セカンドraboラトリー
@rabao
第5話 やりたい仕事のはずだった
「ここは俺に任せろ!」
「早く、こいつを連れて逃げるんだ!!」
俺は、魔物を甘く見ていた。
ここに来るまでは、どんな敵でもなんとか倒してきた。
この階層のボスも倒せるだろう。
そんな甘い考えで、俺たちはボスのいる王室の扉を押し開いていったのだ。
王室の扉は、竜王の目覚めに時を合わせるように、俺たちの背後で大きな音を立てて閉まった。
守り手の俺。
攻撃の戦士。
そして、俺たちを守護し、魔王の瘴気から俺たちを守る術者のパーティだった。
魔物の長である竜王は、その体内からドロドロとどす黒い瘴気を溢れさせていた。
邪念であるのか、憎悪であるのか、得たいの知れない瘴気を振りまいている。
濃い瘴気が濃縮された怨念となり、それが少しずつ集まり魔物を形作っていく。
最初は、小さなゼリーのように柔らかくか弱い魔物が、無から作り出された。
スライムが、濃縮された瘴気に暴露される時間と共に、ゆっくりと強靭な体を手に入れていく。
小さなゼリーがキノコとなり、意思を持った植物となった。
植物に、体毛が生え瞳ができる。
モグラのような姿に腕が生え、足が生える。
ここに来るまでの道のりで、嫌と言うほど戦い続けてきた魔物たちに、ここで産み落とされ進化しているのだ。
竜王の濃い瘴気の中から魔族が生まれると、今その事実が証明されていた。
もはや一刻の猶予もなかった。
王室の扉が閉じられた今となっては、俺達に逃げ場は無い。
竜王以外の強敵が、見る間に成長していく様は、明らかに強敵が増えることを意味していた。
「早く、竜王を倒すぞ!」
俺たちは勇気を振り絞って、子供の頃に図鑑で見た、恐竜のように巨大なドラゴンに立ち向かっていった。
動きを見せた俺達を、ぎろりと見つめた竜王の眼力で、俺たちの突進は恐怖のあまりスピードが落ちた。
いや、その場に固まるように動きが止まっていた。
!!
竜王がゆっくりと薙いだ尻尾が、ムチのように撓った。
これほど強大な生物が、あまりにもゆっくりと薙いだ長い尻尾であったが、波の流れのごとく尻尾は徐々にスピードを上げていく。
バンッ!!
空気が弾けた。
ゆっくりとムチの如く撓った竜王の尻尾のスピードが、音速を超えていた。
俺達は、瞳に映すのがやっとだった。
とても逃げる余裕などは無かった。
自慢の盾を構える時すらも無い。
巨大な尻尾は、パーティーに等しくぶち当たり、俺たちは王室の壁へと吹き飛ばされていた。
一番壁の近くにいた聖なる力を持つ術者が、俺たちのクッションとなった。
俺と戦士は、かろうじて生き延びていた。
薙ぎ払われた時に、俺の左腕の骨が粉々に砕け散っていた。
ブランと垂れ下がった、腕の先についている自慢の重く頑丈な盾が、重力に耐えられなくなった俺の左腕を、地表に引き寄せようとしていた。
戦士は?
チラリと見た戦士の顔面は、蒼白であった。
戦うべき使命を完全に忘れて、恥じらいもなくガタガタと震えていた。
血液ではない体液が、じわりと周囲に染み込むように床に広がりを見せている。
戦意を喪失している俺たちを、竜王は、猫のように大きな身体をちんまりと丸めながら見つめていた。
明らかに俺たちのことを、相手にはしていなかった。
遊び相手にもならない俺達に飽きた竜王の気まぐれであるのか、王室の扉が、俺たちの後ろでギチギチと音を立てながら開いていく。
「逃げよう。」
俺は戦士に声を掛け、死んでいるのか、意識を失っているのかもよくわからない術者を、震える戦士に担がせた。
俺達は、抜けそうな腰で這うように、ゆっくりと竜王に気づかれないように扉へと向かって逃げていく。
ズン、ズンと何かが俺たちを追いかけて来ていた。
先ほどのスライムから、徐々に進化してきた魔物が、術者の浄化の力がなくなったために、本来のスピードで成長していたようであった。
戦ったことはある。
勝ったこともある、いや、当然に勝ってきたのだ。
巨大な一つ目の巨人が、俺たちに棍棒を振り下ろした。
俺は、ブランと左腕を床に引き寄せている重たい盾を、腕ごと引きちぎり、迫りくる棍棒を受けた。
「逃げろ!」
「そいつを連れて、早く逃げろ!」
防御の専門家である俺が、今は何としても時間を作らなければ全滅もあり得る。
「早く逃げろ!」
懸命に俺は叫んでいたが、戦士は、俺を気遣うことも、後ろも振り返ることもなかった。
女を抱えていることすらも忘れたように、ただひたすらに逃げ続けていた。
再度、棍棒が振り下ろされた時に、盾を持った右腕が砕けた。
衝撃で床に転がった俺の無防備な身体に向けて、巨人の棍棒が三度襲いかかった。
グチャリと腰から下が千切れていた。
それでも俺は生きていた。
俺は肩を使い、生を手繰り寄せるように扉に向かい這い進んだ。
歩みは遅くとも、俺は扉の外を目指していた。
後ろを振り向くと、竜王は先ほどと同じように猫のように丸くなっている。
その前で、竜王よりも明らかに小さな一つ目の巨人が、俺の二本の足を一本ずつに引き裂いて、両手に掴んで美味そうに口に運んでいた。
俺は、飛び出した内臓を引きずりながら逃げ続けている。
ドアの向こうに、戦士が迎えに来ていた。
戦士は、軽くなった俺をヒョイと抱え上げると、迷宮の外で待っている術者の前に俺を連れて行った。
彼女の聖なる力は、鱗粉のように月光の光を増幅させ、俺の傷を癒していく。
分断した両足は、もう戻ることはない。
自分で引きちぎった左腕も戻らない。
かろうじて砕けた右腕だけが蘇り、千切られて血まみれの部位には、薄い皮膚が新たに作られ傷口が覆われていく。
「もう、俺たちは冒険者をやめるよ。」
街に戻った戦士と術者が俺に告げた。
自由を無くした俺も、今は何者でもない。
夢を追い、自分の仕事を全うした。
立派だと皆が褒めてはくれるが、それが何だというのだ。
戦士は戦いを放棄した。
術者は現実から目をそらし、死んだ振りをしていたのだ。
そして、二人は自分の使命すらも放棄して逃げたのだ。
俺だけが、正しく仕事と誠実に向き合い、全うしたはずであった。
今、二人はお互いを求め合う恋を楽しみ、健康な身体で自由を謳歌している。
逃げることで自分を守ったのだ。
俺は・・・。
あの時は、確かに皆を守ろうと思った。
自分が犠牲になってでも、仲間を守ろうとしていた。
リーダーの立場がそうさせていたのか、出会えた時から恋心を抱いていた、術者を守りたかったのかもしれない。
俺は外を見るために、自由になる右腕で窓枠に捕まりながら身体を引き起こした。
一体、俺は何のために冒険者になったのだろうか?
みんなの盾になる?
俺の筋肉で覆われた頑丈な身体は、徐々に脂分に変わり始めている。
動けないために、背中に褥瘡もでき始めていた。
冒険者?
別にあの迷宮から外へは、ドラゴンもギガンティスも、スライムすらも出てくることはないのだ。
世界の平和のために戦ったわけでもない。
ただ、スリルを求め魔物を狩り殺す遊びがしたいだけだった。
魔物が懸命に働いて、子孫のために必死で蓄えた財宝を、力ずくで奪いたかっただけだったのだ。
それが本当にやりたかった仕事だったのだろうか?
この身体で生かされた意味は、間違いなく人間への警告だ。
こちら側とあちら側。
異世界に通じる迷宮に立ち入るな。
立ち入ればこうなると。
今の俺には、右腕と火遊びの後悔しか残っていない。
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