第6話 松澤病院看護婦長『畑 千尋』

     『看護婦長 畑 千尋』


 畑 が『102号室』で、周明氏に「入院中の規則」を説明している。

周明氏の担当医、西丸が入って来る。


 「いやいや、大川さん。良い部屋でしょう。気に入ってもらえたかな」


周明氏は西丸の脚を見て、


 「? 杖はどうしました?」

 「ああ、あれはヨソ行きだ」

 「ヨソ行き? 西丸先生は脚を撃たれたんじゃなかったのですか?」


西丸は驚いて、


 「撃たれた? 何故そんな事を知ってる」

 「え? いや、・・・」


西丸は周明氏を鋭い眼で見詰める。


 「まあ、良い。これはな・・・、実は撃ったんだ」

 「撃った?」

 「撃たれる前に撃った。あんな戦争で命なんか捨てられるか。私は最後の一発で生き延びたんだ。あんたインパールって知ってるか?」


周明氏は憮然と、


 「勿論」

 「ハハハ、それは失敬。怒るな。血圧が上がるぞ」


西丸は話をそらす。


 「ところで、アンタは俘虜だったらしいが?」

 「違います!」

 「違う? 民間人が気が狂(フ)れたとも思えんがね」


畑 が二人の話を割って、


 「大川さんは戦犯です」

 「戦犯!? ほ~う。で、沢山ヤッ(殺す)たのか」

 「私は、人は殺していません」

 「まあ良い。ヤラなければヤラれる。それも味方にな。それでも戦犯だ。まさに前門の虎、後門の狼とはこの事だ。ハハハ」


西丸は戦争をバカにした笑いをする。


 「西丸先生は赤月毘法と云う方をご存知ですか?」

 「赤月?・・・おお、知っている。アイツも戦犯になったのか」

 「いや、ここに来る前に診てもらった医師です」

 「? どこで」

 「東大病院」

 「東大病院? アイツ、そんな所に紛れ込んだのか。よく生き延びてるな。『731』に居たくせに」

 「ナナ・サン・イチ?」

 「いや、何でもない。しかしアンタは随分特別待遇だな。僕はどのように治療したら良いのか分らないぞ」

 「院長からは定時の体操と入浴、減塩と滋養物の摂取を勧められております」


西丸は周明氏を見て、


 「アンタ、脳病か?」


畑 が、


 「高血圧疾患なので安静が必要なのです。西丸先生、あまり大川さんを刺激しないようにお願いします」


西丸は周明氏をまじまじと見て、


 「コウケツアツ?」

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