第3話 都立松澤病院(精神病棟)へ

    『そして都立松澤病院へ』


 甲州街道を西に向かって、一台の米軍用トラックが走り抜ける。

運転しているのは日本の巡査『村瀬源太郎』である。

村瀬巡査は現在「進駐軍・本部付き」の運転手である。

隣に太ったMPが、葉巻を咥えて村瀬巡査に命令する。


 「ターン! インターセクション レフト!」


村瀬巡査は適当な英語で、


 「OK~、OK~!」


MPは大きな態度で村瀬巡査に葉巻を勧める。


 「シガ~?」

 「ノーサンキュー、マイ フレンド」


怪訝な顔で村瀬巡査を見るMP。


 「フレンド? オウ、ユーアー ナイスガイ。マンキージャップ・・・チュインガ オア チョコレ?」

 「オウ チュインガム プリーズ」

 「OK、OK、マンキー ジャップ! ハハハハ」


トラックは『東京都立 松澤病院 梅ヶ丘分院』の玄関前に着く。


太ったMPが、


 「ストップ! スローリー・・・」

 「イエッサー!」


トラックが静かに停まる。


 「アンロード ラゲッジ イン ザ バック!」

 「イエッサー ボス!」


勝ち誇った様な態度でMPが笑う。


 「ハハハハ、マ・ン・キー」


 初夏、病院の広場に蝉が息せき切ったように鳴いている。

村瀬巡査がトラックを降りて荷台の幌(ホロ)を開ける。

奥に小さくなって周明氏が座って居る。


 「先生ッ! 着きましたよ。・・・ナメヤガッテ、あのアメ功・・・あん時、もう一人ヤッ(殺す)とけばよかった。先生、負けちゃいけませんよ」


周明氏は村瀬巡査をチラッと見て、眩(マブ)しそうに荷台から降りて来る。

どこと無く下町風で、饒舌な村瀬巡査である。


 「俺も殴りたい男が二人いるんですよ。牟田口と俺の上官の矢野のクソ野郎です。アイツ等生きて帰りやがって・・・。しかし、先生は凄い! それを飛び越えて、東条のあの禿げ頭を殴った。大したもんだ」

 「殴りはしない。あれは叩いたんだ」

 「はあ?」


太ったMPがフェンダーミラーから村瀬巡査を見て、


 「ハリー アップ! マンキー」

 「イエース、イエス。タコ野郎」

 「ホワッ? タコ?」

 「NO、NO。チョコレー、ミルクパウダー、タコヤキ、ギブミー ボス!」

 「OK、ハリー アップ! アイム ハングリー」


 玄関から麦わら帽子を被った松澤病院院長 内村祐之(周明氏の主治医)と、ナースキャップの畑 千尋(看護婦長)が出て来る。

村瀬巡査は二人を見て、踵を鳴らし軍隊調の挙手(敬礼)をする。


内村は村瀬巡査を見て、


 「ハハハハ、戦争は終わったぞ」

 「はい! 失礼しました。大川先生をお連れしました!」

 「ご苦労さん」

 「はいッ! 先生を宜しくお願いします!」

 「勿論だ」

 「はッ! じゃッ、村瀬上等兵帰ります!」


また挙手をする村瀬巡査。


内村は村瀬巡査をしみじみと見て、


 「君も少し療養するか?」

 「え? いや、あの~、まだ・・・」

 「ハハハハ」


MPがイラついて、


「ヘイ、カモン。ムラセ! ハリー、ハリー」


MPが軍用トラックの助手席から自分の腕時計を指さし、手招きをする。


村瀬巡査は太ったMPを見て、


 「うるせ~なー、タコ!」


MPがキツイ眼で村瀬巡査を睨む。

村瀬巡査が、


 「イエッサー、タコヤキ」


村瀬巡査が走ってトラックの運転席に乗り込む。


トラックの運転席から顔を出し、周明氏を見て、


 「先生! 何かあったらいつでも呼んで下さいよ。ブっ飛んで来ますから」 


村瀬巡査はクラクションを二度鳴らして戻って行く。

玄関に立つ畑(婦長)。

周明氏を見て、


 「ご苦労さまでした。ここでゆっくり身体を休めて下さい」


内村も周明氏を見て、


 「大川先生、よくやりました。あれは常人では出来るものではない。私も二、三人頭をハッてやりたいヤツが居るんですけれど中々チャンスがないし度胸もない。先生は歴史に残ります。さあ、さあ、奥で美味しいドーナツでも食べましょう。ハハハ」 

 「さッ、先生、行きましょう」


周明氏は二人の後に付いて病院内に入って行く。

廊下に初夏の鋭い光が漏れる。


 院長室から笑い声が聞こえて来る。

周明氏が美味そうにドーナツを食べている。


内村(院長)が、


 「どうですか、自家製ドーナツの味は」

 「私は生来甘いものが苦手です。しかし、この甘さは実に美味だ。羊羹などとは比較にならない」

 「佐藤と云う看護婦が作ったんです。院内ではすこぶる評判でね。よかったらもう一つ」

 「じゃ、遠慮なく・・・」


畑(看護婦長)が、


 「コーヒーのお替りは?」


周明氏、


 「・・・出来たら、私は紅茶の方が」

 「あら、御免なさい。大川先生はインド通でしたね。気が付きませんで。ちょっとお待ち下さい。今お持ちしますわ」

 「いや、私は病人です。あんまりお構いしないで下さい」

 「あ~、そうでしたね。先生は病人だったんですね。ハハハ。で、何の病気でしたっけ」


周明氏は内村を見る。


 「・・・」

 「おお、そうだ。先生に担当医を紹介しておこう」


畑が紅茶を盆に載せて院長室に入って来る。


 「畑さん、西丸先生を呼んでくれないか」

 「あッ、はい」


畑はテーブルに紅茶を置き、院長室を出て行く。

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