第92話

そして俺は、改めて、幸運の持ち主だったのだと自覚することになる。




ゆるのバイト先へやって来た。客のふりをして店に入ったがゆるはいない。


悠長に飯を食っている場合ではないが、店に足を踏み入れたからには客を全うしなければ。


かけうどんを注文し、ひとりで麺を啜っていると。




「あ。〝まもり〟」




スーツ姿の、品のある男がお盆を持ったまま俺に声をかけた。


1度だけゆるの卒アルで見たことがある。俺は昔から人の顔と名前を覚えるのが得意だ。


だからこの男が、あの男、、、だということは、すぐにわかった。




「やっぱりここに来ると思った。白石さんだよね?俺の部屋で寝てるよ」


「、……」


「先に言っとくけどなにもしてないから」




男は両手を合わせ、「いただきます」と言ってから食べ始めた。


わざわざここに来て俺の隣に座るということは、やっぱりゆるは自発的にこの男の家に行ったということだろうか。




「ゆるに会わせて」


「いいよ」


「は」


「俺は今日仕事だから合鍵だけ持ってきた。住所教えるから勝手に入って鍵はポストにでも入れておいて」


「は……?」


「なに?」


「いや、……住所教えて」


「―――……」

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