第2話 米軍病院から東大病院そして

       『米軍病院へ』


 白い護送車が米軍病院(US MILITARY HOSPITAL)の正門を入って行く。

MPの門番が「捧げ銃」をする。

護送車が玄関に到着する。


二人のMPが護送車の後部ドアーを開ける。

周明氏が裸足で「水色のパジャマ」を着て奥に座っている。

MPが、


 「Come on. Hare up !(早くしろ!)」


周明氏はMPに追い立てられ護送車を降りて来る。


眩しそうに外を見渡す周明氏。

駐車場には大きな「五葉松」が堂々と控えている。


 「 病院か?・・・」

 「You go to Psychopathic Area !(気違い病院だ」」

 「サイコ? 私は脳病にされたのか」


周明氏は嬉しそうに大声で笑いながら病院に入って行く。


 一週間後、周明氏は二人のMPに連行されて米軍病院の裏口から出て来る。

白い幌付きのジープが周明氏達三人の隣に停まる。

周明氏はMPの一人に、きつい眼差しで、


 「リターンか?」

 「No , Hospital changed !(違う病院に移す)」

 「チェンジ? 今度は何処に連れて行く」

 「It's not necessary to answer !(答える必要は無い!)」

 「私は気違いだ。どこに行っても治らない。オマエのような侵略者達に私の気違いの原因なんか解(ワカ)るはずがない」


       『東大病院へ』


 東大病院の裏門(救急搬出口)に白いジープが停まる。


 「Get off ! Mad monkey.(降りろ、気違いサル) 」


周明氏がジープから降りて来る。


 看護婦が周明氏を出迎える。


ジープはタイヤの下の砂利を蹴り上げ、周明氏にぶつけて戻って行く。


看護婦は白衣に赤十字のナースキャップを被り、白靴が眩しく輝いていた。


周明氏は思わず涙ぐむ。


看護婦は周明氏に近づいて、


 「どうしました?」

 「いや、ちょっと・・・」

 「良いんですよ。此処にはアナタの様な患者さんが沢山いますから」

 「私の様な患者?」

 「そうです。戦争障害者です。ご苦労様でした。大変だったでしょう。さあ、行きましょう」


仄暗い廊下の奥に、「精神科」の挿し札が見える。

看護婦が指差し、


 「あそこで、先生がお待ちです。まず、問診をしましょう」


     『精神科医・赤月毘法』


 東大病院精神科診療室で赤月毘法(鹿児島県出身 医師)が周明氏の問診を行っている。


 「アバッ! そうでしたか。満鉄に・・・。ドンも満鉄病院に勤務してた事があります。ジャワ、フィリッピン。同期の医師は二人しか生き残って居りません。・・・先生の事は新聞で読みました」

 「え?」

 「あの東条の頭は、なかなか叩けるもんではありませんよ。戦争が終わってもねぇ。・・・で、ドガンしましょう?」

 「は?」

 「病名ですよ。米軍病院の見立ては『梅毒性精神疾患』と書いてありますが」

 「バイドク?」

 「覚えが有りますか」


周明氏は憮然とした顔で、


 「覚えはありませんッ!」


赤月は周明氏を見て、


 「う~ん、梅毒はないなあ。これは消して突発としておきましょう」


周明氏は机の上のカルテを見て、


 「突発性精神疾患?」

 「ええ。永久に治りません。ドンもそうですから」


周明氏は赤月の顔を見て、


 「ドンも・・・」

 「コイで良ヨカでしょ。この病名でGHQには提出しときます。どちらを採るかな? いや、ソン前に負けた国のカルテなんど見てくれんでしょう。コイがドンのささやかな『抵抗』です。ハハハハ」


赤月は米軍のカルテの文字を斜線で消して、ドイツ語で「Plötzlichkeit(突発性)」と大きな文字で乱雑に書き直す。

そして、


 「そうだ! 大川さんに良い病院を紹介しましょう。ビルマの生き残りで、足を撃たれた松葉杖の医師が居ります。そいつは、同期で生き残った二人の内の一人です。名前を、西丸四方(ニシマル・シホウ)と云う精神科医です。帝大でインド哲学を学び、医学を専攻した優秀な男です。いま、紹介状を書きます。あそこなら誰にも邪魔されんと、ゆっくり静養が出来るでしょう」

 「あの~・・・」

 「は?」

 「どこの病院ですか?」

 「ああ、松澤病院(マツザワビョウイン)です」

 「マッ、マツザワ?」

 「ご存知でしたか」 

 「脳病院じゃないですか」

 「です、です。ジャッド、東(ヒガシ)病棟なら大丈夫。長期療養患者がズンバイ居(オ)る所ですから。ハハハハ」

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