第2話

前日

「…おーい、だいじょぶ〜?」

「ん、ああ、ごめん。考え事してた」

 ゆるりと顔を向ける。

「らしくないなぁ。疲れてるの?」

 笑う少女。この子は自分大好き系である。他者に〈施し〉、自身の持つ正義感やらプライドやらを満たす。

「そうかも。ちゃんと寝てるのに、おかしいな」

 心当たりは数多くある。アナタも含んでいるよと心の中で軽く呪う。

「そういうの、あるよね。うちもなんだ」

 嘘だ。肌艶・髪質・声の張り。紛れもなく健康体といえる。

 エゴイズムは、どうやら人間をやたらと元気にしてしまうらしい。いっそ羨ましい位かもしれない。

 ドアの向こうに目を遣る。ちらりと、くどくすら感じられるゴシック体で、『4−2』の文字が見えた。

 半ば意地で、学校に来ていると、一体誰に言える?

 教師?問題外。両親は何かと忙しい。

 こんな私は、卑怯な快楽にすがるしかないのだ。

 雪乃。

 私は…。

 視線に気付かれたのか、雪乃はちらちらと辺りを見回した。

 柔らかい髪。ビー玉を思わせる桜色の瞳。彼女の目に輝きが無いのは、多分私のせいだ。

 カーディガンを羽織る。袖あたりでつっかかってしまった。

「そうそう、この前アイツ、名前が何だっけ」

 顔面を向け、聞いている感を表現しながら、休み時間が残り一分と知る。

 一瞬見た時計の数字も、ゴシック体。

 さりげなく、よれた服を直し、微笑んでいる私は、一体何様なのだろう。

 もうすぐ担任が来る。

 アイツの笑い方は自然過ぎる。ごく普通に教卓の前に立ち、円滑に進む平凡な授業。

 始まる。

「起りーつ」

 絶妙に少しずつずれる椅子の音。

「れーい」

「おねがいします」

「着せーき」

 換気のために開放された窓を盗み見る。下らないもの全て置いて走ってジャンプして窓から外にささっと出て全力ダッシュして街を徘徊したい。

 あいにく耐震補強の柱が、がっちり交差している。おかげで大して外が見えない。

 ノートを一応取るものの、何だか暇になったような気がして考え事をしようと考えた。

 今日は十月。Octoberである。この先も、今まで通り生きるのは御免だ。そういえば、何かしらの本で「他人は変えられない。自分は変えられる」的なことが書かれていたと思う。自分を変えよう。

 そうだ。被害者になろう。

 ……まあ、正直言って他人はいとも簡単に変えられる。瞳に灯る希望など一言で消せてしまうしトラウマなど一度植え付ければ半永久的に本人の心を破壊し続けるし与える情報を長期間操作すれば勝手に思うがままに動く駒となってくれる。

 何気に最後の奴が一番タチ悪そう。

 そうだ。こんなことシラフで思いつくような人間はちゃちな正義とやらに制裁食らっといた方が良い。

 加害者であり続けるのは、やめだ。

 存分に傷付けられようじゃあないか。

 というか、最初堂々としておいて実際に受けたら心的外傷凄かったらどうしよう。

 そしたら死ねるかな。

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