第19話 山田欣五郎の悪夢

   山田欣五郎氏の悪夢


 山田氏が夢で魘されている

大海原に延々と連なる艦また艦。

スクリューの音が力強く波間に響く。

南方の島(ガダルカナル島)に、第三八師団の兵員と物資を運ぶ起死回生の海軍輸送船団の雄姿である。

山田氏の乗る 駆逐艦「涼 月(艦長杉谷長秀中佐)」が輸送船の側面を護衛しながら全速で「Sの字」走航をしている。突然、後方の艦で爆発が起こる。

駆逐艦 「涼月(リョウゲツ)」の艦上が急にざわめき始める。

宮下と云う海兵が、


 「潜水艦やーッ!」


山田氏の神経質な声。


 「くッそ~・・・、ヤッタワネー。おぼえてらっしゃい!」


手摺りを叩きタラップを駆け降りる山田氏。


 「宮ちゃん、水雷ッ!」


宮下が元気良く、


 「サイな~ッ!」


山田氏が伝声管を握って、杉谷艦長に「黄色い声」で確認をとる。


 「艦長ーッ! 発射準備完了ッ! いつでも良いわよーッ」


伝声管から杉谷艦長の声。


 「ヨッシャ~。待てヤ~・・・」


スクリューの音が不規則に変化しながら停止。


 「まだよ、マダマダッ・・・」


杉谷艦長が伝声管から気合の入った黄色い声。


 「テーッ!」


山田氏は胸に十字を切り空を睨む。


 「宮ちゃん! 神サンが見てるわよ。発射ーッ!」


一斉に艦上から「水雷(スイライ)」が発射される。

後方の駆逐艦の艦上からも、水雷が飛んで行く。

暫くすると、轟音と共に海中で水雷が爆発する。

水柱があちこちの海上から起こる。

山田氏は双眼鏡を覗いている宮下に小声で、


 「・・・ど~お? 当たった?」


宮下は小声で、


 「・・・油は~・・・見えヘンなぁ」

 「まだこの辺に居るはずよ。隠れたってダメッ!」


伝声管から杉谷艦長の押し殺した声。


 「音を立てるなッ! 音探を使っているんだぞ。バカタレが~・・・」


すると前方の艦から爆発音。


 「ドッガーン~・・・」

 「!、アカン。カマ欽(山田)ハン、こりゃアキマヘン。囲まれてマッセ」


伝声管から杉谷艦長達の声が微(カス)かに聞こえて来る。


 「・・・鮫(サメ)に囲まれてるようだ」


音探兵が小声で、


 音「真下深度八十に一(ヒト~ツ)ッ!」


杉谷艦長が小声で、


 「真下?・・・取り舵いっぱい~、微速前進、ヨーソー」


音探兵が小声で、


 「艦長。この下ッ! 居ます・・・」

 「よ~しッ、この下~・・・」


伝声管から杉谷艦長の声。


 「深度八〇! 水雷用~意・・・」


杉谷艦長の気合いの入った号令が。


 「テーッ!」


水柱が数本上がる。

暫くすると大量の油が浮いてくる。


 「ヤッターッ! 宮ちゃん、今夜は菊正(酒)ヨ~」

 「カマ欽さん、あまいデヨオー。サクラかも知れヘンデー」

 「サクラ?」

 「イタチの最屁や。燃料の栓抜いたとチャイまっか~」


杉谷艦長の冷静な声。


 「船影が消えた。ゴオーチン(轟沈)」


山田氏が叫ぶ。


 「ヨッシャ、サクラ咲くヤー!」


途端、「涼月(リョウゲツ)」の船主に轟音と共に火柱が上がる。


 「あッ! やっぱりサクラや。あかん、逃げるが勝ちや」


艦が急速に傾く。

スピーカーからまた杉谷艦長の冷静な声。


 「総員退避せよ~! 艦を捨て退避~」

 「アカン。アキマヘン。勝ち目アラヘン。カマ欽さん、逃げまヒョ」

 「逃げまヒョ言うたカテ、この辺の海って鱶(フカ)だらじゃない」

 「ドナシマヒョ。後門の虎、前門の狼ですワ」

 「宮ちゃん、イチかバチか。こうなったら鱶(フカ)の餌(エサ)になりましょう。アンタ、生きてたら川崎のこの住所に手紙でも書いて」


山田氏は海軍手帳を開き一枚引きちぎり、鉛筆で急いで住所を書く。


 「そんな、淋しい事言わんといてナー」

 「ウルサイッ! 行くわよ。せ~の、あッ、アタシの手を握ってて」

 「カマ欽さ~ん、これやったら特赦(トクシャ)なんかにならん方がよかったワ~」

 「ごちゃごちゃ言ってないで、行くわよッ! イチニーの鱶(フカ)の餌ッ!」


山田氏は大声で泣き出す宮下の手を握り、海に飛び込む。


 鮫島が山田氏の身体をゆすっている。


 「山田さん! ヤマダさん! 大丈夫ですか? 山田さ~ん」


山田氏が目を覚ます。


 「あッ!・・・此処は何処? アタシは誰?」

 「夢を見てましたね。こんなに汗をかいて」


山田氏は深く溜息を吐き、


 「・・・、鱶(フカ)の餌ッ! 怖かったわ~」

 「フカの餌? 鮫(サメ)じゃないのですか?」

 「鱶(フカ)よ、鱶(フカ)。鮫より、ず~と怖いわ」

 「?・・・。どんな夢を見たのですか?」

 「潜水艦に周りを取り囲まれて、「涼月」の鼻先に魚雷が命中したのよ。冗談じゃないわよ」

 「リョウゲツ?」

 「アタシの職場」

 「ああ、軍艦でしたね。へ~。で?」

 「それで?・・・思い出せない。何か・・・海に飛び込んだみたい。クワバラクワバラ」

 「あッ、ごめんなさい。無理に思い出さなくても良い事よ」

 「ああ、イヤだイヤだ。戦争なんてもうウンザリ。アタシ、よく生き残ったわ。皆んな、魚の餌や土の肥(コヤシ)になっちゃったんだもの。人間なんてエゴの塊よ。何で死にに行かなければならなかったのかしら? 頭の良い学生も沢山居たのよ。とっても空(ムナ)しいじゃない。アタシって、誰と戦っていたのかしら。アメリカ兵なんて見たことないのよ。いつも、弾や魚雷と戦っていたの。バッカみたい」

 「・・・。で、ミヤちゃんて誰ですか?」

 「ミヤちゃん? 誰それ」

 「魘(ウナ)されながら、ミヤちゃんミヤちゃんて言ってましたよ?」

 「えッ!?・・・思い出せないわ。きっと魚の餌になった人でしょう。どうでも良いわ。昔の事は思い出さないようにしているの」

 「山田さんて何と無く素敵な人ですね」

 「お世辞使ってもダメよ。あッ、それよりあの下着どうなったの?」

 「ああ、もう少し待って下さい。アメリカ製のナイロンだから時間が掛かるの。メリヤスなら私の使ってないブラを差し上げましょうか」

 「そんな安物、要(イ)りませんッ!」


 「参 考」

宮下昇一等水兵「娑婆で、運良く特赦の恩恵を受け海軍に入隊した大阪 河内出身の前科者」

                          つづく

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