見つめる。特段、真央への視線を熱くしている早苗。

 人間と魔族が共存できるのか否かが、真央の一挙手一投足に掛かっていると言っても過言ではない。

 そんな品定めの目をものともしない真央は、お誘い通りに早苗の対面へと腰を下ろして、昔話と雑談に興じるのだった。


 同日、午後六時を回ったころ。

 いまだ沈まぬ太陽に背を焼かれながら早苗が佇んでいる。

「あれが、この世界の真実・・・」

 定時ゆえに秘書も退勤した部屋には独り言が横たわる。だが、不思議なことにそこに悲壮な雰囲気は漂っていない。

「だとしたら、私がするべきことは何なのだ・・・世界の平和か、職員たちの保護か・・・」

 早苗は迷っている。世界平和はなによりも素晴らしいものだ。と、父よりも前の世代から受け継がれてきた言葉である。

 だが、それの意味するところは魔界や神界、妖精界に至るまでを攻略して外的脅威を排除するということだ。

 しかし、魔王が言うには、ゲートは先祖である悠木和平の手で作り出され、互いの世界には干渉をしないことを約束した、と。約束を破ってきたのは人間たちだ、とも。

「いや、迷ったところで仕方がない。今日はとりあえず、フルーツの食べ放題にでも寄ってから帰るとするか」

 独身三十路女性の悲しい独り言が部屋に溶けていく。多くの事を考えなければいけなくなってしまい、どうやらストレスが限界値に達してしまいそうらしい。

 自分の機嫌を自分でとれる、立派な社会人に今日も拍手を送りたいところだ。


「いや~!緊張した!でもサナエちゃんは良い人だね!」

 肉が焼かれているホットプレートが置かれた座卓を囲う三人。川春と真央と暖赤のうち、真央が活発な声で会話を切り出す。

「お前が魔王だってバレなきゃもっと良かったんだがな」

「ぐぅ・・・それは、本当にすみません・・・」

「まあまあ、川春。結果的には良かったじゃないか。人間界での滞在も認められ、そのついでに観光もして良いとのことだったじゃないか。まあ、立てた計画は全て練り直しだが」

「そうか・・・いや、そうだな。ギルド長の寛大な処置に感謝をしておこう」

(ついでに甘い物を作って手渡した方が良いかな)など、今後の早苗への対処方法への思案を巡らせている川春だったが、その思考をまたしても活発な声がさえぎる。

「そうだね!記者会見?っていうのをすれば後は好きに動いて良いんでしょ?サナエちゃんは本当に優しいよね~!」

「ああ。そうだけど、ある程度は質疑応答を考えておかないといけない。真央がまた好き勝手に動いたら今度ばかりはシャレにならないからな」

「そうだな。魔王が人類に向けての記者会見など初めての事だ。その分、慎重にいかなければだな」

「え~!堅苦しいの苦手だよ~!」

 焼けた肉を頬張りながら緊張感のない声で真央が言う。

「ワガママ言うなって。ほら、ピーマンも焼けてるぞ」

「苦いからイヤだ~!」

「要らないなら私がもらおう」

 川春が箸で持ち上げたピーマンを、そのままの勢いで暖赤が口の中へと吸収する。

「おい、暖赤。そんなにピーマンが食べたいなら、もっとあるから焼けばよかったのに」

 違う。違うのだ、川春。そういう問題ではない。暖赤はお前から何かを貰いたかっただけなのだ。つくづく残念な野郎である。

「ふん!もういいもん!自分で焼くもん!川春は存分に食べちゃえばいいんだ!」

 可愛らしいヒステリックを起こした暖赤は、黙々とホットプレートに材料を並べ始める。肉の脂が弾け、野菜に含まれている水分が解け出る音が耳に心地よい。

「って、そうじゃなくてだな。いいか?記者会見って言うのは、要は戦争だ。いかに相手の出方を伺ってそれらしいことを言えるかがポイントなんだ」

「へ~。じゃあ、川春の得意分野だね!川春に全部答えてもらおう!」

「すまないがそれは出来ないと思う」

 自信満々に放った真央に対して、川春が真剣な表情と声色で返す。

「おそらく記者会見のメインとなるのは魔王だ。こっちに来た目的、意図、それから魔界への侵攻について色々と聞かれると思う。それには俺じゃあ答えられないからな」

「ん~、そっか~。そんなこと聞いて楽しいのかな~。自分たちの聞きたい答えを言ってほしいだけのような気もするな~。記事にしやすいキャッチーなフレーズとか過激な一言とか」

「・・・へっ。なかなか鋭いな。だからこそ勝機はある」

 食べることに夢中だった暖赤でさえ箸を止めて、川春の方を見やるほどに彼の物言いは確信に満ちたものだった。

 なにを隠そう。彼は広報だ。ともすれば、記者会見の記者側として数えきれないほどの場数を踏んでいる。だからこそ、大抵の記者がしそうな質問の予想と対策など朝飯前なのだ。

「ふむ。川春は記者会見も慣れている。そうとなれば、大概の事は大丈夫だろう」

「へ~。じゃあ、川春に丸投げってことでいいの?」

「言いわけあるか。お前には俺がつくったQ&Aを全部暗記してもらうからな」

「え~!あ、肉焼けてる」

 驚きながらも肉につられてしまった真央。実に残念だ。が、魔法と魔術の体系を考えた彼女の頭の事だ。二時間もあれば共通テストの日本史の暗記くらいは余裕で出来てしまう。だからこそ余裕をかましているわけで。

「お前は・・・俺が真面目に話そうと思ってるところを・・・」

 川春はあきれ果ててしまったが、真央の内心は期待と安心感に包まれている。記者会見という場で、記者を味方につけることがどれほど有利に働くのか。その利益は両の手でも掬いきれないだろう。

「川春。私は?何かすることはあるだろうか?」

「そうだな・・・暖赤のQ&A対策も作るからしっかり覚えてくれ」

「了解した。やはり頼もしいものだな。思えば記者会見の時は、ずっと助けられてるような気がするよ」

「気にすんな。俺がやりたいからやってることだ」

 川春はそのままの流れで「ごちそうさま」というと、自分の分の食器を台所に水で漬け置きにし、おもむろにパソコンを開いて作業を始める。

「ね~!はやく作ってよ~!」

「そんなに早くできるわけ無いだろ!テレビでも見て待っとけ!」

 文書作成ソフトを立ち上げ、さっそく質疑応答の書類を作り出した川春に対し、真央の不躾な催促がさく裂している。

「いいじゃ~ん。少しくらい見ても~」

「ダメだって。会見が明後日だから明日の朝までには完成させたいし、暖赤は仕事があるだろうからな。朝までには完成させるんだよ」

「でもさ!みんなで作った方が色んな視点が想定できると思うよ!」

 真央は駄々をこねるようにぶすくれていた。が、良いことを思いついたようで、持ち前の好奇心を提案にのせている。

「ね!だからパソコン触らせて!」

「結局それが目的じゃねえか!」

「違うも~ん。川春のお手伝いをしたいだけだも~ん」

「むぅ。ならば私も手伝おう」

「おい、なんで暖赤まで!まだ飯を食ってればいいだろ!」

 鈍感クソ野郎には気付きようのない嫉妬が彼を襲うが、そもそも気付けていないために煙たがることしかできない。

 だが煙は払うほどに取り巻いてくるのが常だ。川春がいつ暖赤の気持ちに気付くのか分かったものでは無い。彼女自身がそう思うほどに嫉妬は増していくばかり。だが、一人だったはずの賑やかな夜には感謝しているようだった。


 冒険者ギルド一階エントランスを通り抜け、清涼感あふれるガラス張の窓が特徴的な通路を一分ほど歩くと、キャパシティ二百人の会議室がある。

 国営機関の冒険者ギルドでは、各部の係長から部長までを集めて会議をするごとが稀にある。そのため大学の講堂と同じような構造になっているが、一つ違うのは座った各々が自由に発言をできるように、各席に一つマイクが付属していることだ。

 そのため冒険者のランクアップに伴う会見や、期待の新人のお披露目から冒険者による不倫問題などの謝罪会見もこの場所で行っている。

「と、お配りした資料のように、私自身が彼女に助けられ、さらには人間に対して魔族が友好的だという事も分かりました。そちらについては、お配りした資料の図8をご参照ください。それは実際に私が撮ってきた写真です」

 川春は司会席に立ちながらも、最初の資料説明として各メディアに向けた説明を始めている。真央と暖赤の質疑応答の資料を作ったのちに、事実に即して見やすい虚構も織り交ぜた資料である。

 今現在はそれを解説している真っ最中だ。

 ちなみに事前に真央から言われた通り、真央の正体に関しては彼女から言われるまでは「彼女を魔王だとは思わなかった」という事にしてある。よって、会見では魔王という事を隠さずに行こう、という事になった。

 資料を配布していくうちに記者たちの顔が青ざめていくのは当然のことだった。が、恐怖よりも興味が勝ったようで、予想外にもそのまま帰ってしまう人はいなかった。

「お集まりの皆さんには、ぜひ魔族が無害であるという事を広めていただきたく、今回の会見を開いた次第でございます。まあ、テレビとネット中継で全世界配信なんですけれども」

 いつもなら笑いが起きるところであるが、その笑いも無く会場は静まり返っている。魔王が居れば誰だって緊張するので、仕方のないことではあるが。微妙な空気感に川春が少しだけ気まずそうに咳払いをして、口を開く。

「それでは、只今より質疑応答に移ります。質問のある方はメディア名とご自身の名前を表明の上で発言をお願いします」

 これが議会であったら満場一致とまでに、全員の手が挙がる。

 魔界からの訪客。それが魔王ともなれば疑問、質問は尽きるところを知らないのは目に見えたことだろう。

「全員質問があるようなので、順番に指名していこうと思います。では最初はA列一番の方。メディアとお名前をお答えの上、質問をお願いします」

「はい。ガチテレビの北村です。資料には治癒の魔法と再生の魔法を使えるとのことですが、それは本当でしょうか?治癒魔法は人間ではごく一部の者しか使えないのは愚か、再生魔法は理論上可能とされているだけなので疑問に思います」

「はい!ホントだよ!」

「おい、敬語忘れるな」

 かしこまった場でタメ口の返答をする真央姿の魔王に、隣から小声で少しの叱責を入れる川春。だが、その場の空気が一変したのも事実。意外とフレンドリーな人柄なのかもしれないという、プラス方向の空気に代わっている。

「治癒と再生は魔族なら誰でも使える、ますよ!なんなら実践してみせましょうか?」

「いやいや、それは結構です。この場で誰かが怪我をしているなら別ですが」

「そうだよ・・・ですよね~!都合よく怪我してる人なんて」

「ふむ、それなら私が実験台になろうではないか」

「え?ハルカさんが?」

 真央が暖赤を呼ぶときは公共の場においては「さん」をつけるようにと、川春の指示であるが、彼女はうまくこなしているようだ。

 が、この暖赤の介入自体が予期せぬものである。先日に組んだ台本には、人類の信頼を得るために、彼女の介入は最小限にすると決めてあったからだ。

「えーっと、皇さんは怪我をしていないように思えますが」

 川春が動揺しながらも、滞りの無い進行を努めていく。

「怪我が無いなら怪我をすれば良いだろう」

 そんな自傷趣味のマリーアントワネットみたいなことを言いながら、彼女は携えていた大刀を抜くと左小指の第二関節に当てて、一息に引き斬る。

 剣を武器にする者が小指を切る。握りの要とも言われる小指を剣士が失うという事は、それ即ち剣士としての死を意味する。が、それを躊躇なく切り落としたのだ。彼女は。

 ぼとり、と会場に落ちる暖赤の親指。それを認識するが早くギャラリーたちは、

「きゃあああ!」「お、おい!まじか!」「中継で写してもいいのか!?」などと、会場では阿鼻叫喚の嵐だ。

「静まれ!」

 暖赤の一言で、一斉に静まり返る会場。

 ひとまず、川春が彼女の上腕を布できつく縛って血の流出を抑えたのを見計らってさらに言葉を続ける。

「ここにいる川春は私が最も信頼する人間の一人だ。そんな男が魔王に脚を再生してもらい助けられたと言っている。ならば、この程度、雑作も無く治るだろう」

 Sランク冒険者。それは人類の中で規格外の力を有し、たった一人がその位を背負うことを許された栄えある称号である。

 無論民衆からの支持も絶大である。ゆえに彼女が発した言葉には信憑性が付随される。そんな彼女が『信頼している』と言ったのだ。

 なんの情報も持たない民衆にとっては、これ以上ない情報源になり得るのだ。

 真央の方へと向き直る暖赤。凛とした信頼の眼差し・・・

 ではなく、これを治してくれねば困る、と言った懇願の表情だった。

 なんせ、この行為自体が彼女のアドリブなのだから。

「な、治せるよね?大丈夫だよね?」

 おろおろと自分のしたことの重大さに気付いた暖赤は、真央に向かって涙目で助けを求める。

「も~、ハルカちゃんはしょうがないな~」

 わざとらしく真央がそう言うと、「ほいっ」という掛け声とともに、見る間に暖赤の傷口が塞がり、切り落とした小指が生えてくる。

 まるで道端に落ちた小石を蹴り飛ばすような軽さで治癒と再生の魔術を発動したのだ。

「どう?ちゃんと生えてるし、切り口も分からないでしょ?これが治癒と再生ね」

 正確に言えば、治癒の魔術を最初に発動して傷口を塞ぎ、その後に再生の魔術で指を再生させたわけだ。

 会場が静まり返る。

 が、それは一瞬の事だった。次の瞬間には、真央もとい魔王に対しての賞賛の声が上がった。同時に、安堵する三人。だが、

「魔王さま、すごい!」「治癒と再生魔法の同時使用なんて初めて見た!」「理論上は可能とされていたが・・・」などと方々から聞こえてくる。

「別に凄くないよ~。魔族なら全員が出来ることだから~」

 とは言いつつ少し嬉しそうな真央。実は褒められ慣れてなかったりするのか、多方面からの賞賛を受け止め切れずに、嬉しさが溢れ出てしまっているようだ。

「御覧になられましたでしょうか。消し飛んでしまった私の右足も、今のように治していただきました。しかも、彼女自身は私に対してなんの見返りも求めずに、です」

 川春の言葉を聞いて会場の空気が締まる。『見返りを求めずに他者を助ける』というのは、それほどまでに難しいことなのだ、と再確認させられるほどに。

「はい。質問よろしいでしょうか」

「どうぞ」

 場の空気を読みつつ挙げられた手を指名する川春。

「どっとネットの今井です。そもそも真央さんは本当に魔王なんですか?見た目が人間すぎるというか。そもそもこちらの世界では死んだことになっているので」

「え?そうだよ?見た通り生きてるじゃん?なんなら魔王バージョンの私も見てみる?」

 そう言ってスーツに身を包んだ真央は、座席からスッと立ち上がると自身が施していた変身の魔術を解除する。

 たちまち露わになる紫色の肌。スーツの黒色とマッチして、異様な威圧感が生まれている。

「これで信じた?あ、ツノ生やすの忘れてた」

 真央は自身の頭部に再生の魔術をかける。と、ものの数秒で側頭部を取り巻くように前方へと突き出たツノは、会場が暗いせいか鈍い漆黒に輝いている。

「ちなみに普段はもうちょっと楽な格好してるよ!たぶん川春が写真を持ってると思う!」

「持ってはいるが、あんな恰好を全国ネットに流すわけにはいかない」

「あんな恰好ってなにさ~!別に好きで着てるんだから良いじゃん!」

「あのな。人間界には不適切な表現を防止するための放送倫理ってものがあるんだよ。真央のあの恰好は不適切なんだよ」

 随分と仲がよろしいようで。と、周囲からの生暖かい視線を受けた二人は、それを感じ取るとお得意の夫婦漫才をストップし、揃って咳ばらいを放つ。

「えー、大変失礼いたしました。今井さん、彼女が魔王であることに納得はしていただけましたか?」

「正直に言うと、信じがたいですが信じるほかに無いのでしょう。自身の姿を変える魔法など聞いたことも見たこともありませんから」

「ふふん!」

 得意気に鼻を鳴らす真央。なにを隠そう、変身の魔術は彼女自身が開発に至ったのだ。それを褒められれば嬉しいのも無理はない。そんな可愛らしい姿を会見に参加していたカメラマンが逃すはずも無く、一斉にシャッターが切られる。

「それでは次に移ります。A列三番の方、質問をよろしくお願いします」

 先ほど質問をした今井がA列二番だったため、川春は彼の順番を一度飛ばしてその隣の女性を指名する。

「はい。ていバーの城野です。魔王様はなぜこちらに来られようと思ったのですか?」

「え?だって面白そうじゃん、人間界。川春を助けた時にスマホを見せてもらってビックリしたよね!」

「魔界にはスマホは無いんですか?」

「うん、無いよ~!念話の魔法で遠くに居ても会話できるからね!だからスマホが通話以外にも色々と用途があるのに驚いたかな!暇つぶしにゲームもできるし!」

 会場の空気が少しだけ和む。『あ、暇つぶしにゲームやるタイプの子かぁ』とでも言うような空気だ。通常の会見ではあり得ないような和み方をしている。

「ちなみにどのようなゲームを?」

「えーっと、川春のスマホに入ってたゲームだよ!なんだっけ。あ!パゾドラってやつ!あれ面白い!あとは川春の家にあったスマッシュブロスってやつも面白かった!」

「さっそく人間界を楽しんでるようでなによりです。ちなみに私のお勧めはパワプ口です」

「やってみる~!ありがとう!」

 いや、どこの雑談会だよ。なんてツッコミはもはや不要、というより空気感が一変したのが配信を見ている視聴者にも分かる。それくらいには、魔王がいかに明るく闊達で分かりやすい性格なのかが伝わっただろう。

「それでは次の質問に参ります」

「はい、毎朝新聞の近藤です。まだ来てから間もないとは思いますが、魔王様から見た人間界の印象をお答えいただきたいです」

「う~ん・・・印象か~」

 悩んでいるように見えるが、これは川春の指示である。というより、ここまでの一連の流れは川春の想定通りに進んでいる。魔王が人間界に来ても、人間が安心して暮らせるように。というのがまず大前提。そして、自然な流れで魔王の性格が世の中に知れ渡ることも、想定通りの動きなのだ。

 現に、会場には緊張など一切ない。それは偏に魔王の底抜けに明るい気性のせいなのだろう。いや、そう思わざるを得ないのだ。そんな存在感が彼女には確かにあるのだ。

「分かった!知らないものがたくさんあって面白いところ!それに食べ物がおいしいし、建物も魔界とは全然違って見てて楽しい!って印象かな!」

「魔界とは違うというのは、どのように違うんですか?」

 毎朝新聞の記者が立て続けに質問をする。なにぶん、人間側には魔界の街並みに関する情報が少ない。どころか、現時点では川春と魔王しか知り得ない情報だ。知りたくなる心理もうかがえるというものだ。

「そうだな~。なんなら一回来てみれば良いんじゃない?こっちのことわざで『百聞は一見に如かず』って言うんでしょ?」

 その場にいた全員の喉が鳴る。生来の知りたがりである記者たちにそんなことを言ってしまっては、満場一致で「行きたい」と思うに決まっている。が、それ以上に

「ですが、魔界は危険な所なのでは・・・?」

 という思いが強い。記者たちもさすがに自分の死と引き換えに、好奇心を満たそうとは思えないのだ。

 なら川春は、って?こいつはただの変態だから気にするな。

「え?でも防御魔法と防御魔術が使えたら誰でも森林地帯は突破できるよ?そこを超えたら街に入るからめちゃ安全だし!」

「魔王さま。お言葉ですが、防御魔法はハイランク冒険者の中でも一握りの人たちしか使用できない極地なのです。そんなおいそれと言われましても。それに防御魔法は防御魔法では無いのですか?防御魔術というのは初耳です」

 毎朝新聞の記者の好奇心があふれ出して止まらないらしいが、会場の誰もが知りたがっている情報であるため、連続して質問することに対して咎める声は一つもない。

「あ、そっか。魔法と魔術の違いが分からないんだっけ?それなら説明してあげようか?どこまで知りたい?」

 魔王がそう言った瞬間に会場がざわつく。それもそのはず。人間界では超常的な力は全てが『魔法』によるものだという言説が常識だ。だというのに、魔術?それはなんなのだ。記者たちの好奇心が刺激される。

「話しても大丈夫なのか?」

 騒がしくなった会場の中、小声で魔王に話しかける川春。

「大丈夫だと思うよ。これからは敵同士じゃなくなると思うし!」

 川春と暖赤にだけ見えるようにピースサインを繰り出す魔王。その様子は堂々たるもので、不思議と安心せざるを得ない信頼に満ち溢れている。

「じゃあ説明するけど、簡単に言っちゃえば魔法は物理で魔術は化学なんだよね!これがキホンのキ!全ての魔力は科学技術へと変換可能なんだよ!」

 その日、人類の学者たちは震撼した。自身らの魔力への解像度の低さに震えたのだ。魔王の言葉が全世界へと配信されたその日、学者たちは魔法陣の数式の解析と照合を行い、魔王の発言が正しいことを確認したのは、また別のお話しだが。

「そんで、防御にも二種類あって、物理的な力を防ぐ魔法と、化学的な力を防ぐ魔術の防御があるんだよ~!」

「そんな簡単に言われても・・・」という空気が会場に漂う。実際に一般人にとっては魔法というのは、それだけ非日常的なものなのだ。

「って、まあこれはやってみないと分からないよね」

 魔王が冗談めかして言う。が、会場内は新しい知識に対する慎重な判断を強いられているため、それを笑う余裕がない。

「う~ん・・・あ!じゃあ私同伴で行ってみる?それなら全員を守れるし、安心できるでしょ?」

 会場内の騒めきが、さらに勢いを増す。「それなら良いかも」「魔王さま同伴なら」「一般人が魔界に入っても良いのか?」などと方々から声が聞こえてくる。

「魔王さま。一般人は魔界への侵入は法律上禁止されてますので、それは無理かと」

 川春が冷静な口調でためらいの言葉を口にする。それによって会場内に蔓延していた緊張が一瞬にして解ける。が、これも演出のうちだ。

「え?でも魔界は私の国だよ?私が許可出してるなら良くない?」

 これに関しては魔王の言う通りだ。そもそも冒険者に対して勝手に許可を出して、魔界に攻め込んでいるのは人間なのだから文句の言いようもない。

「んじゃ、そういうことで」

 パチン、と指が跳ねる音が響く。と同時に、会見場には人っ子一人どころか配信用の機材や、カメラなどもろとも無くなっていた。

「はい!というわけで!やってきました、ゲート前!」

 一瞬にして都内中心部の会場から、埼玉県の田舎にある草むらへと移動してきた報道陣は驚きを隠せずにいる。

「あ、っていうか、魔界は電波が繋がらないんだっけ・・・そうすると中継とかが途切れちゃうよね・・・」

「うわ、たしかに。マズいな。そこまで考えてなかったぞ・・・」

「ふむ。では中継はここまでにして、あとは動画として流してもらうのはどうだろうか」

「いや、それはダメだ。フェイクニュースを疑われるかもしれないからな。編集の余地がない生中継にこそ意味があるんだ」

 暖赤自身は名案だと思っていたのか、少しだけ気落ちした様子が見て取れる。が、大統領の演説ですら、生成AIを使って映像を作りだせてしまう時代だ。少しでも中継という形には拘りたい。

「なるほど。こっちに来てから、ずっと周りを飛びかってるのが電波ってやつなんだね!」

「いやお前は何を言ってるんだ?」

「だから、ほら。このホワンホワン浮いてるの。これが電波なんでしょ?」

「真央、普通は電波は見えないのだぞ?」

 真央はしばし思案をした後に、「じゃあ作っちゃえばいいか」と独り言を放って、ぶつぶつと独り言を放った後に、報道陣の居る方へと向き直る。

 この向き直るまでの数秒の間で、真央は公共の電波をそのまま魔界へと引き延ばして、全体へと行き渡らせる魔法の開発に成功していた。普通に違法ではあるが。

「あれ?みんなどうしたの?驚いた顔しちゃって」

「いやいやいや!待ってください!今のは転移魔法ですか!?」

 記者の一人が突然の出来事に狼狽えながらも、真央に対して質問を投げる。

「うん。そうだよ?なにか忘れ物でもあった?一応会場に元からあったもの以外を指定して転移させたつもりだけど」

 それに対して真央はおそらく質問の意図を理解できておらず、至極冷静ながらも明後日の方向に回答を投げている。

「ん?あ!転移魔法!?あの伝説の魔法を今体験したのか、俺は!」

 川春は真央が魔王であることをすっかり忘れていたらしい。そのため転移魔法を自然と受け入れていた自分に驚いている始末だ。暖赤も川春と同じ状況らしい。開いた口が塞がっていない。

「なんでみんなそんなに慌ててるの?あ、トイレに行ってなかったね」

「そうじゃないわ!真央が今使った転移魔法は、人間界では勇者しか使えなかったって言われてる伝説の魔法なんだよ!」

「あ~、たしかにあいつに教えてあげたね~!」

「そんな感慨深そうに言われても!」

「こっちこそ、そんなに驚かれても!魔族なら使えて当たり前の魔法なのに!」

 その言葉を聞いてその場にいる報道陣のみならず、配信やテレビを見ていた人間たちは驚愕した。『魔族は全員が転移魔法を使える』のだ。多くの人間が瞬時に『敵わない』と悟るに足りすぎた言葉だ。

「っていうか、魔法一つで驚きすぎじゃない?」

「伝説の魔法だって言ってるだろ!暖赤にも使えないんだぞ!?」

「え~、ハルカちゃんは練習したら使えそうだよ?」

「私か?なんとなくの発動術式は理解したから練習してみる」

「なんやこのハイスペックモンスターたち・・・」

 思わずエセ関西弁がこぼれ出る純埼玉県人の川春。とは言え、転移魔法をいともたやすく使う魔王と、一度見ただけで構造を理解するSランク冒険者が居たら、エセ関西弁も出ようというものだ。

「って、違う!みんな注目!」

 思わず内輪だけで盛り上がりそうになってしまった真央は、自分の気も引き締め直しだと言わんばかりに声を張り上げて視線を集める。

「転移魔法の事は一旦おいといて!みんなは記者なんだよね?」

「ん、ああ、まあ」「・・・?そうですけど」など、真央の突飛な質問に疑問がさらに増幅される報道陣。

「記者って何をする人たちなの?えーっと、そこのキミ!」

 真央が適当に指をさした先には真面目そうな記者が一人。答えて、と言わんばかりの彼女の物言いに、思わず彼の口が開く。

「それは・・・日々の新しい発見や面白い出来事、それから正しい情報を視聴者や読者に届けることです」

「うんうん。そうだよね」

 納得した風に首を縦に振る真央だったが、やがて報道陣たちを一瞥して、口を開く。

「じゃあ、魔界を知らなくていいの?伝えるのは人間側の情報だけでいいの?」

 沈黙。だが、それこそが否という回答そのものでもあった。

『魔界は危ない』、『魔族は怖くて危険』という、幼少の頃より見て聞いて学んできたものよりも、魔王という確かな情報が目の前にいる。

 良くも悪くも記者という職業についてしまった人間たちだ。

 答えなど、とうに決まっている。

「それじゃあ最終確認するね!今から魔界に行こうと思うんだけど、辞めたい人はいる?」

「「「いねえよなあ!!!」」」

 どこの族の集会だよ。とでも言わんばかりに響く怒号にも近い合唱。報道陣の熱量がいかに高いかの証明とでも言えば良いだろうか。

「それじゃあ、魔界の旅にレッツゴー!」

 真央が拳を突き上げ、カメラに背を向ける。瞬間に焚かれるフラッシュの嵐が、この先の未来を案じているようにも思えた。


 記者会見が終わった翌日の朝。

 その日のニュースはどの放送局も「魔王さま来訪」の話題で持ち切りだ。

 当然のことと言えば当然ではある。世界が分かたれてからというもの、各種族の棲み分けは徹底的に行われているのだから。魔界に攻め入っている人間を除いてだが。

「ほほ~。どのテレビも私の話題じゃん!もしかして有名人?」

「有名人どころかこっちの童話にも出てくるレベルだからな。もはや文化」

「え~!どうしよ~!街中を歩けなくなっちゃうな~」

「どうしようって言う割に嬉しそうじゃねえか」

 真央は休日の社会人よろしく、よれたジャージをその身にまといながらゴロゴロと寝転がり、ニヤニヤしながらテレビを見ている。

「っていうか、あれか?魔王なのに人目を集めるのに慣れてないのか?魔界ではあれだけちやほやされてたのに」

「う、うるさい!あんなに質問されたり、自分の事を知りたがられたりするのは初めてなんだから!」

「まあ、それはどうでもよくてだな」

「どうでもいいの!?」

 朝イチだというのに、よくもまあ大げさなリアクションができるものだ。と川春が感心をしていると、テレビ画面が次のニュースに切り替わる。

『今話題のVTuber!被威赤さんにインタビュー!続きはCMのあと!』

「あ、これ川春が好きなやつじゃん。赤たんだっけ」

「おい、人の醜態をこするのはやめろ!」

「別にイジってないじゃん。そういえば鏡で見たな~って思って」

 真央が意地悪そうにニヤケながら川春へと言葉を投げる。自分がイジられそうになったことへの仕返しらしい。

「もういいわ!チャンネル変えるからな!」

「え~?推し?の活躍見なくていいの~?」

「録画してるから良いんだよ!」

 川春が卓上のリモコンを乱暴に手に取り、無造作に違うチャンネルへと変える。

「ユーチューブでも付けとくか。作業用BGMならこの辺が妥当だろ」

 川春のテレビはスマートテレビで、ネットフィリックスやユーチューブなどのネット配信サービスの視聴も可能である。

 適当な動画を選択して、向き合っていたデスクへと戻る。なにを隠そう、彼は今リモートワークの真っ最中である。

 本来であればギルドへと出社して、同僚に顔を見せて安心させてやりたいところだが、そうもいかない。

 なんせ魔王が自宅に居るとなれば、いつどういう風に突飛な行動に出るか分かったものでは無い。できるだけ手元で管理しておきたいのだ。

「ねえねえ~。これ変えていい~?もっと面白いやつが見た~い」

「良いけど、お気に召すものがあるのかどうか」

「ん~、ゲーム実況?っていうのはなんなの?」

「発売されてるゲームをプレイしながら実況するんだ。各チャンネルで特徴があって面白いぞ?」

「え?喋りながらゲームをプレイしてるだけなの?私でもできそうじゃん」

「全実況者に怒られろ。ゲームしながら喋るって難しいんだぞ」

 多方面を敵に回しそうな物言いの真央を窘めた川春は、パソコンに向かって難しい顔をしている。

「さっきからなにやってるの~。そろそろ観光行こうよ~」

「仕事中なんだよ。魔王を歓待する席を設けるための企画書とか、魔王が日本を堪能するための旅行プランとか色々作ってるんだよ」

「ふ~ん。じゃあ、私も手伝う~!」

「なんでだよ。集中できないからくっつくな。後頭部が幸せになるだろ」

「うわ。その発言は普通にキモいわ・・・」

 真央がチェアに座っている川春に抱き着くような体勢でパソコンを覗き込む。

 彼の言った通り、サイドモニターには企画書の草案やプレゼン資料などがデスクトップに整頓されており、メインモニターには「魔王が受け入れられるには」と書かれた資料が開かれている。

「え、ホントに考えてくれてるじゃん。嘘かと思った」

「仕事だからな。広報として、魔王が一番輝くプランを考えるのはあたり前だろ」

「ふ~ん。じゃあ邪魔しないでおく~」

 少しばかり嬉しそうにしながらテレビへと向き直る真央。どうやらこれ以上は無粋だという事を理解したらしい。

「それにしても、どうしたもんかな・・・最初に立てた計画は全部使えない・・・わけでは無いのか」

 川春は何かを思いついたらしく、独り言もそこそこに自身の仕事に熱中するのであった。


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