第18話 山田欣五郎

   山田欣五郎氏・107号室(性同一疾患者)


 107号室の病室のドアー枠に「山田欽五郎(元 海軍兵)」の名札が掛っている。

娑婆では川崎の港湾労働者を束ねる 「山田組会長の『息子』」 である。

戦時「カマキン」と呼ばれ、駆逐艦「涼月」の艦内で非常に恐れらていた『男?』である。


 山田欽五郎氏のカルテから。

「一年前の四月七日、戦艦「大和」を護衛中、米艦載機の魚雷を受けて涼月の艦首を失うが、運良く佐世保に帰還。その直後、艦は沈む。が、山田は九死に一生を得て、戦後、故郷「川崎」に戻る。某日、大森の銭湯(朝日湯)にて着替え中、乳バンド(ブラジャー)を巻いている「本人」を番台の主人が見付け、この病院に「措置療養」する事に至る。そして、暫くして東病棟に・・・」


 「十時三十分」

院長回診の時間である。

内村(院長)が、西丸(医師)、畑 (婦長)、朝倉(看護婦)、鮫島(看護婦)を引き連れて107号室まで来る。

内村は金網入りのドアーの覗き窓から部屋の中をそっと覗く。

と、山田氏も部屋の中から覗き窓を覗く。

内村は驚いて顔を逸らす。

山田氏が力強くドアーを開け、


 「もう、やめて下さいよ~。院長たら。水臭いんだから~」


内村は取り繕(ツクロ)いながら、


 「アッ、いあ、失礼。畑くんが言うんでつい・・・」


畑 は驚き、内村を見て、


 「は~あ?!」

 「イヤッ、まあ。で、どうです? 調子の方は」


山田氏は腰を前後させながら妙な返事を返す。


 「う~ん・・・。すこぶる快調! どうぞ、入って。散らかってますけど」


山田氏の病室に足を踏み入れる内村。

内村は部屋の中を見回す。

部屋の中は蒲団がきちんと畳まれて塵一つ無い。


 「・・・山田さんの部屋はいつも綺麗だねえ」

 「ヤダ、先生~。お世辞使っても何も出ないわよ。さあさあ、畑さんも朝(アサ)ちゃんも鮫(サメ)ちゃんも入って」


西丸だけは廊下で天井の一点を見詰め、入らない。


『化粧の臭いのする部屋』


山田氏は西方を無視してドアーを激しく閉める。

西丸は廊下で、107号室のドアーをキツイ眼で睨む。

山田氏は部屋の中で内村を艶かしく見て、


 「良かったわ。今日は朝から淋しかったの。何かお話しして行って」

 「えッ!? あッ、そ、そうだね・・・」


内村が山田氏の顔を見て、


 「・・・今日は雰囲気が違うね」

 「ベニ(口紅)を引いたの」


山田氏は柱に下がった鏡を覗き、


 「どお? この色?」

 「えッ! あ、いや、山田さんにピッタリだ。唇が突き出ているようだ。ねえ、畑くん」


畑 は目を逸(ソ)らしながら、


 「エッ! あッ、まあ。・・・そう・・ですね」


山田氏は振り返り、


 「や~だ、院長たら~。それじゃヒョットコじゃない。・・・あッ、そう! この前、朝倉さんに、この雑誌お借りたわよね」


山田氏は朝倉に「アメリカの婦人雑誌」を見せる。


 「ああ。何か良いモノ有りました?」


山田氏はシオリを通したページを開き指をさしながら、


 「どお? この下着・・・」


畑 が開いたページを覗く。


 「ええッ! こんな派手なの誰が着るの?」

 「派手~? お尻がスッポリ入って良いじゃない?」


朝倉は雑誌の下着の「色」を見て、 


 「山田さんて赤が好きねえ」

 「赤は魔よけッ! アタシが助かったのも紅い袴下(コシタ)を穿いてたからよ」


畑 は驚き、


 「そんなの穿いて戦争したのッ!」

 「何か文句あるの?」


山田氏はキツイ眼で畑 を睨む。


 「いや、別に・・・。それはそうと、ねえ。これは・・・」


と朝倉が雑誌のモデルに指をさす。

鮫島が、


 「良い色ね。桃色・・・」


山田氏は頑(カタク)なに、


 「アタシは赤ッ!」

 「派手ッ!」

 「何言ってるの、アタシよ。この位ツケなくちゃ。ここを出たら思いっ切り派手な物を付けて歩きたいの。アタシの夢ッ! ね~え、院長?」

 「うん? うん。まあ、素晴らしい夢だね。私も見たいねえ」

 「ええッ! 院長、大丈夫ですか?」

 「いや~、山田さんの夢だ。大切に叶えてやらないと」


山田氏は、また柱の鏡で自分の顔を映し、「カツラ」を直す。

鏡を見ながら山田氏が、


 「院長。隣の男、煩(ウルサ)くて。手が無い手が無いって、バカみたい。しっかり付いているじゃない。頭がおかしいんじゃない」

 「そうだねえ。あの人は病気だからねえ。しかたがないよ」


 西丸が廊下の「覗き窓」から山田氏の病室を覗いている。


 「手が無いくらいで騒ぐなって。アタシの乗ってた船なんて舳先が無くなっちゃったのよ。部下の水兵がヤギの糞みたいにポロポロと海に落ちて行っちゃったわ。アタシの好きだった男も落ちて沈んじゃった。今でも思い出すと胸が締め付けられる思いよ。でもしょうがないわよね。アメちゃんだって彼氏を亡くした人が沢山居るんでしょう。戦争だもの・・・。でも、アタシは負けないわよ! この赤いアメちゃんの下着を付けてもう一度戦うの。彼氏の仇(アダ)をうってやるわ。院長、アタシと一緒に戦いましょッ!」 

 「うん? あッ、そうだね。私もこれを着て戦うか」


内村の指の先に、ヤンキー娘が付けた赤いガードルの写真が写っている。

山田氏が、


 「院長、赤は魔除け。院長もそれを付けたら勇気百倍ですッ! 主人の敵(カタキ)をとって下さい」

 「よし、山田さん! 私もこれを注文しよう」

 「院長、素敵! 大好き」


山田氏の内村を見る目が燃えている。

それを見ていた鮫島が、


 「二人ともいい加減にして下さい」


西丸が廊下から「覗き窓」を覗き、笑っている。

この『山田欽五郎私』も一応、病に臥せっているのである。

                          つづく

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