第95話

「もうしない。どんだけ喧嘩してもちゃんと帰るし、部屋で寝る」


「……ん、」


「だからゆるも、どんだけ喧嘩しても俺のことがうざくなっても、出て行くのはこれで終わり。もうあの家は俺の家でもあり、ゆるの家でもあるんだから」


「……っ、」




ゆっくりと手を伸ばす。小鳥に餌をやるように、泣き喚く子猫をそっと抱くように。


怯えられることなく、その手はシャープな頬にたどり着いた。


あの夜、出迎えてくれたゆるの口元に、ハンバーグのソースがついていたことを思い出す。


あの夜、拭ってやれなかった涙を親指でそっと掬う。


でもキリがなくて、ゆっくりと自分の肩に倒れるように引き寄せると、俺のシャツが涙を吸い取った。




「ここにいたい?」


「っ、そんなわけ、ない」


「俺はゆるといたい」


「っぅ、ん、わた、しも」


「ん」


「まもりと、いたい……っ」


「ん。……帰ろ」




俺はゆるにとってどんな存在なんだろう。


せめてゆるが帰ってこられる、帰りたいと思うゆるの居場所でありたいと、強く願う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る