第2話 初めての接客

 ホストクラブ。それは男が女の人を接客するお店。キャバクラの男版?だよね?正直に言って抵抗があった。だけど他に行く当てもない僕はここで働くことを選んだ。


「みんなこれからここで働くウェリントンだ。仲良くしてやってくれ」


 イケメンだらけのホストたちにジルセウさんは僕を紹介した。みんなは怪訝な目で僕を見ていた。なお僕の源氏名はウェリントンになった。実にこの世界はブラジルっぽい。


「ジルセウさん」


「なんだヒカルド」


「こんなきれいな顔のやつどこから仕入れたんですか?このレベルの美貌なら皇室の婿とか敎帝の神父になっててもおかしくないでしょ」


 ヒカルドというホストが僕のことをどこか怪しんでいるように見えた。


「…それは言えない。ただ後ろ暗いことはないから安心しろ。お前らは先輩としてウェリントンをちゃんと指導してやれ」


「はぁ。まあわかりましたけど」


 納得はいってないようだ。この世界では男は貴重なので、男子は家の財産であることが一般的らしい。それ以外は国家や部族氏族などの共有財産になるケースがほとんどで僕みたいな野良の男はあり得ないそうだ。ここのホストたちは家の命令で婿入り前の出稼ぎに来ているらしい。


「ウェリントン。君はヒカルドのヘルプについて作法を学べ」


「はい。わかりました」


 こうして俺のホスト生活が始まったのである。








 ホストの仕事は夜から始まる。だがその前に下準備が必要だった。


「まずは服装からだな」


 ヒカルド先輩と僕はバックヤードにいる。ホストをやるための研修のためだ。


「スーツとかですか?」


「そんなの一昔前だな。今は私服の方が多いぞ。お前は顔がいいから何でも似合いそうだな。俺のお古を貸してやるよ」


「あざっす!」


 僕はブランドものっぽいジャケットとジーンズにシャツを渡された。来てみると普通にカッコイイコーディネートでわくわくした。てかここ異世界だよね?なんか現代っぽいんだけど気のせい?


「似合ってるなそれで宣材写真撮るか。それとSNS始めてもらうから」


「え?SNS?あるんですか?!」


「あるに決まってるだろ何言ってんだよお前?これが店支給のお前のスマホな」


 普通にスマホが出てきた。いせかいふぁんたじーどこ行った?


「炎上には気をつけろよ」


「あ、はい」


 魔法でファイヤーしてドラゴン炎上ではなく、ネットで炎上のある異世界?ファンタジーさんファンタジーさん!どこ行ったの!?


「何呟けばいいですかねぇ?」


「そりゃお前の売りだよ売り。俺なんかは男のファッション事情とか呟いてるぞ。なんか趣味とかないのか?」


「趣味らしい趣味は特に…」


 アニメとラノベとマンガって言ったら馬鹿にされそうなので黙っておく。


「そっか。まあそのうち自分の売りは見つかると思うから、暫くは先輩たちとのじゃれ合いとかをアップしたらいいと思うぞ。メス豚共は男子同士の仲いいアピール好きだからな」


 いまメス豚って言わなかった?!


「まったくSNSはめんどくせえよ。メス豚どもすぐにDMで乳だの尻だのの写真送りつけてくるんだぜ。うぜぇったらありゃしねぇ。無視するとヘラるし。めんどくせぇ」


 なんだろう。この店が僕にとっては異世界過ぎるんですけど。世間の男っていつも女の人にデレデレするものだよね?ジルセウさんもヒカルドさんも女の人に厳しくない?


「あとは接客だけど。ぶっちゃけ座学で教えるのってむずいんだわ。すまねぇけど俺の横座って見て盗め。まあ相談には乗るしフォローはするから気楽にやれ」


 そう言ってヒカルドさんは僕の肩を抱く。


「お前もきっと女相手に辛い思いをしてきたんだろ。でもここじゃ俺たち男が主役だ。あいつら女からいっぱい金を毟って少しでも今までの鬱憤を晴らすがいいさ!あははは!」


 言ってることはゲスい気がするけど、僕によくはしてくれている。拾われたのがここで良かったと心底思った。









 そして夜がやってきた。バックヤードからお店の方を覗くと女の人たちがいっぱい店内にいるのが見えた。ちょっとどころでなく怖い。


「ウェリントン。緊張してるのか?」


「ええ、はい」


「大丈夫だ。俺がついてる。だから頑張ろうぜ!」


 ヒカルドさんは拳を突き出してくる。僕は恐る恐る拳を上げて、こつんとヒカルドさんのそれとぶつけた。


「ヒカルドさん。指名が来ました」


 メイド服を着た女の人がヒカルドさんを呼びに来た。


「お。まじか。じゃあ行ってくる。あ、そこのメイド。ウェリントンを俺の近くでグラス拭きさせて。俺の接客見て勉強させるから。ちゃんとガードはしろよ」


「かしこまりました。ウェリントン様。どうぞこちらへ」


「あ、はい!」


 僕はメイドさんの後をついていってヒカルドさんがついた席の近くのバーカウンターの中に入った。そしてグラスを拭く仕事についた。ここからだとヒカルドさんの姿がよく見える。


「やあ。元気してた?あ?髪型変えたんだね。巻いた髪の毛が甘いニュアンス合ってすごく綺麗だよ」


「キャー!ヒカルドありがとー!そうなのー!新しい美容院いってさぁ…」


 さらりと女の人から受け入れられて、しかも相手は楽しそうに話しだした!?すげぇ!さっきまでメス豚だりぃとか言ってた人とは思えないよ!


「それでねぇ。ドラゴン倒してぇ!その鱗でネイル作ったの!見てみて!」


「わーすご!おっかないドラゴンたおすとかまじやばじゃん!しかも可愛くなるのマジ反則でしょ!ちゅ」


「もう!やめてよ♡いやん♡」


 ネイルの話題が出てと思ったら、さらりと相手の手の甲にキスした?!お客のお姉さん顔を真っ赤にして悶えてる。


「どらごんっていえばさぁ。最近ドラゴンエキス入りのシャンパン入荷したんだけど飲まない?」


「えーすご!飲む飲む!」


『はーい!本日一本目のボトル入りました!姫様から一言いただきたいと存じます!3・2・1』


「あたしつよつよー!ヒカルド君きらきらーいえーい!」


「おら!夜ははじまったばかりだぜ!あげてけあげてけぇ!」


 店の中がギラギラにライトアップされる。ホストたちがヒカルドさんのお客の周りに集まって手拍子うって盛り上げてる。


「なにあれ?」


 僕はメイドさんに尋ねた。


「知らないんですか?ボトル入れるとああやってマイクパフォーマンスできるんですよ」


「それ何が楽しいの?!」


「ウェリントン様。女はいつでも自分がステージの真ん中に立ちたい生き物なんですよ」


「へ、へぇ…」


 女子の生態にドン引きしている僕がいる。


「ちなみにあのシャンパンっていくらなの?」


「50万園ですね」


「たっか?!」


 原価いくらだよ?!絶対にぼってるよ!金銭感覚のおかしさに頭狂いそう。そしてさらに別の席からもボトルの注文が入る。


「対抗のボトルですね。みんな自分の指名ホストをその日のナンバーワンにしたくてああやってボトルを対抗して入れるんですよ」


「ナンバーワンになって何かいいことあるの?」


「自分の推してる男がナンバーワンにならなきゃ女は傷つくんです。逆にナンバーワンになったら死ぬほど幸せです」


「は、はぁ」


「そしてラスソンと言って閉店時にその日のナンバーワンが歌を歌います。それを聞くのが至福の時間なのです」


「たかがカラオケじゃないの?!そんなので50万も使うの?!ばかじゃね!?」


「はい。ホストクラブに来る女は例外なく頭イカれた阿呆ばかりです。まあそのおかげで店は儲かるんですけどね」


 どうやら僕はちゃんと異世界ファンタジーしているらしい。文化が違い過ぎてついていけないよぅ。


「よう。ちゃんと見てたか?俺の接客」


 席から離れたヒカルドさんが俺の傍に寄ってきた。


「ええ見てました。なんかすごいですね」


「まあ俺からすればちょろいもんよ」


 ヒカルドさんを褒めたつもりはない。ホストクラブという世界にドン引きしているだけだ。


「さてそろそろお前にも接客してもらおうかなって思ってさ。おいメイド。今日はあの童貞姫騎士来てるのか?」


「はい。いつも通り付き合いで来てました。ブスっとした顔でちびちびカイピリーニャ飲んでます」


「オーケーオーケー。じゃあ実地研修だ。ウェリントン。行ってこい」


「え?いきなりですか?!」


「大丈夫大丈夫。俺の接客眼をなめるなよー。お前の初めての客にぴったりなやつを宛がってやるよ。メイド。ウェリントンを連れてけ」


「ハイかしこまりました」


「ええ、ちょ、ちょっと!」


 メイドさんに手を引っ張られて僕は席の方に連れていかれる。


「お客様。おひとりで飲んではつまらないでしょう。ヘルプをつけます」


「結構だ。ここには付き合いできているだけだからな」


 メイドさんが一人で飲んでいるお客さんに声をかけた。その人はとても美人さんだった。金髪碧眼で凛々しい顔立ちをしている。ゲームとかラノベで見れそうなミニスカニーソにノースリーブ、そして部分部分に鎧の騎士風コーディネイト。こんなところは異世界感あるな。


「まあまあ。当店に新人が入りまして、ぜひお客様に最初の接客をさせていただきたいのです」


「新人?ふん。だからなんだ。ホストのような軽薄で堕落した男の相手などお断りだ」


 超ツンじゃん。デレの気配が見えないよ。


「とんでもない。こちらの新人は真面目ないい子です。きっとお眼鏡に適うはずです。ウェリントン様。どうぞ名刺を差し上げて」


 メイドさんに促される。僕は姫騎士さんの前に立ち、お辞儀しながら名刺を差し出す。


「ウェリントンです。よろしくお願いいたします」


 僕は顔を上げる。その時店のライトが少し目に入ってきた。


「…色が変わった?緑、金?ブラウン?」


 姫騎士さんが僕の目を見て不思議そうな顔をしていた。僕の瞳は光の入り方で色が変わる。よく女子にはそれでいじめられた。


「変ですよね。すみません。お気に召さないと思うので、僕はこれで」


「いいや。変じゃない!とても綺麗な目だと思う」


 メイドさんが僕の背中を押す。


「ほら。お気に召していただけたでしょう。お隣失礼しますね」


 僕は押されるがまま姫騎士さんの隣に座らせられた。


「えーっとお名前は?なんておよびすればいいですか?」


「え?あ!その!私の名はララミー・ペレイラ!好きに呼ぶがいい」


「じゃあララミーさんと。今日はよろしくお願いいたします」


 僕がお辞儀をすると姫騎士さんは頬を赤くしながらコクリコクリと頷いたのだった。











【設定あんどキャラ紹介】


未来異世界ブラジゥ


みんな大好き異世界。剣と魔法の世界に見せかけて、科学技術は現実世界並みに発展している。ステータスシステムはスマホアプリとして配信されている。

男女比は1:1000。男は貴重な財産扱い件種馬である。公用語はポルトガル語である。



ホストクラブ


この世界の女たちの遊び場。




百合叡智


女同士で子供を作る神秘の術。ただしこの場合生まれてくる子供は必ず女の子になる。男子は男女の性交での妊娠以外では生まれない。



シスター


この世界は基本的に姉妹単位で一つの家とし共同で夫を迎えるシステムになっている。もっとも男の数は少ないので夫を迎えられない家も多い。

家からあぶれた女たちもおり、そういったものたちが徒党を組んで疑似的姉妹関係を築く例もある。




ヒカルド


先輩ホスト。肩書はスーパーハイラグジュアリー演出補。億プレイヤー。ウェリントンを気に入った。



ララミー・ペレイラ


S級冒険者。とある国の王族であるが、婚約者が嫌な奴だったため逃げ出した。姫騎士らしい凛々しさと気高さを持ち合わせるもどこか童貞臭い。ホストクラブは知人とたまに来ていたがとくに楽しめず付き合いと割り切っている。

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