第76話

腕の力が弱まった。体が離れるのかと思えばそんなことはなくて、真守の髪がさらさらと空気を掻き分け、耳に吐息が掛かる。




「俺以外の男はもっとだめ」




掠れた声が鼓膜を震わせた。


なにも返さずにただ息を呑む。体が離れ、立ち上がった真守は「風呂」のふた文字をリビングへ残し、颯爽とお風呂場へと消えた。


文字と一緒に取り残されたわたし。なんだか熱い。顔が、耳が、体が熱い。



ぼうっとしている間に、シャワーの音が聞こえてきた。


またそれが、わたしにナニかを想像させ、想像した自分に気が付いた瞬間、ばちこんと弓の矢で射られたい気持ちになった。



いうなれば、今のわたしの心臓は、少女漫画のキュンとするシーンを見ている時のよう。




「……もう寝よ……」




わたしたちはその夜、初めて眠る前に顔を合わさず、互いに眠りについたのだった。

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