7話 「そろそろ本格的に」
――その時、椿は夢中にいた。
「っっ骨折れら!?!?!?」
そして、何者かに叩き起こされたように覚醒する。
体が拘束されたように自由が効かない。
突発的に発した声も、耳に入るのは思い描いていたものではなく。
情けなく呂律の回っていない声が鼻から突き抜ける。
「あ、え?骨、骨折れてない?」
下手くそなダンスでも始めたように、拘束の解けた体で大袈裟に動く。
動く。
足も、腕も。
背骨も肋骨も、ひいては頭蓋骨も。
椿はゆっくりと目を開けたり閉じたりと挙動を確認してから、産まれ落ちたばかりの赤子のように周囲を見渡し、
「私の骨、全部揃ってる・・・。私、生きてる。」
己を生かす森羅万象に感謝しながら歓喜の産声を上げた。
おおよそ、地球人とは思えない台詞で。
୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈
「ストレスやプレッシャー、過去の恐怖体験・・・」
睡眠を取ったばかりだというのに疲弊しきった顔の椿。
リビングに出て早々したことといえば、スマホを手に取り情報を掻き集めること。
といっても椿の情報収集力は乏しく、せいぜい疑問を検索サイトのトップで打ち込むことしかできない。
「悪夢を見る時の主な原因、か。
私には縁のない単語ばっかり・・・。」
親の庇護下でぬくぬくと呑気に暮らしてきた椿。
そりゃ多少四苦八苦あったとて、“過去の苦難”を聞かれ瞬時に思いつくような苦難は経験したことがない。
椿はスマホを頭上に掲げると、堪えきれず溜息をこぼした。
「原因に心当たりがないばっかりにはどうしようもない・・・。
うん、ほんっとにどうしようもないね!」
自分の精神状態を憂いつつ、椿は現状を嘆くばかりだった。
――まるでマトリョーシカだ。
夢から覚めたかと思えばまた夢。
じゃあこれも夢?と頬をつねるが
「まぁ、五感正常に働いてるもんね。」
当然、痛い。
得られた成果といえば頬の跡だけ。それも直ぐに引いたが。
確認方法が安直すぎたか?と冷水に顔を浸すが、目が冴えるだけ。
夢と認識できているからこれは現実なのだろうが、しかし夢の中でもこれは現実だと自認していたから、
「夢の中の現実では夢であると認識できなかったわけで、じゃあ今私が現実だと思っているこれも夢で、」
ん〜!頭おかしくなる!!
溢れんばかりの思考を抱えた頭を掻きむしり、叫ぶ。
仮に今私が存在しているここが夢だったとして、もう一度私は目を覚ますのだろうか。
そして今同様“悪夢を見た“と恐怖する。
夢の無限ループに陥る未来を考え、椿は唇をへの字にした。
「悪夢なのか予知夢なのか明晰夢なのか、はたまた全部か。」
いずれにしろ、VR顔負けのリアリティだったのは違いない。
夢と呼ぶにはあまりに精巧だ。
――やはり、神のお告げという他ないのだろうか。
そんな迷信めいたものを信じろというのも阿呆らしい、が
「だとして、何を伝えたいかって話だもんなあ。」
平凡な人間が死ぬだけの絵面も字面も、別に面白くなんかないのに。
唯一意図があるとすれば、
「死・・・かな。」
口にすると馬鹿らしさが助長される気もするが、かといって弱い頭で辿り着ける精一杯の結論はそれだけだった。
1回目は刺されて。
2回目は刺されてから追い討ちで電車に轢かれて。
――改めて思い返すと碌な目にあってない。
私が何をしたというんだ、全く。
「・・・な〜んて、考えすぎだよね。」
“ブッテキショウコ“が皆無だもん。
眼鏡でもあったら手で押し上げたくなるような知的な言い回しをすると、今度は気を紛らわせることに集中し始めた。
こんな考え、妄想の範疇に過ぎない。やめだやめ。
頭上にあったスマホを放り、テレビのリモコンに持ち変えた。
気を紛らわせる時にはやはり、人の声を聞くのが一番。
「夢のループなんて、そんなのあるわけ」
「今日の一位は?蟹座のあなた!
今日は何もかもが円滑に進むはず。ラッキーアイテムは白いハンカチ・・・」
「・・・」
――どうしよう、“ブッテキショウコ“ができてしまった。
୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈
ある種第六感のようなものが告げていた。
というか、目の前の情報が間接的に事実を認めさせようとしている。
「偶然って説は・・・」
椿が言葉を紡ぐ間にも、テレビの映像は絶え間なく切り替わる。
CMの流れる順番も、好きなアイドルの立ち姿も、ニュースの内容も。
明日が、7月7日なことも。
見た通り聞いた通り。
「信じざるを得ないってわけね・・・」
椿は頭を抱えソファーにへたり込んだ。
あれが悪夢にしろ予知夢にしても明晰夢にしても、私は未来――というか一時間もしないうちに死ぬ可能性があるってことだ。
記憶を辿ると同時に痛みを思い出し、唇を噛み締めた。
あれをもう一度経験しろ?冗談じゃない。
ほんとのほんとに、今度こそ狂いかねない。
「とにかく、死ぬのだけはなんとしても避けたい。」
もう、視界を自分の血で汚したくない。
正式に意思表明をし拳を握る。
たかだか女子のちっぽけな握りこぶしだったが、それでも少しは役に立つだろう。
この不可解な状況の究明は後だ。
私1人じゃどうにもならないのは痛いほどわかったし。
「・・・せめて学校には行きたいよね。」
目的にするにはあまりにハードルが低いが。
先日まで引き篭もってた訳でもあるまいし、学校に行くこと自体なんら問題ない。
致命的なのは、プロセス。
殺人鬼とかいうとんでも妨害役が立ち塞がり道を閉ざしてくる。
いっそ学校を休む、なんてのもありだけれど。
「先生、そもそも親になんて説明すればいいの・・・。」
頭を振れば、思い出されるのはあの男。
二度も椿を刺し、挙句一度は自身も白髪の男に刺されていた。
刺した人間を刺した方――白髪の男の方は一旦抜きにして。
「私の写真、持ってた・・・」
思い出し、肌が粟立つ。
自分の顔なんて見紛うわけがない。誰よりも見てきたのだから。
ならば何故、に話は移る。
SNSとは無縁の学園生活を送る中、インターネットに過度に触れず生きてきたのが莉乃椿である。
齢16にして未だ両親による"フィルタリング"を外して貰えていない。
そんな椿がインターネット上に顔を晒す?
絶対にない、断言出来る。ない。
椿の写真をインターネット上で見つけることは不可能に近いだろう。
ならば、路地の影から撮ったような不意の刹那を切り取ったような写真は。
やはり盗撮の類で間違いないだろう。
あんな写真の被写体になった記憶、微塵もないし。
(あいつ、私の顔と写真を見比べてたんだっけ・・・)
男は態々椿の顔を確認し、一致すると断定した上で刺してきた。
しかも――
(そうだ!そういえばあの男、私を殺したのは“金のため“だって・・・!
確か金額は、)
――2億。
身震いするほどの金額。
お小遣いが月々数千円の椿だって、それがどれほどの力を持つかは理解できる。
(2億、私の体が?私の死体が?
あの時、最初に刺された時は、人身売買か何かかと思ったけど・・・。
あいつが私の写真を持ってたこと、莉乃椿だけを執拗に狙うこと、絶対他に理由がある・・・)
つまり、無差別殺人なんかじゃなくて私だけを狙った殺人。
(――私、何かの
いやいや、そんなまさか。漫画じゃないんだから。
いくらなんでも飛躍しすぎだ。
提唱された説を否定しつつ、法外な金額とともに貼りだされた自身の写真が脳裏に浮かんだ椿。
そしてその写真を屈強な男たちが囲み、卑しくほくそ笑んでいるところまでは想像できた。
「・・・」
喉元ギリギリに刃物を突きつけられているように息が詰まる。
力なきJK1人、太刀打ちのしようがない。
思わず身を捩った椿だったが、ふと正気に戻った。
(これまでの人生、清廉潔白に生きてきた。身を狙われるような覚えは微塵もない。
私怨だのに巻き込まれる予兆もなかったし、昨日まで普通に生きてきたのに――)
仮に椿の説が(最悪だが)正しいとしよう。
顔が割れていて、名前も割れている。
最悪が重なり続け、最上級の最悪を思いつく。
――この最悪が、私だけに及ぶ訳ではないと。
(もし、住所が割れていたら?個人情報の全てが漏洩していたら)
家族、友人、最低でも二親等まで被害が及ぶかもしれない。
自身が経験したように、腹部に刃物を刺され息絶える大切な人を想像する。
(それだけは絶対にダメだ、許せない――)
それは、椿にとって最も危惧すべきビジョンだった。
椿は血相を変えてソファから立ち上がる。
「せめて私が動き回って調べないと・・・」
どんな名探偵でも解決には至らないであろうこの“夢トリック“を、そして椿が執拗に狙われる理由を。
(これ以上、不毛な殺人を見過ごすわけにはいかない。)
椿の中では自己犠牲の精神が芽生えつつ、また闘争心も燃えていた。
「そろそろ本格的に、解明へと動く時だ。」
決意を固め、前へと。
「――よし。学校に行こう。」
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