第27話 メンバー表

   メンバー表


 周明氏が部屋で座禅を組み沈思黙考している。

あの岡田氏がドアーの覗き窓から周明氏を見ている。

周明氏は気配を感じ片目を開ける。

岡田氏がドアーをノックする。

周明氏は座禅を組んだ膝(ヒザ)をドアーの方に返し、覗き窓の岡田氏に笑顔を送る。

岡田氏がそれに答えるように少し顔を崩しドアーを開ける。


 「いや~、岡田さん。どうしました」

 「・・・アンタと話がしたくなってね」

 「? 私もあなたの事が気に成っていました。どうぞ、上がって下さい」

 「そうか。じゃッ、失礼する!」


岡田氏はドアーを閉め、スリッパを揃えて静かに上がって来る。

周明氏はその仕草をじっと観ている。


 「今日は気持が安定していますね」


岡田氏は振り返って、


 「安定? 俺はいつも安定している」

 「ハハハ、これは失礼。で、どんな話ですか」


岡田氏は周明氏を見て、


 「うん?・・・うん。貴様(キサマ)は先生と呼ばれているようだな」

 「先生ですか。そう言われた時期も有りましたね。そんな事は私にとってはどうでも良い事です」


岡田氏は周明氏の顔を凝視する。


 「貴様・・・、まんざら捨てた男でもないようだ」


周明氏は一瞬、


 「?・・・」


 「俺は学生時代に貴様に似た名前の男が書いた本を読んだ事がある。実に解りやすく日本の行く末が書かれてあった。・・・感動した。日本人たる大義が解ったような気がした。あの本は、俺が志願するきっかけと成った書でもある」


周明氏はシラけた様に、


 「・・・さも立派な本だったのでしょうな」

 「いや、今でもそう有るべきだと信じている」


周明氏は黙って聞いている。


 「欧米諸国は大アジアをバカにしている。特に米国などは世界を支配しようと画策している。あの戦争は俺達日本が仕掛けたという事で・・・。その挙句、俺達が敗者に成ると分かっていながら原子爆弾などと云う『大それた武器』を実験の為に使った。何の為にそんな事をしたのか。それは、これから起こるだろう戦争の為の抑止力を日本と云う島国を介して世界に知らしめたのだ。そこにはヤツ等が言う人権もヘッたくれもない。ヤツ等は原爆から生ずる放射能の脅威を日本人の体内を通して研究しているのだ。恐ろしい国である。戦争は勝たねば何の意味もない。あの国は日本にこの爆弾を落す事を以前から決めていた。ドイツに落とすことも考えたが、近隣の連合国に多大な被害が生じる恐れがある。だから太平洋の島国『日本』に白羽の矢を立てたのだ。このままで行けば日本と云う国は、アメリカ軍の第二の軍事基地に成ってしまう事は明白である。日本は中国とソ連に対しての軍事の『要』となるであろう」


周明氏が、


 「・・・岡田さん、あなたは良く勉強してらっしゃる。私もそう思う。いや、その通りに事は運ぶでしょう。もう私達が愛したあの日本は多分、無くなります」


ドアーをノックする音。


 「コンコン」

 「はい!」


ドアーを開けて、肥田氏が顔を出す。


 「おお、珍しい方が来ているじゃないか」

 「あッ、肥田くん。そうだ、紹介しょう。106号室の岡田さんだ」

 「知ってますよ。毎朝元気良く、体操の号令を部屋の中から掛けてい方・・・」


岡田氏は肥田氏を一瞥する。

周明氏が肥田氏に


 「まあ、上がりなさい」

 「じゃッ、失礼して」


肥田氏が周明氏の部屋に上がって来る。

肥田氏を見て、


 「・・・どうしました?」

 「いやね、いよいよ新憲法が公布されるらしいぞ」

 「? 誰に聞きました?」

 「猪一郎(徳富蘇峰)の爺さんだ。幣原(幣原喜重郎)のオヤジの意見を参考にしてマッカーサーが単独で纏(マトメ)めあげたらしい」


周明氏は不服そうに、


 「何、単独で!?」

 「アイツはアジア太平洋地域の総司令官だからね。戦後処理のすべてを任されているんだ」


周明氏は天井を睨む。

岡田氏は俯いて一言。


 「思う壷だ。日本を腑抜けにするつもりだ」

 「敗戦処理の最重要課題ですからね。いよいよ、行動に移す時が到来したかな・・・」


岡田氏は周明氏を凝視する。


 「コウドウ?」

 「日本国民を代表しての直訴だ」


岡田氏は前後のシナリオが分かっていない。


 「ジキソ? 誰に?」

 「マッカーサー元帥にだよ」


岡田氏は驚いて。


 「マッ、マッカーサーに直訴ッ!・・・貴様(キサマ)等、気でもふれたか」

 「正気です」


岡田氏は周明氏達を見て、


 「・・・何を直訴するつもりだ」


周明氏が胸を張って、


 「日本国の大義」


岡田氏はきつい眼で周明氏を見詰める。

そして深くため息をつきながら、


 「・・・大義とは随分難しいものを・・・」


周明氏は代表して、


 「この病棟の患者達は、国や家族の為に定められた道を歩いて来た人間です。身体は無事に戻って来られたが、精神はすっかり壊れてしまった。ここには誰も迎えに来ないし、面会者も居ない。このままでは気違いとしての余命を削って行くだけだ。何の為に私達は生き残ったのだ」


岡田氏は黙って聞いている。

周明氏は続ける。


 「今、行動に移せるのは、日本にとって何の差し障(サワ)りもない我々・・・。この脳病院(精神病院)の患者達だけでじゃないですか」


岡田氏の眼が光る。

静かに気合の入った低い言葉で、


 「ヨシッ、・・・ヤルか・・・」

 「岡田さん。あんたは正気に戻れる人だ。気合は入っている様だが少し体力を付けてくれ。決行のその日は体力だけが頼りだ」

 「バカを言うな。俺は南方の戦線で野良犬生活をしてきた兵隊だぞ。目的の為なら敵の肉をも喰らっても成し遂げる覚悟は有る」

 「そうですか。そう云う事なら岡田さんにも一肌ぬいて貰いましょうかね」


肥田氏は懐(フトコロ)からキチッと折りたたんだ新聞のチラシを取り出し畳に広げる。

周明氏と岡田氏はそれを見る。


 「何だ? それは」

 「東病棟の患者の名前が書いてある」


チラシにはシッカリとした文字で名前が記載してある。

名前の番号には『赤い鉛筆で丸』が記してある。


 一、大川周明

 二、肥田春充

 三、堀田善衛 

 四、杉浦誠一

 五、首藤操六

 六、岡田 滋

 七、山田欣五郎


周明氏が並ぶ名前を見て、


 「ほう。メンバー表か」


肥田氏は岡田氏の名前の上に『赤鉛筆で丸』を付ける。


 「あと三名か。・・・? 村瀬さんの名前が無いな」

 「彼は患者で無い。捕まったら犯罪者に成ってしまう。一歩下がってもらおう」

 「それもそうだな」


 「参 考」

幣原喜重郎(戦後二代目の内閣総理大臣である。GHQのマッカーサーと一九四六年一月二四日に会談。この日のマッカーサーとの会談で平和主義を提案する。天皇制の護持と戦争放棄の考えを幣原の側からマッカーサーに述べたとされる)

                          つづく

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