第26話 小説から実話へ

   小説から実話へ


 夕方、病院の正門を埃を舞い上げ、一台の米軍ジープが勢い良く入って来る。

ブレーキの音を高らかに鳴らし、ジープが停まる。

サンドベージュ色の警察の制服を着た男が、衣服に付いた埃を制帽で払いながら降りて来る。

『村瀬源太郎巡査』である。

畑(婦長)が玄関から出て来て村瀬氏を出迎える。

村瀬氏は畑 を見て、


 「いや~、久しぶりです。覚えてますか」

 「勿論ですよ。院長から、うちの病院で療養していったらと言われた方でしょう」

 「ハハハ、最近イライラするんですよ。少し入った方が良かったかもしれませんなあ」

 「それは困りましたねえ。院長に診てもらいますか?」

 「そうですねえ。じゃッ、来週、本部の健康診断の結果を見て」


畑 の怪しげな笑い。


 「フフフ。あッ、皆さんお待ちかねですよ」

 「ミナサン? 俺を?」

 「そうです。患者さんの中に小説を書く方が居らっしゃるんです。いろいろとお聞きしたい事が有るらしいんです」


村瀬氏は驚いて、


 「小説ッ?・・・へぇ~、気違いでも小説が書けるんですか。大したもんだ。私なんか正常でも漢字すら書けやしない。ハハハ」


 院長室。

応接室にテーブルを囲んで、周明氏、肥田氏、堀田氏、西丸(医師)、そして一番奥に内村(院長)がソファー座っている。

畑 がドアーをノックする。


 「どうぞ~」

 「失礼します」


ドアーが開き、畑 と村瀬氏が顔を出す。

村瀬氏は緊張した表情で内村達を見て、挙手の敬礼をする。


 「初めましてッ! 村瀬源太郎と申します」


六人の視線が制服の村瀬氏に集まる。


 「いや~あ、村瀬さん、久しぶり。どうぞどうぞ」


村瀬氏は硬い表情で、


 「あッ! はッ、はい!」


村瀬氏は座る場所が分からず、躊躇していると周明氏が、


 「どうぞ、奥のソフアーに」

 「えッ!? あんな上座に。私は直ぐに帰りますからこの椅子で・・・」

 「まあ、良いじゃないですか。仕事は終わったんでしょう」

 「え? あッ・・・、はい」

 「それなら、もう警官ではない。源ちゃんで行こう」


一同が笑う。

村瀬氏の顔も緩む。


 「そうですね。でも私はこの椅子で良いすよ」


村瀬氏は脚をそろえて身体を縮(チジ)めて座る。


 「そんな固くならずに」

 「いや、何か面接されているようで」


ドアーがノックされ、朝倉(看護婦)がコーヒーとお茶、ドーナツをカートに載せて運んでくる。

朝倉がテーブルにそれらを置いて回る。


 「失礼します。どうぞお召し上がり下さい」

 「おお! これはこれは、朝倉さんの十八番のドーナツじゃないですか」


 「これは旨そうだ。ちょっと失礼して・・・」


食い意地のはった村瀬氏はドーナツに飛び付く。


 「旨いッ!」


村瀬氏は膝を叩き、


 「アメ功の菓子とは月とスッポンだ。アイツ等のは、ただ甘いだけで日本人の口には合わない。あッ、そうだ、チョコレートとかココアとか、今度、アメ功の喰ってる物を持って来ましょうか」


肥田氏が、


 「そんな事をしたらアンタ、重営倉行きじゃないのか?」

 「ハハハ、大丈夫。ヤツ等は日本のオマワリを信頼してるらしく、何でも俺達に用立ててくれるんです。欲しい物が有ったらいつでも言って下さい。ピストルだって手に入るんですから」


肥田氏が驚いて、


 「何ッ! ピストルッ?」

 「おっと、ヤベー事言ったかな」


村瀬氏はドーナツを頬張り改まって、


 「・・・ところで先生達、この俺にどんなご用件でしょうか」


 「おお、それでね。この方が堀田善衛さんと言って小説を書いている方なんだ」


周明氏が堀田氏を紹介する。

堀田氏は改まって、


 「堀田です。宜しく」

 「あッ、私は村瀬と云うアメ功の下でこき使われている三下オマワリです。しかし大変ですねえ。頭がイカレているのに書き物をしているなんて」


堀田氏は顔色が変わる。


 「僕は頭がイカレてなんかないッ! オマエ等警官がこんな所に押し込んだんだ」


内村は堀田氏を制止するように、


 「まあまあ、頭の中身は見る人によって変化する。ここの病院から観れば世間の人がイカレているのだ」


肥田氏は感心した様に、


 「さすが院長。なかなか上手い事言うじゃないか。ハハハ」


周明氏が


 「・・・実は改まって村瀬さんにお願いしたい事が有るんですよ」

 「源ちゃんて言ってくださいよ。水臭いなあ、先生」

 「おお、そうか。じゃあ、源ちゃん」

 「はい! 何なりと」


江戸っ子の村瀬氏は非常に軽い。


 「実は・・・、JHQの内部を・・・教えてくれないかなあ」

 「内部? いや~あ、それは・・・。いくら俺でも分からないですよ」

 「いや、組織形態ではない。見取り図だ」

 「見取り図!? 討ち入りでもやるんですかい?」

 「違う。マッカーサーに会いたいんだ」


村瀬氏は驚いて咳き込む。


 「ゴホッ、ゴホッ。マッ、マッカーサーッ! 何でまた?」

 「ちょっと話したい事があるんだ」

 「ちょっとって、アンタ・・・」


村瀬氏は周明氏を凝視する。

周明氏が単刀直入に、


 「実は直訴したい」


村瀬氏は驚いて、


 「何ッ! ジ、ジキソッ! こりゃまた随分な事を企てましたね」


 「小説だよ。間違えてもらったら困る」


村瀬氏はニヤッと笑い、


 「いや、本当に直訴するんなら教えてやっても良いけれど・・・、小説じゃあねえ」

 「本当にヤルのだ」


肥田氏が口を滑らす。

西丸は驚いて、


 「え~ッ! やっぱり実行するんじゃないですか。ダメですよ~、絶対にダメッ!」


村瀬氏がまた膝を叩き、


 「よしッ! そう云う事なら一肌脱ぎましょう。俺だってアメ功には言いたい事が山ほどあるんだ。好きで戦争をやって来たんじゃねえ。このままじゃ死んだ戦友達が浮かばれねえ。最後の落ちでピカドンまで落としやがって。俺は靖国神社に足を向けて眠れねえんだ。ちょっと一発カマしてやりましょうや」

 「いい加減にしてください。東病棟担当医の立場が無くなるじゃないですか」


村瀬氏は大いに乗り気で、


 「ところで、誰が直訴するんですかい?」

 「僕達だ」


村瀬氏は驚いて、


 「えッ? 僕達って・・・ここに居る人?」


西丸はうろたえながら、


 「冗談じゃない。私も院長も医師だよ。そんな事、出来る訳がない」


村瀬氏は目を丸くして、


 「えッ、・・・エ~ッ? じゃあ・・・?」

 「そう、ここの患者達だ」

 「患者達? アンタ等、頭がおかしいんじゃないですか。うん?・・・まあ、頭がイカレテルからここに居るのか」


村瀬氏は頭を掻きながら、


 「大川先生、何とか言って下さいよ」

 「皆んな、あの戦争で病んでいる患者だ。直訴したら気持も晴れて病も全快するだろう。ねえ、院長」


内村は自分に振られて、


 「ええッ! あッ、まあ・・・」

 「おいおい、俺は気違い達を手引きするって言うのかい? 勘弁してくれよ~」

 「だいじょぶだ。全員病気と云う事で、捕まっても無罪! またここに戻って来る。ただ、新聞は大きくこの事件を取り立てるだろ。それが狙いだ。ねえ、堀田くん!」


堀田氏は驚いて、


 「ええッ?! 先生はそこまで読みますか。さすが名だたる大思想家だ」

 「私は開戦時、ラジオで大いに国民を煽って来たと云う事に成っている。まあ、アジア連盟構築の為に米英仏豪の連合軍とアジア植民地解放の為に、経済的に団結しょうと語ったのは事実だ。東條が太平洋戦争を決行した時に、聖戦と言った事も事実である。ヤルと決めてしまったら後には引けない。今ヤラなければ、日本もアジアの一植民地に成り下がってしまうじゃないか」


村瀬氏は少し考えて、


 「よ~し、気に入った! トコトンやってやろうじゃないですか」


周明氏は一安心した様に、


 「これで、方向はつかめた。後は人の配置をどうするかだ」


西丸が内村を見て、


 「院長ッ! ほっといて良いんですか。大変な事に成りますよ」

 「まあ、これも治療と思えば良いではないか。どうせ、進駐軍だってずうと居座るつもりじゃないだろう。私だっていつまでここに居られるか分からない」


畑 が内村を恨めしそうに見て、


 「院長~、そんな淋しい事言わないでくださいよ」

 「いや、仮(カリ)にだよ。皆んな、カリの話だ。ねえ、大川先生」

 「そう。その通り! ハハハ。小説だ」


村瀬氏が周明氏を見て、


 「先生、あん時は随分落ち込んでたけど、すっかり元に戻ったじゃないですか。良かった良かった」

 「人間と云う物は目的が出来ると活力が出るもんだ。ねえ、院長」

                          つづく

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