第56話

「まじでしない?」


「うん。しない。ありがとう真守、いつも心配してくれて」




「先にお風呂入るね」と告げ自室へ戻り、真守の前からフェードアウトした。








「(……水夢の名詞)」



バイト用の鞄に仕舞っていたそれを手に取った。もらってすぐに手放せばよかったのに、先のわたしはそれをしなかった。



〝1回出すごとに5万〟



あの頃もらっていた金額の5倍を知らせた水夢の言葉を反芻する。



5万。ということは、1日で15万円もらえる日もあるということ。


それが週に2回あるとして、生理の週を1週分省いたとしても、月にざっと80万円。半年間続けると、だいたい500万円近く貯まる。


月々こつこつ働いて貯めるよりもよっぽど効率がいい。


家賃、光熱費、食費に奨学金の返済、その他諸々――わたしの父親だった人の借金。あともう少し。はやく払い終えて、楽になりたい。




揺蕩う自分の心臓は弱い。


……でも。数秒間水夢の名刺と見つめ合ったあと、わたしはそれを、ごみ箱へ捨てた。

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