第37話 日劇より

   日劇より


 数着の衣裳がハンガーに掛っている。

ハンガーには、各「役割の札」が下がっている。

川口氏、


 「時間が無いから急いでッ! え~と、杉浦さんはどなた・・・?」


杉浦氏、

 「はい! 僕です」


 「あッ、アナタね」


川口氏は杉浦氏を舐めるように見る。


 「アナタは・・・画家ね。はい、これッ! 着て見て」


杉浦氏は急いで着替える。


 「それと、首藤さんは?」


首藤氏は妙に気合の入った返事で、


 「ハッ!」

 「首藤さんは、・・・これね。帝大の教授。品良く着てちょうだい。学者サンなんですから」

 「ハッ!」

 「その軍隊調の返事はやめてちょうだい。アナタ、教授よ」

 「あッ、ハイ・・・」

 「早く着替えてちょうだい」


首藤氏が急いで着替える。


 「岡田さん?」

 「俺だッ!」

 「オレ?」


川口氏は岡田氏を睨む。


 「俺はやめてちょうだい。服屋さんなんだから。え~と、岡田さんはテーラーの役。はい、これ」

 「これ? これが、・・・俺?」

 「そう。良いから早く着替えてッ!」


岡田氏は渋々着替える。


 「肥田さんは?」

 「あッ、私だ」


川口氏はチラッと肥田氏を見て、


 「素敵な体格ね・・・。はい、これ。運送屋さん」

 「家具屋じゃないのか?」

 「運ぶんでしょう」

 「うん?・・・まあ」

 「早くしなさい。次、堀田さん」

 「急いで下さい。時間が無いですよ」


川口氏が怒って、


 「うるさいわね。分ってるわよ。堀田くんはプレス。毎朝新聞の記者ッ! これ、着てみて」


堀田氏は急いで着替える。

川口氏が着替えた堀田氏の姿を見て。


 「ワ~、アナタが一番似合うわ。素敵ッ!」


川口氏は熱い視線を堀田氏に送る。

山田氏を見て川口氏が、


 「え~と、次はー・・・山田さんね。はい、これッ! 喫茶店のママ」

 「何これ・・・。このスカート、全然センス無いわ」

 「良いから、早く着替えなさいッ!」


山田氏は渋々スカートを穿く。


 「あッ、アナタ、化粧品はお持ち?」

 「そんの持って来ないわよ。アナタの貸して」

 「アタシはしないわよ。・・・あッ、隣の化粧部にユミちゃんて云う人が居るわ。急いでメークしてもらいなさい」

 「ユミちゃん?・・・分った」


川口氏は七人を見て、


 「以上かしら。・・・あら?」


川口氏は周明氏のワイシャツとズボン姿を見る。


 「先生は、その格好で?」

 「何か有りますか?」

 「そうね~。このヤンキーのジャンパーとズボンなんか良いんじゃない。着て見て」


周明氏は急いで着替える。

川口氏は着替えた周明氏を見て、


 「良いじゃな~い。素敵ッ! そうだッ、先生はハワイ出身の通訳って役どう?」

 「おお、良いねえ。それで行こう」

 「はいッ、イッチョ上がり! 皆んな、頑張ってちょうだいよ。日本人皆んながアンタ達の事、見てるんだから」


七人が、


 「はい!」

 「さあ、行こうッ!」

 「いってらしゃい」

 「あッ、山田さんがまだ・・・」

 「またか。世話の焼けるオトコだ」

 「いや、オンナです」


山田氏が化粧室から出て来る。


 「ゴメンなさい。ど~お?」


山田氏が化粧済の顔を皆んなに見せる。


 「?・・・分った。早く行こう」

 「あッ、待って! 大切な物。これ村瀬さんから預かってるの」


川口氏は七枚の『通行許可証』を各人に渡しながら、


 『本当に頑張ってよ。日本人の将来が懸かってっるんだから」


首藤氏は川口氏に挙手の敬礼をして、


 「はいッ! 行きますッ!」

 「ちょっと~、それヤメテちょうだい。特攻隊じゃないのよ。分っちゃうわよ」


首藤氏は気合の入った声で、


 「失礼しましたッ!」


川口氏は呆れた顔で首藤氏を見て、


 「バカッ」


川口氏は周明氏に、


 「あ、先生ッ! ちょっとそこに全員並ばして。口火を切るわ」


七人が、


 「えッ?」

 「いいから、早くッ!」


川口氏は神棚の火打石を取り、全員の肩に口火を切る。


 「ヨシッ! これで縁は切ったわ。いってらっしゃいッ!」

 「行くぞッ! 目指すはマッカーサー邸だッ!」


川口氏が、

 「やめて下さい。忠臣蔵じゃあるまいし」


 七人が俳優通路に出て、舞台とは逆方向に足早に歩いて行く。


 裏通りに『軍用トラック』が停まっている。

村瀬巡査がトラックから降りて不安そうに腕時計を見ている。


 「・・・何やってんだよ~。時間がねーぞ。ッたく~」


 通路を走る七人。

俳優受付の前を全速力で通り過ぎる。

受付の女がそれを見て、


 「あッ!?・・・チッ、ちょっとお~ッ!」


山田氏は衣裳のまま振り向いて、


 「ゴメンなさい。台本忘れちゃった。直ぐ戻るから」


受付の女が「出入者名簿帳」を振りかざしながら大声で、


 「ここに書いてから出てくださ~いッ!」


七人は逃げる様に走り去る。

待機して居る軍用トラックが見える。

七人が走って来る。

村瀬巡査は焦りながら手招きをする。


 「早くーッ!」


村瀬巡査はトラックの荷台のホロを上げる。

急いで荷台に飛び込む七人。


 「遅いよ〜お。あと十分しか無いんですからね」

 「すまん。急いで行ってくれ」


軍用トラックが急いで走り去る。

                          つづく

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