2話 「なんて彼女らしい日々」



――その時、私は夢中にいた。

正しく“夢の中”、私は光を見た。

網膜に焼き付く、痛いまでに眩しい光。

そのフラッシュに対抗するように、私はより強く瞼に力を入れる。

だが光は負けじと波状攻撃を繰り返し、黒を白に塗りつぶしていく。

まだまだこの心地良さに溺れていたい私にとって、それはノイズで仕方なかった。

唸る私。目の奥に入り込まんとする光。

両者一歩も譲らぬ攻防。

そして苛烈な戦いに雌雄を決したのは、意外な第三者だった。

否、私にとってはある意味、予想通りの結末と言えるだろう。

耳を劈くベルの音は、嫌というほど本能に刻まれた音。


――目覚まし時計の、リズミカルな騒音。


「あ〜〜〜〜〜っ!?起きてます起きてますっ!?」


とってつけたような言い訳と共に、私は背から跳ね上がった。

最初に目があったのは、我らが太陽。

築三十年の私の家に光を配送している窓、つまり私のベット真正面に居座るデカめの窓。

私が目を開けた瞬間に太陽を拝む羽目になるのは、こいつのせいだ。

私だって、こんな苦痛を味わうのは不本意。

ママ――いや、母親が、「北枕は縁起悪い」だの「風水的にベットはここ」だのと言ってベットをこの位置に置かなければ、太陽によるモーニングコールをうけることもなかったというのに。いや、まじで眩しいなこれ。

あまりの神々しさに寝起き数秒の眼球を焼かれ、今度こそ両目がなくなる思いで


「まっ、眩し〜〜!なんでこんな眩しいの太陽!」


みっともなくベットの上をのたうち回り、水素の核融合に不満を漏らした。


「あっ」


結果、ちっぽけなシングルベットは私を許容できなくなり、私は鈍い音を立てて床に転げ落ちる。

今度目があったのは、しみのついた木の天井だった。

幸か不幸か、受けたダメージは後頭部の軽い痛みだけ。

そしてまた、幸か不幸か、目の痛みと頭の痛みのダブルパンチで頭は完全に覚醒しきっていた。

これは若干不幸寄りな気もする。


「う、目が痛い・・・今日はまともに目が開けられる気がしないんだけど。」


ばちばちと目の中で稼働する火花に、私は頭痛を覚える。

しかし、ここでただ頭を抱えていては何も始まらない。

まずは私に"七時十分"を告げ続けるこれをどうにかしなければいけない。

絶えず騒ぐ耳横の目覚まし時計を、感情にまかせぶっ叩く。

予定だったが、愛らしいウサギの形を模したそれにすんでのところで手が止まった。

このつぶらな瞳に見つめれれては、出るものも出ない。

慎重に、撫でるように耳と耳の間のスイッチを押す。

一連の動作を済ませて、達成感に浸り、


(ああ、もう・・・今日はこれでいい気がする。)


今日の仕事終わり!とカタをつけ、早々に布団に飛び込みたい気持ちに駆られる。

考えも体も零落してしまった私には、これ以上脚も腕も動かす気力がない。


(いや、ダメだ・・・・学校、学校行かなくちゃ・・・・・・)


私は、高校生である。

そう、世にいうJKであるわけだ。

人生の黄金期にして、

その響きだけで箔のつく、

しかし三年しかないJK時代を、布団の中でぬくぬくと浪費するだけというのもなんだかいただけない。

――しょうがない、起きよう。

私は重い重い腰を上げ、酔っ払いの足取りで廊下を徘徊する。


JKのモーニングルーティンというのもまた、一般人と大差ない。

洗顔、着替え、スマホで天気予報をチェック。

全工程を工場の機械のように終え、階段を駆け降りる。

最早これは、“慣れ“なんて単語では済まされない。

私の身体に、脳に刻まれた細胞のようなものなのだ。

空気のように飽和し、自然になったもの。

しかし、私のモーニングルーティンに参入してきた新たな習慣はどうにも慣れる気なんてしない。

私は階段を駆け下り、


「っはよう、今日の朝ごはんって何・・・?」


と、ひと台詞言い終えてから、その行動の無意味さを知った。

私の呼び掛けに応じるのは、私の耳のみだと。

閑散としたリビング。

無機質に散らばった服や食器は、確かに人のいた事実を示しているというのに――ここには、突如神隠しが起きたように誰もいない。

三ヶ月前はあり得なかった光景に、私は未だ違和感を覚える。

これが、私にとって慣れないモーニンングルーティン。

父親も母親もいないリビングで一人朝食を食べるということ。

長年両親と朝食の机を共にしてきた私にとって、この食卓はあまりに広すぎる。

今頃、両親は仕事・・・だろうか。

三ヶ月前まで共働きではなかった分、一人のさびしさが助長される。

両親に溺愛されて育ってきた自覚は十二分にある。

だからこそ、誰もいない部屋は落ち着かない。

なんて、私は大分傲慢に育ったらしい。

ハリウッド宛らに肩をすくめ、


「朝ごはん、食べなきゃ」


今度は他人への投げかけではなく、自分への確認として、独り言を嗜んだ。

 




୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈ ୨୧ ⋈


――少女漫画では食パンが出会いにおける必須アイテムだけれど、何故パンなのだろうか。

ご飯じゃ駄目、なのだろうか。

コンフレークでも駄目・・・なのだろうか。

作り置きの朝ごはんを口にしながら、悶々と考える。

生まれしてこの方、和食派として生きてきた私に言わせてみれば異議しかない。

いやしかし、なかなかどうして食パンだって捨て難い程美味しい。

和食派と自称しつつ、他の派閥の支持をするのもどうかと思うが。

でもパンは須らく美味しい、これは確か。

不毛な思考を続けている私の脳は、途切れた麺と共に動きを止めた。

うーんでも確かに、軽くて容器に入れる必要がないという点、圧倒的なアドベンテージを誇るのは間違いない。

至った結論は腑に落ちなかったが、溜飲を下げる意で、食べていたラーメンのスープを流し込む。

“塩分過多“の四文字が脳をよぎったのは、喉元を過ぎた後だった。

これ程までに脂っこいと、ぶつかった際互いに油まみれになるのは不可避。

ラーメンは論外だな、と福岡県にクンカを売っておいた。

そうこうしていると、悠長にしていられないような時間になっていたので、重い腰をようやく上げる。

スマホも制服も、都会の戦闘服を身に纏って。

――私は今日も、生きるために息を吸う。

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