第23話 仮 病

   岡田 滋氏の病は仮病


 岡田氏が廊下の窓から西空を見ている。

周明氏がそっと近づき、


 「・・・夕日が綺麗ですねえ」


岡田氏はその声に驚き、


 「うッ! 貴様(キサマ)は誰だッ!」

 「いや、102号室の大川周明と申します」


岡田氏は周明氏をじっと見詰め、


 「大川?・・・死神か」

 「死神? ハハハ、そう云う者ではない」

 「・・・?・・・『大川周明』・・・。どこかで聞いた事があるぞ。何か用か?」

 「用? いや、そんな大それた用ではない。私も夕日を見ていたいのだ」


岡田氏はまた窓の外を眺める。


 「・・・南方の夕日は綺麗だ。故郷(フルサト)を思い出す」

 「フルサト?・・・どこですか」

 「鹿児島45連隊だ」


周明氏は少し驚き、


 「鹿児島? 第6師団でしたか」


岡田氏は周明氏を睨(ニラ)み、


 「貴様(キサマ)も九州か」

 「私は山形生まれの熊本育ちです」

 「貴様は山形か。で、どこで編成された」

 「編成? ああ、この病院で」


岡田氏はまた周明氏を睨む。


 「貴様も狂っておるの。・・・まあ良い。戦線もこんな展開になってしまったら、狂うなと言っても無理な話だ」


周明氏は夕日を見ながら静かに一言、


 「・・・戦争は負けましたぞ」

 「負けたか。だからどうした。俺は国には戻らない。俺は敵前逃亡者だ」

 「何をおっしゃる。あなたは今も戦っているじゃないか」

 「うん? 面白い事を言うヤツだ。俺は脳の病だ。励ましても無駄だ」


周明氏は怪訝な顔で岡田氏を見る。


 「自分の病(ヤマイ)が分かってらっしゃるんですか?」

 「自分の事は自分が一番良く分かる。俺は敗残兵で多くの部下を見殺しにしてしまった。戦場を逃げて帰って来たんだ。だから、ここに居るのが一番なのだ」


周明氏はそっと岡田氏の淋しそうな横顔を見る。


 「・・・、岡田さん、そんなに自分を責めなさんな。生きて国に戻れたのも何かの運命(サダメ)です。天は残された者に重任を荷す。我々の祖国を今一度、蘇(ヨミガエ)らさなくては」

 「大川と云ったな。貴様は患者か?」


周明氏は明るく、


 「患者? ハハハ、私は患者にされたんです」

 「された? 面白い事を言う気違いだ。俺の部屋は106だ。一緒に来るか!」

 「いや、今日の所は遠慮して置きます。今度は私の方からお邪魔します。お邪魔でなければ」

 「ジャマ? 邪魔ではない。何も御構いは出来ないが、朝倉に言って茶と菓子ぐらいは出してやろう」

 「ああ、そりゃあ有り難たい。ハハハハ」


周明氏は自分の部屋に戻ろうとする。

と、103号室のドアーが開き、堀田氏が寝巻きを抱えて出て来る。


 「あッ! 大川先生」

 「おお、堀田くん。風呂か。今日は誰と」

 「杉浦さんです」

 「杉浦?」

 「104号室の杉浦誠一と云う患者さんです。戦争画家だった方ですよ」

 「画家? 戦争画家ですか・・・。で、例の小説の方は順調に進んでますか?」

 「大分進みました。多分、面白い作品に成りますよ」

 「そりゃあ良かった。是非、後で読ませて貰いましょう」

 「だめです。トップシークレットですから。洩れたら終身刑に成ってしまう。ハハハハ」


堀田氏は二人の前を通り過ぎ、奥の風呂に向かう。

岡田氏は周明氏を見て、


 「先生? アンタは先生か。ノイローゼにでも成ったのか」

 「ノイローゼ? そう言えば 戦争ノイローゼ かもしれないな。ハハハ」


岡田氏は周明氏をキツイ目で睨む。

                          つづく

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