『東堂組』

店の前に立ち止まっている訳にもいかないので急いで店を離れて道に沿って歩いていき、目に入った寂れた公園に立ち寄った。

これからどうしたものだろう。次の一手を何処か1つでも間違えようものなら確実に全部が良くない方向に向かっていくという確信の中、ひたすらぐるぐる回る思考に反対の力を加えることで衝撃の対消滅を狙うかのようにその場でぐるぐる回りながら思考に耽る。

……踵を返してこの間違いを弁明するか?このまま捨てて知らぬ存ぜぬとこの町を出るか?はたまた警察に届けてしまおうか。ああでもないこうでもないと思考を巡らせている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。


「ようにいちゃん」


いきなり背後からかかる声に思わず体が一瞬硬直する。恐る恐る声のした方に振り返るといつの間にか公園のベンチに座っている1人の男がいた。

明らかに堅気の人間ではない。一目でそう思わせるには十分な風貌をした男に身じろぎしている俺に対し、男はまあこっちに座れやとベンチの空いている部分を指差す。

「兄ちゃんがあそこの店から出てくるところから見とったんだがまぁなんとも挙動不審じゃないの、持っとるんやろ?”アレ”」

砕けた口調とは裏腹に言葉の一音一音がナイフでも突きつけられているかのように突き刺さる。

……こちらに拒否権はない。そう覚悟した俺は潤滑油の切れた機械のように硬い動作でポケットから封筒を取り出す。それを受け取り中身をまじまじと観察してから男は口を開いた。

「お前よぉ、運びなんか初めてやろ?動きがま〜んま不審者のソレやったで。誰が見てもヤバイ奴だと思うわ。……まずそんな奴にこんなモノは持たせへん。なんか訳ありなんやろ?」


”質問は既に尋問に変わっている”

そんな言葉を漫画で読んだことがある。あの言葉はまさに今のような状況を表すためにある言葉なのかと実感した俺は、もはやそうするしか無いとこの街に来てからの出来事の一部始終を話した。


「う〜ん、嘘をついてるようには見えんなぁ。そもそもそんなタマでも無いやろうし……まぁちょい待ちや」

そう言ってからスマホを取り出し何処かに電話を駆け出す。電話はすぐに繋がったようだ。

「あぁ、俺だ。……あぁ。……あぁ。見つかったわ。やっぱココで正解やったわ。見張りは継続中やけどコイツちょっと送りたいから変わってくれや。あぁ。多分もうすぐ来る。」


「というわけでにいちゃん、ちょっと一緒に来てもらうわ。もう少ししたら車こっち来るからそしたら一緒に乗ってもらう。ええな?」


俺はもう首を縦にブンブンと振るしかできない。そうする俺に対し「素直で助かるわ」と一言だけ返すと首を正面に戻した。

さっきから思っていたのだが、この人は最小限しか首を動かすことをしない。さっきから見ている先に何かあるのかと同じ方を向いてみると、そこには小さくだが俺が訪れた中華料理店が見えていた。

なるほど、俺はずっとここから見られていたのか。


暫くするとエンジン音が聞こえ、振り返るといかにもと言った感じの黒塗りの車が到着する。運転席からこれまたいかにもと言った感じの人が降りてこちらに向かってくる。


「よう、お疲れさん。おん、コイツが持ってたわ。コレやコレ。なんか向こうがトチってコイツに持たせた。んなアホあるかと思うやろ?これがどうにも本当みたいやからとりあえずコイツ連れて一旦帰るわ。まぁ要するにコイツみたいな1人で店ン入ってく男おったら連絡頼むってことで」


砕けた口調をしているこの男とは逆に堅物といった言葉がそのまま動き出したような印象を受ける男は「はい、了解しました」とだけ告げ、先ほどまで自分が座っていたベンチへと腰掛けた。


ほな行こか、と既に車へと向かっていた男の声に慌てて車に乗ろうと振り返る。

……こういう場面では後部座席に乗った方がいいのかと、正解が分からずに一瞬たじろいだのを感じ取ったのか「助手席でええ」と返された言葉に従い車に乗り込む。


走り出した車に揺られて幾分が経った頃、彼が初めて口を開く。


「あれ見ぃや」


指差した先にあるのは一軒のラーメン屋があった。時間は丁度ランチタイムに差し掛かったこともありある程度の人が列を作っているのがうかがえた。


「にいちゃんの話聞いた時ちょっと不思議に思ったことがあるんだがな?にいちゃん頼んだのって”昔ながらの醤油ラーメン”やろ?でもよく考えてみぃや。ラーメンなんて日本で独自に改造されて日本人の口に馴染むように作られた半ば日本食や。それなのにあんな昔からある中華の専門店で”昔ながらの醤油ラーメン”が出てくるか?」


「ーーにいちゃんが本来向かうべきやった店は多分あっちやで」


……開いた口が塞がらなかった。


呆れた。唖然とした。失望した。絶望した。あまりの馬鹿さ加減に涙さえ出てきた。

涙で視界を遮られた俺には、ようやく言えたと堪えていた笑いを吹き出す男の笑い声を聞くことしかできなくなっていた。


「着いたで」


結局のところ車で15分くらいの場所で車は停まり車を降りる。着いた先にあったのは商社ビルだった。建物の外にはこう記されている


『東堂組』

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昔ながらの醤油ラーメン事件簿 芝依存 @shiba_izon

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