僕はプロになれなかった!

崔 梨遙(再)

1話完結:1200字

 企業の採用のお手伝いをしていた時期が長かった。中小企業では人事部長だけではなく、社長が面接することも珍しくない。そして、僕達のような採用に関する仕事をしている人間が同席することも珍しくない。1次面接くらいであれば、会社の人間がいなくて、僕達だけで完全な面接代行をすることもある。



 それは、或る企業の面接に同席した時のことだった。社長と人事部長がいた。その時の面接は、高卒の新卒の面接だった。高卒は新卒に関しては面接で気を遣わなければいけないことが多い。デリケートな時間なのだ。


 その日は、丸1日、高卒の新卒の対応だけに費やすことになっていて、午前中は筆記、午後からが面接だった。筆記は全員集合したので、その後の昼食など、空いた時間に多少は応募者同士での会話も盛り上がっていたようだった。いい雰囲気だ。昼休憩の間に、僕は筆記テストの採点を終わらせていた。さあ、面接だ。


 だが、その年は応募者が多かった。この20年ほど、その年によって求人が増えたり減ったり、差が激しかった。だから、求人の少ないその年は応募者が多かったのだ。本来であれば、そんなに多くの応募者を得られる企業では無かった。まあ、初任給は高く設定している。しかし年間休日数が少ない。人気の職種ではない。こちらとしては、或る程度は多目に採用してもいいのだが、全員を合格にするのは今回は無理っぽかった。


 何人目だったか? 或る女の子が入室した。この時は個別面接だった。地味だが真面目そうな娘(こ)だった。が、面接はボロボロだった。緊張しているのだろう。午前中の筆記テストの結果もボロボロだった。だが、面接は普通に進み、


「最後に一言、何かありますか?」


と聞いた。全員に聞いていることだった。


 すると、女の子は泣き出した。


「筆記も面接もボロボロでしたけど、私は、働いて家にお金を入れないといけないんです」



「崔さん、あの娘はどうかな?」

「御社の採用基準からすれば、不採用です。ですが、僕個人の気持ちとしては採用してあげてほしいです」

「そうか、崔さんらしくないな、いつもなら“迷ったら、不採用にしましょう!”と言うのに」

「そうです。“迷うくらいなら不採用”、それは僕のプロとしての採用基準の1つです。ですが、すみません、今回、僕はプロとして徹することが出来ないです」

「いや、俺も採用したくなった。採用しよう」

「プロになりきれなくて、すみません」

「いやいや、気にするな」



 その娘は採用されたが、僕はプロとして徹しきれなかったことを反省し続けている。今も反省している。あれで良かったのか? 自問する。僕はプロじゃなかったんだと落ち込む。甘い! 僕は甘いのが悪い所だ、甘さは優しさとは違うと思う。とにかく、今もモヤモヤして忘れられない女の娘だった。



 という、失敗談です。







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