第53話

「ごちそうさまでした。美味しかった」


「ね。わたしも時々食べるよ」




見送るために外へ出た。


「ありがとうございました」と店員としての言葉をかけると、涼しげな双眸が無言でわたしを見つめた。



その瞳は、あの頃よく見ていたのと同じ。


水夢の部屋のベッドに乗った瞬間に見せる色だった。けれどわたしはそれに気付いていないふりをする。




「また会いたい」


「わたしに仕事が見つかってなかったらね」


「違うよ。ここじゃなくてプライベートで。あの頃みたいに」




……やっぱり。


顔を合わせた時から、また持ちかけられるんじゃないかと予感していた。




「それなら会わないよ」


「1回出すごとに5万」

 

「……」


「どう?悪くないでしょ。俺とは何回もした仲だし」




ほんの一瞬、揺らいでしまった。水夢もそんなわたしに気が付いたはず。


「それでも会わない」と言えばそれ以上はなにも言ってこなかったけれど、最後、立ち去る時。


「困ったら連絡して」と半ば押し付けるように渡してきた名刺に、水夢の微かな自信を感じた。





……だめだよわたし。これでもいい大人なんだから。3回目はさすがに真守も許してくれないかもしれない。


……そりゃあ、現実的に考えるとお金は必要だ。夜の仕事こそ真守にだめだと言われたからしないようにしているけれど、よく知った元セフレと体を重ねるだけで、手にいれられるお金なら――……。

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