第7話 豊かさと引き換えに
異常な生物たちだった。
明らかに常軌を逸している。
大きすぎるミミズ、そしてムカデ。
本来は逃げるべき、か弱い小動物も、森の中で見たウサギさえも、何を思ったのか人間に襲いかかってくるのだ。
いや、人間ばかりではなく、巨大な蛇、大空を舞う猛禽類にさえも、小さな牙を剥いた。
数十年前はこうではなかった。
生命のヒエラルキーに応じて、小動物は逃げ、捕食者は当然のようにその上部に君臨していた。
勇者が魔王を倒してからは、長らく平和が続いている。
しかし、その代わりに動植物に異変が生じている。
特に、魔王の居城であった迷宮からほど近い場所に異常が集中していた。
植物も動物も、巨大化しているのだ。
先に言ったように、ミミズや地中に生息する虫や昆虫の変質が特に著しい。
魔王が復活したのではないか?
絶対にあってはいけない、最悪の事態を想像して、己の妄想に皆が怯えていた。
数十年も前に、魔王を倒した勇者とその一行は、帰還後に目的を失った虚無感からか、意味不明なうわ言を繰り返していたが、戦い後の世界の平和を見届けるように、相次いでこの世を去っている。
魔王が蘇ったとなれば、数百年に一度と言われる、新たな勇者の誕生を待つしかない。
国王は、この異常事態を重く受け止め、原因究明の為の騎士団を組織した。
原因究明の為に選びぬかれた猛者たちは、かつて勇者とその一行が潜った、魔王の地下迷宮へと足を踏み入れていった。
かつて勇者が作った迷宮の地図は、詳細にその迷宮の行程を記録していた。
入り口付近は、盗賊に荒らされた形跡があったが、階下へと進むにつれて盗賊の痕跡はなくなっていった。
所々に散見されていた、生き物に無惨に食い殺された、甲冑を着た盗賊の骨も少なくなっていく。
ダンゴムシが、ムカデが、ミミズが・・・。
全てが桁違いの大きさであった。
しかし、どの個体もなんとなく形がいびつに歪んでいた。
ある者は、目玉が一つしかなかった。
口がいくつもある者。
多足であるムカデの中には、片側の足がすべてない者さえも存在していた。
醜悪な生き物は、騎士団を体毛の無い、食べやすい餌として襲ってきた。
洞窟内のネズミは、イノシシ程の大きさがあった。
数日で調査を完了させる予定であったが、工程は思いの外に難航した。
調査隊の歩みは、遅々として進まない。
国王の命もあり、食料が尽きるとも転進は許されなかった。
騎士たちは、かつての勇者一行と同じように、洞窟のネズミを食い、ミミズの体液を絞り喉を潤している。
「 進め、進め!! 」
極寒の土地だと言うのに、迷宮内部は常に下層から発熱があるかのように、地中の水分が水蒸気として充満していた。
早く進まねば、ムンワリとする暑さの中で気が狂いそうであった。
早く最下層の魔王の骸を確認し、地上に降り注ぐ陽光を仰ぎたかった。
騎士たちは汗まみれとなり、洞窟ネズミとは違う、凶悪な人間の体臭をプンプンと発しながら 奥へ奥へと進んでいく。
我々が、凶悪な匂いを発しているためか、徐々に食べ物が近寄らなくなってきた。
騎士たちは、自ら求めてムカデを追いかけ、ミミズを掘り起こし ながら進んだ。
ようやく到着した魔王の居城の入口には、重厚な扉が重々しく迷宮の天井まで、見上げるほどに大きく我々を威圧していた。
『入るな!!』
扉の存在が、何人たりとも踏み込ませない恐怖を与えていた。
鉛製の重い扉だった。
騎士団の全員が、扉に手をかけその扉を押そうとした時に気づいた。
ちょうど目の高さに、人間の言葉で描かれた注意書きがあった。
「開けるな!」
「 我々は、魔王と戦い奴に瀕死の傷を追わせ、この地に魔王を封印した。」
「これは、死を前にした魔王の意思でもある。」
「魔王は生きながら、その身を持って災厄を閉じ込めている。」
「魔王の恐怖は、魔王の死とともに広がって行く。」
「外傷がなければ、魔王は不死である。」
「魔王は、我々の与えた傷で動くことさえ出来ない。」
「世界の平和を守るため、魔王は殺さず、何人もこの封印を解くべからず。」
そして、伝説の勇者とその一行の名前が、はやくこの場を離れたがっているように、乱雑に刻まれていた。
何かの間違いではないのか?
勇者は、魔王を打ち倒したはずである。
生きている?
そんなバカな!
一人であれば、気心のしれた仲間であれば、俺はこの扉を開けることなく、すぐにでも引き返したであろう。
しかし、王命を授けられ、部下を引き連れて命がけでここまで来たのだ。
扉も開けず、魔王の骸も確認せずに帰れる道理は無かった。
帰りたいが、帰れない。
皆が同じ気持ちだったのかもしれない。
俺たちは、鉛製の柔らかくも重厚な扉にグッと力を込めていった。
密閉度が高かった巨大な扉であったが、勇者一行が押し開き、再び封印をした。
その時には、以前よりも遥かに密閉の度合いが下がっている。
扉の機能を破壊するように、騎士たちは力任せに再び扉を押し開いった。
広い部屋の中心に台座がある。
暗闇の中で、その台座の一部がぼんやりと青白く輝いていた。
「グゥ〜・・・、グフゥ・・・。」
地獄の守り神であるように、巨大なドラゴンが頭をもたげた。
遥か頭上で弾けた声が、脳に直接語りかけてきた。
「来てはならん!」
「すぐに、扉を閉めて立ち去れ!!」
弱々しい声であった。
青白く輝いている部分は、肉体からはみ出した骨のようであった。
これが勇者が与えた傷なのだろう。
「こいつ、腐ってやがる・・・。」
確かに魔王は、今にも死にかけているように見えた。
勇者にやられた瀕死の傷を、再生できないようであった。
どちらにしても、ここで殺しておくのが世界のためだと思った。
騎士団は、一斉に弱者に向かって剣を抜いた。
「来るな、来るな、来てはダメだ。」
「来るなと言われて、殺しに行かない奴は、ここには居ないんだよ!」
騎士達は、長剣を魔王に突き立て、柄をねじって傷口を大きく広げた。
「いかん・・・。」
「もう、私は死ぬ。」
「この地に封をして、消して何人も立ち入らせてはならん。」
「私の肉体を、外界に持ち出すこともならん。」
「いいか? これだけは約束してくれ。世界の平和のために、全ての生物のために、儂をこの地に閉じ込めておくのだ。」
「防御の障壁である私の肉体が腐り落ちる前に、鉛を溶かして、この迷宮を埋めるのだ。」
「お前らは、一刻も早くその扉を閉めて逃げよ・・・。」
魔王の眼光が、魔王のうわ言の中でスーッと消えていった。
しかし、勇者の与えた傷で、腐り落ちた肉体から覗く骨の輝きは失われることは無かった。
「おい! こいつはすごいぞ!!」
魔王の骨を削ろうとした男の剣が欠けていた。
「こいつは硬いな。」
積み上げた台座の岩を掘り起こし、俺達は、魔王の骨に何度もぶつけた。
ようやく、折れた骨の欠片を、俺は国王への献上品として布に包んだ。
「よし! これより帰還する。」
「魔王がネズミに食われないように、厳重に扉を閉め封をせよ!!」
「これより我ら騎士団は、王に報告の後に再び魔王の輝く骸の採集に戻る!」
「莫大な恩賞と、我々の未来は、ここに 約束されたようなものだ!!」
来る時には、あれほど長く感じた距離であったが、地上を目指して登っていくにも関わらず 、我々の足取りは、未来へ向かっていくように軽いものであった。
部屋を暗くした王家の間に、魔王の骨が青白く輝き、周りを取り囲む大臣たちの顔を輝かせていた。
「これは、素晴らしい!」
「一体、どうやって発光しているのだ、まるで、星空をこの手で掴むようだ。」
「仄かに温かみすら感じるぞ。」
「掘削隊は、魔王を地下迷宮より運び出すのだ!!」
熱のこもった迷宮の中で、魔王の死骸は腐り溶け落ちていた。
青白く光るむき出しの骨が露わになりつつあった。
扉を押し開いた作業員が、感嘆の声を上げる。
煌々と輝く魔王の姿は、悪臭を発しているにも関わらず、天空に住まう龍神にさえ見えた。
「よし! 運び出すぞ!!」
迷宮の暑さのためか、宝物を前にした興奮による過労のためか、作業員たちはバタバタと倒れていった。
ようやく地上に引き出された、巨大に光る魔王の骨を、一目見ようと世界中の人間が集まって来ていた。
この盛大な集まりの中で、先発した騎士団の若者たちが、自宅でひっそりと死んでいった。
なぜ死んだのか、原因は誰にも分からなかった。
外傷も何もなかった。
ただ数名が、毒を盛られたように血を吐いて死んでいた。
あの有名な勇者一行と同じ死に方であった。
しかし、冒険から戻って数年も生きた勇者よりも、明らかに早い死であった。
勇者たちとは関係がない。
きっと、迷宮で食べたネズミやミミズの汁に当たったのであろう。
密閉された扉から引き釣り出され、密度の高い強靭な肉体も、鱗すらも魔王の身体からは腐り落ちていた。
今は、月光の下で、骨だけが煌々と青白い光を放ち続けている。
不思議なことに、極寒の地には、すでに春が訪れたような暖かい空気が覆っている。
街中にあるどの家も、ほのかに暖かくポカポカと幸せを感じる波動が伝わって来ていた。
魔王の遺産は、僕たちに幸せを運んでくれている。
皆そう信じて疑わない。
数年が経ち、少しずつ、ゆっくりと住民が減り始めていた。
死因は、全く分からなかった。
生まれる子供たちに、森の動物たちのような変化が現れてきていた。
鱗が生えた人間。
年老いた赤ちゃん。
これらは、魔王の祟りであると恐れられた。
室内には、永久に消えることのない、魔王の骨から作り出されたランプが、青白く幻想的な光を放ち続けている。
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