第93話

あっさりしすぎていてこちらが戸惑ってしまった。


……なんなのこの男。いや、会わせないと言われるよりも、間違いなくこっちがいいんだけど。


呆気に取られる俺よりも先に早く食べ終えたあの男は、本当に裸の合鍵を置いて、仕事に戻ると店を出て行った。





住所通りにやってきた。4階建てのアパートの3階にある1室。


もらった鍵は偽物、なんてこともなく、建物内、それから部屋への侵入も簡単に成功した。




「(……ゆるの靴がある)」




それを見てひとまず安心する。ほっとしすぎて口から心臓が出そうな感覚に陥る。


でも、その反面で、ゆるが本当にここにやって来たという事実が証明された。鈍器で殴られたように頭が重く痛くなる。



足を進めると、「みずむ?」と、俺のよく知る声が、俺に馴染みのない名前を呼んだ。




「もう帰っ、て……どうして真守が、」


「迎えに来た」


「……っ、」


「帰ろう」




寝ぼけ眼で布団から顔を出したゆる。


俺の部屋とは少し違うどこか無機質な空間で、複数の香料が複雑に混ざり合ったようなおしゃれな匂いが浮遊している。


ゆるは灰色の布団をぎゅっと握りしめ、頭を振った。俺は手を伸ばそうとして、やめた。

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