第20話 疾患者の喧嘩
疾患者の喧嘩
夕方、病棟の廊下が騒がしい。
また岡田氏と山田氏が喧嘩をしている。
「何を~? 貴様(キサン)!」
「貴様? アンタ、ふざけちゃいけないわよ。手を持って来いとか突撃だとか。戦争は終わってんのよ。煩(ウルサ)くて眠れやしないじゃない。アンタだけの病院じゃないのよ。いい加減にして頂戴ッ!」
岡田氏は怒りに手が震え、頬が紅潮している。
岡田氏は山田氏を睨んで、
「貴様(キサン)・・・オマエは連日の激戦で頭がおかしくなったんだ。少し休め。お~いッ、軍医を呼べーッ!」
岡田氏の大声が廊下に響く。
渡り廊下を隔てた西病棟(女子病棟)から笑い声が起こる。
堀田氏が部屋のドアーをそっと開けて廊下を覗く。
山田氏が岡田氏を見て怒鳴る。
「激戦? アンタ、本当に戦ったの? 本当に戦った人はこんな所には居ないのッ! 皆、靖国神社ッ! バカッ!」
「バカ? くッ、くそ~・・・。貴様(キサン)、上官を侮辱したな! 軍法会議だ。貴様のような兵は皇軍に非ず。俺がこの場で処するッ!」
「おお、やって貰おうじゃないの」
山田氏は廊下に座って諸肌(モロハダ)を見せる。
肩から背中にかけて見事な『鯉の滝登り』の刺青がさしてある。
そこに不似合いな、乳バンド(ブラジャー)のストラップラインがくっきりと残る。
「さあ! スッパリとやって頂戴!さあ・・・」
赤い乳バンド(ブラジャー)が廊下に落ちる。
岡田氏はたじろぎ、
「貴様(キサン)~、ヤクザ者(モン)かッ! 弾を使うのはもったねえ。刀の錆にしてくれる」
岡田氏は廊下の隅に立て掛けられた箒(ホウキ)を取り、自分に気合を掛ける。
「キエ~ッ!」
廊下に座った山田氏は岡田氏を見て、
「バカ、田舎芝居やってるんじゃないわよ。そんな物(モン)でアタシの鯉太郎が切れるもんなら、あッ、切ってみろ~!」
岡田氏は苛立(イラダ)ち、目を見開いて、
「なに~ッ!」
西病棟から黄色い声が。
「よッ、日本一! 影か柳か~勘太郎さんか~」
堀田氏がドアー陰で覗きながら笑って居る
西丸(医師)が廊下を走って来る。
箒(ホウキ)を振り上げている岡田氏を見て怒鳴る。
「あッ、岡田さん。ダメッ! 何をしているッ!」
西丸が岡田氏と山田氏の所に走り寄る。
「岡田准尉! 落ち着きなさい。ホウキ、いや、刀を下ろしなさい」
「おお、軍医か。この男は気が触れてしまった。早く処置してくれ!」
諸肌を見せて腕を組んでいる山田氏が、吐き捨てる様に、
「ケッ、よく言うよ。こんな気違いが隣に居たんじゃ、アタシの化粧ものらないよ」
「? そんな事はないんじゃないか。今日の山田さんはとても綺麗だよ」
山田氏は振り返って西丸に熱い視線を送る。
西丸がたじろぎ、
「あッ、いやッ、山田さん、とにかく部屋に戻ろう」
「いいわよ。さッ、行きましょう」
「いや、私は岡田さんと少し話があるんだ」
山田氏は妖艶な眼差しで西丸を見る。
「え~?・・・そう。じゃッ、ア・ト・デ・・・」
「うッ・・・うん? そッ、そうだね」
西丸の背筋に悪寒が走る。
山田氏が上着の裾をズボンに押し込み部屋に戻って行く。
岡田氏は握った箒(ホウキ)をジッと見詰めて、
「・・・俺の部隊もあんな奴(ヤツ)ばかりに成ってしまった。満州から転進してきた時は戦意も高かったのに・・・。今じゃ、元ヤクザまで女々しく成ってしまった」
西丸が、
「気にするな。身体(カラダ)に障るぞ」
すると岡田氏が、
「俺がもし国に帰る事が出来たら、皇居に乗り込んでやる。天皇に一言、御箴言(ゴシンゲン)したい事が有る」
「おお、それはオオゴトだな。で、どう云う事だ」
「軍医、お前も来るか」
「勿論、ご一緒しましょう。アンタには私が必要だ」
「そうか。それじゃあ、頑張って生き延びよう。切腹覚悟の一世一代の大仕事だ。しかし、こんな所では話せない」
「そうか。その方が良い。飯でも食べて今日はゆっくり寝なさい」
「うん?・・・そうだな。お前も大変だが、国に帰るその時まで頑張ろうじゃないか。ハハハ」
岡田氏は握った箒(ホウキ)を放り投げて部屋に戻って行く。
山田氏の部屋のドアーがそっと開く。
妖艶な目つきの山田氏が西丸を見詰めて、
「・・・どお、終わった? シホさん・・・来て・・・」
山田欽五郎は、実に恐ろしい「せい同一性疾患(オカマ)」である。
つづく
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