第25話 村瀬源太郎巡査
村瀬源太郎巡査(GHQ本部)
内村(院長)と周明氏が院長室で話をしている。
内村が、
「西丸先生に聞きました。堀田さんがまた何かを書き始めたんですって?」
「ええ。彼は小説家の卵だと言っているので、どんな作品に仕上がるのか、楽しみにして居るんですけど・・・」
「ここに廻されて来た時に、堀田さんから没収したカバンを警官から渡されましてね。失礼して中を検(アラタ)めさせて貰いました。カバンの中には一冊の薄汚れた大学ノートが入っていましてね。ここだけの話、あれは小説のネタ帳だったみたいですな。故郷の話・学生時代・上海の出来事・終戦後、内地に帰って来た時の事・就職先の事・最後に警察に捕まった時の事などが克明に書かれてありました」
「ほう。そんな重要な物は本人の手元に返した方が良いのとちがいますか?」
「そうなんですが・・・、本人に話したら預かっといてくれと言うんですよ」
「堀田くんの貯金通帳でも入ってるんじゃないですか」
「いや、それ以外は名刺とハンカチしか入っていません。畑さんが言うには、頭の中に入っているからいらないと言ってたらしいです」
「ほ~う」
「先生は、堀田さんの書いている小説の内容をご存知ですか?」
「内容ですか? さあ、それは・・・。タイトルなら知っていますが・・・」
「西丸先生が言うには、何だか尊王攘夷の大作だと言ってましたが」
「尊王攘夷? それは多分違うと思うなあ。日本人のこれからの道標(ミチシルベ)みたいな物を書いているんじゃないかなあ」
「え〜えッ! それは素晴らしい。何で西丸先生は私にそんな事を言ったのだろう」
「あの方は医者のわりには、結論を少し早めに出してしまう傾向がありますな」
内村は渋い顔で周明氏を見る。
「そうなんですよ。たぶん戦地で、ああ云う性格に成ってしまったんでしょうねえ。あそこでは生か死かですからねえ。脚が無く成っても手が在るじゃないか。手が無くなっても命が在る。そんな世界ですから・・・」
「なるほど。それで先走ってしまうのか。ハハハ」
「すいません」
「院長が謝る事はないでしょう」
「で、大川先生のお話とは?」
「ああ、その事ですが・・・」
丸の内のGHQ本部である。
MPの腕章を付けた太った米兵が、ニヤついた顔で村瀬(巡査)を呼ぶ。
「ヘイ! ムラセ、カモン。ボスガ、ヨンデル」
「イエス、イエス、デブ」
「デブ? ノウ、ディブ。マイネーム ディブ!」
「オーケー、デブ」
MPが村瀬巡査を睨み、
「・・・デエィビット ダ。マチガエルナ! モンキーボーイ」
「イエス、イエス、ヤンキーボーイ」
『詰め所(ボックスハウス)』から偉そうな米兵が顔を出す。
その米兵が受話器を取る格好を村瀬に見せる。
「ヘイ、ムラセ! ハリー!」
「オウ、サンキュー、サンキュー」
急いで詰め所のカウンターに行き、受話器を取る。
咳払いをする村瀬。
「ハロー! デスイズ村瀬スピーキング」
周明氏の声が、
「おお、村瀬さん。大川です」
下手な英語で電話応対する村瀬。
「オオカワ?・・・ジャパニーズ?」
「大川周明です。覚えていますか?」
「オオカワシュウメイ・・・? あッ! 東条の頭の。ソリー、ソリー、覚えていますとも」
「ハハハ、思い出しましたね? 元気でやってますか」
「ゲンキゲンキ~! 日々是決戦ッ! 戦ってますよ。大川先生もお元気そうで」
「ええ、お蔭様で、ここで楽しませてもらっています。」
「そうですか。それは良かった。で、この度(タビ)は?」
院長室で電話を掛けている周明氏
「コノタビ? ああ、村瀬さんは世田谷村の方に来る事は有りますか?」
「有りますよ。ボスが、あの病院の近くの豪邸をホテル代わりに使ってやがってねえ。毎日送り迎えしてるんですよ。若いくせに生意気な男でね。俺みたいな日本兵上がりをコキ使うんですよ。いつか目に物見せてやろうかと思っているんですけどね」
と、受話器の向こうからアメリカ訛りの日本語の声が。
「ムラセ! デンワハ、ヨウケンダケニシロッ!」
「オーケーオーケー、モウスグオワル、ブス」
「ブス? ノウ、ボス」
「ウルセー。これだもんね~。あッ、先生すいません。で?」
「一度お会いしたいのですが。時間は取れますか?」
「取れる取れる。先生がお望みなら火の中水の中。夕方の五時半頃ならいつでも寄れます。ブスを送り届けた帰りにでも寄りましょうか」
「そうですか。それじゃ、明日でも寄って貰おうかなあ」
「ガッテン、承知の介でさあ」
江戸っ子の村瀬は相変わらず軽くて、元気が良い。
つづく
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