第6話 極上の甘い夢
一面の花畑が一変した。
赤黒い空がグルグルと渦を巻いている。
野の花は消え、足元の泥がゴボゴボと汚なく煮えていた。
泡立つ泥の中から、人間の大腿部に似た白いミミズのような生物が、花の代わりにびっしりと咲き誇っている。
泥のなかから飛び出した生き物は、ビクビクと爪先部分の頭部を痙攣しながら振り回している。
なんとなく、薄気味の悪い光景が、果てしなく続いていた。
何者かがドンドンと音を立てて近づいてきた。
「おい、こいつ大丈夫なのか?」
「ちょっとこれ、やばいんじゃないの?」
馴れ馴れしい言葉遣いだ。
『なんだ、こいつらは? 化け物のくせに花柄のエプロンだと?』
『こっちの奴は、スーツの上に醜く歪んだ豚の顔が載っているようだ。』
『醜い魔物のくせに、僕を仲間だとでも思っているのか?』
『このケダモノめ!』
振り上げた僕の指先から、全てを焼き払う爆裂の魔法が放たれていた。
煮えたぎる大地も、白くのたうつ回虫も、魔物と共にごっそりと吹き飛ばしてやった。
これが、学園で最強の魔術師と恐れられた僕の力だ。
どんな魔物でも、一撃で葬り去ることができる。
都市でも、厚い城壁に囲まれた魔王の城でさえも、僕にかかれば何ということもない。
生クリームで作られた、ふわふわで柔らかいケーキと同じだ。
しかし、今の魔法は、誰の指からほとばしった爆裂魔法なのだろうか?
体毛の濃い、コワゴワとした指の先から魔力が飛び出していったように見えた。
!!
これが僕の腕なのか?
服は?
いや、そんなことよりも、なんだこれは?
自分も化け物の姿に成り下がっているはないか。
そんなはずはない!
こんな事があるはずがないのだ!
恐怖のあまり僕の体毛が、一気に逆立っていった。
僕の頭上の遥かな天空で、ゴウゴウと稲光が音を立てた。
これは俺じゃない。
俺じゃない。
俺じゃない。
バッバッ・・・ク
パリッ〜〜〜〜〜、
—————————
ー !
天空の音は次第に高音となり、人体で聞こえる周波数を越えていった。
今はもう、何も聞こえてはいない。
。
ピーンと張り詰めた、振動のある静寂が一面を覆っている。
荒れ狂う稲光の明るすぎる光の中で、どす黒い雲が不思議なほどに凪いでいた。
女神の奏でる、綺麗な演奏であった。
「お願い、助けて!!」
誰かが、この美しい静寂を乱した。
先ほどのケダモノの群れが何匹も集まり、叫びながら僕の元に駆け寄って来ていた。
『なんだ、こいつらは!』
『 近寄るな~!!』
頭上の空が、陽光の何千倍もの輝きに満ちていく。
———————!!
一瞬の煌めきの後で、轟音と地響きが同時に起こった。
その爆音の中で、僕も叫んでいた。
「みんな、死んじゃえ!!」
稲妻ではなかった。
直視すれば、それだけで失明するほどの稲妻の発生源が、直接この場に落ちてきたのだ。
魔物も、泥も、花畑も、町も、王城も、全てが光に包まれ消し飛び蒸発していく。
『欠片も残さない!』
僕の意思を表現するように、光の球体がさらに大きく広がっていく。
ふるさとも、仲間も、学校も、家も、両親も、愛していた女すらも消し飛んでいった。
ジュウジュウと溶け残るえぐれた大地が、 青空の下で白く湯気を立てていた。
山も国も、この世が生まれる遥かな昔から、何万年も世界を見守り続けた世界樹すらも、何もかも消滅していた。
もう一度見つめた僕の手は、白くて、とても綺麗だった。
「あ~・・・。」
変わり果てた故郷と花畑は、そこにあったことすらも分からない。
遂にやってしまった。
いや、遂にやったのかもしれない。
僕はようやく、汚い物の全てを消し去る事ができたのだ。
強すぎる魔力のために、虐げられた魔法学校での日々。
物理的な攻撃と、陰湿な無視が続く。
僕はここにいるはずなのに、ぶつかっても誰も怒らないし、目も合わせない。
助けを求めようにも、教師達も、自分よりも強すぎる僕が、授業中に立ち上がり教室を出て行こうとも、何も言ってはくれなかった。
止めて欲しかった。
叱って欲しかったのだ。
それでも皆が僕を恐れ、忌み嫌った。
隠れて石を投げつけ、誰もがそれを知らない振りをする。
無視され続ける日々。
仲間に馴染めない僕のことを、両親は嘆き、僕の誇らしいほどの力を、気持ちの悪い化け物と罵り叫んだ。
他の子供達とは明らかに違う異常な才能を、恥ずかしいと責めた。
僕には、どこにも逃げ場が無かった。
逃げる場所と隠れる場所が欲しくて、僕は魔法より強力な白い粉をこっそりと手に入れ服用した。
不思議と、毎日が昔のように輝いてきた。
僕は明るさを取り戻し、両親も喜んでくれた。
友人は、魔法学校に上がる前の あの頃と同じように、僕に石を投げることもなくなり、僕と一緒に遊んでくれた。
一緒に遊んでくれた・・・。
・・・一緒に、遊んでくれた、はずであった。
いつからか、皆から、明らかに避けられるようになった。
いつからか、両親は、僕を人目につかないように部屋の中に閉じ込めて隠した。
僕が悲鳴を上げて暴れる度に、部屋のドアの隙間から、魔法の粉が差し込まれる。
「あ~・・・。」
「全く、何がなんだか・・・」
僕の目の前には、夢の花畑が広がり続けている。
『あ~、 僕は幸せだ・・・。』
僕は花の中で遊び、大空を舞う。
僕は今、幸せの中を漂っている。
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