昔ながらの醤油ラーメン事件簿

芝依存

あのラーメンを追って

友人の勧めでこの土地にあるというとあるラーメンが美味いという情報を掴み、休日を利用して早速出かけることにした俺はついにその場所にたどり着いた。見かけは本格的な中華料理店といった出立ちをしており、正面の扉には営業中の札が掛かっている。

扉を開けると内装は結構広く、テーブル席にカウンター、奥には宴会などで使う用と見られる個室が備えられており、階段はおそらく外からも見えていた名前の知らないぐるぐる回るタイプのテーブルがある2階へと続いているのだろう。

1名でご来店ですかとの店員の問いかけに肯定の旨を伝ると、カウンター席か空いているテーブル席にでも促されるものかと思ったのも束の間、喫煙の有無を問われる。最近の禁煙化に励むこのご時世では些か珍しくも感じたが、こいつは禁煙ムーブの直撃を受けて年々街中の喫煙スポットの減少に頭を悩ませていた俺にとってはむしろこの店を最高の店舗だと思わせるための判断材料として申し分ない。食後の至福の一服に心躍らせながら喫煙席への案内をお願いし、案内されるがまま壁に区切られた個室へと入り席に着くとメニューを見るまでも無く真っ先にあらかじめ決めていた注文する。


「昔ながらの醤油ラーメンってやつを1つ。」


畏まりました。と、これまでの優しい接客から打って変わるような冷たい印象を受ける返事に少々困惑しながらもまずは食前の一服と取り出した煙草に火を着ける。

一度も灰皿に吸い殻を落とすよりも先に個室の扉が開き1人の男が入って来る。彼はテーブルの上に1つの封筒と1枚のメモ紙を置き、こちらが一言でも話すことを遮るように手早く話し出す。


「少し来るのが早かったな。この封筒をこのメモの場所に。このメモは必ず後が残らない方法で処分しろ。出口は店の正面を使っても良いが取引が終わったら金を持って裏口から入ってこい。」


彼はそう告げると踵を返し出ていく。開けたままの扉からは直線上にあるカウンターに戻った彼の“早く行け”と言わんばかりの視線が刺さり、その圧に気押された俺は慌ててまだ煙の立っている煙草を灰皿に押し付け見せを後にするしか無かった。店を出て1人になった所でようやく冷静な思考が肉体に追いつくような感覚と共に背中に冷や汗をかくのを感じる。

──どう考えても薬物の密売だ。

しかしどうしても自分が……?という自問に応えるために店内に入ってからの自分の行動を振り返る中でたどり着いた1つの結論に、思わずため息混じりの独り言が口から溢れた。


「……こんなん罠だろ。」


“1人・喫煙席・昔ながらの醤油ラーメン”が薬物の密売の暗号とかどう考えても可笑しいだろうが!

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