どうしてお前ら、惚れたんだ!

源 源

どうしてお前ら、惚れたんだ!

「どうして、俺なんかに惚れたんだ」

 

 俺は疑問が思わず口から零れてしまった。

 

 ――事の発端はとある日の。

 自身が通う高校に登校し机の中に教科書類を入れようとした時に違和感を感じた。中を探ってみると3つの手紙が入っていた。

 白い封筒が2つにピンクの封筒が1つ。白い封筒の1つには達筆で俺の名前、祖父江睦月様へと。もう1つの白い封筒には小さく俺の名前が、ピンクの封筒には可愛らしい丸い文字で俺の名前が書いてあった。

 朝の会が始まるまで、まだ時間はあったので俺は手紙を制服のポケットに入れ、誰にも見られない場所であるトイレの個室へ移った。


 どう考えても、イタズラだよな。


 3つの手紙。ラブレターにせよ、果たし状にせよ、おかしな内容にせよ、少しイキった人たちが自分よりも下と思っている人を陥れて優位に立ったと勘違いするためのイタズラだろう。ただ、3つ同じタイミングで入れるか普通。3つのグループがブッキングしたとかか?


「俺みたいな日陰者ではイタズラな物を貰っても面白い反応はできないと思うが」

 

 俺は3つの手紙を開けて読んだ。内容は全てお誘い、挨拶と気持ちがズラッと書いてあったがようやくすると、伝えたいことがあるから指定の時間に指定の場所に来てほしいという内容が書いてあった。

 偶然か故意か、3つの手紙の指定された時間と場所はバラバラだった。全て放課後、時間はピンクの封筒の手紙には16時半、白い封筒の小さな文字の方は17時、達筆の方には17時半が指定されていた。

 このまま無視してもいいが、俺なんかにイタズラする間抜けの面を拝むのもいいのかもしれない。

 イタズラと決めつけた俺は手紙を制服のポケットに入れて教室に戻りカバンの中に入れた。

 

 ――そして、謎の視線を感じながらも学校での生活を過ごし、放課後。


「まずはピンクの封筒か……」


 呼び出された場所は東校舎裏の大きな石がある場所。人気のない場所だ。

 向かうとそこには学校でも有名な鬼頭皐月がいた。彼女は世間的にも美少女の部類に入るくらい容姿が整っており、入学してから今日まで男子生徒から多数の告白を受けたと友達のいない俺まで噂を聞いた。ただ、毎回告白を断っているため”いばらの女王”と呼ばれている。彼女の周り以外の女の子からはよく思われていないらしい。

 つやのあるショートボブにヘアピンが輝いて見える。クリッとした犬みたいな目に吸い込まれる。

 これは別の告白とブッキングしているな。恐らく彼女には本物のラブレターが届いたのだろう。彼女たちの予定が終わるまで別の場所で待機していよう。


「ちょ、ちょっと、どこにいくの!」


 回れ右をして場を離れようとしたら首根っこを掴まれた。


「え、どこって向こう」

「なんでよ、ここに来てって書いてあったでしょ!」


 適当な方向を指さしたら怒られた。


「ん?書いてあったって」

「……っ。手紙は私が入れたのよ。あんたにここへ来てもらいたくて」


 なるほど、女王様一派のイタズラか。女王様自ら出向くなんて偉いじゃないか。

 鬼頭さんは頬を赤めていた。凄い演技派だな。性格が尖っていてキツイみたいな噂があったけど、もじもじして可愛い。


「なにか変なこと考えているでしょ」

「い、いやぁ」

「……まあ、いいわ。こうやって喋るのは初めてよね。私は鬼頭皐月」

「どうも、祖父江睦月です」

「知ってるわよ。手紙の宛名を書いてそれを入れたのに名前知らないわけないでしょ」

「しかし、よく俺のこと知っていたな。自分で言うのもあれだが他クラスの鬼頭さんに覚えてもらえるようなことした覚えないぞ、良くも悪くも」

「確かに私の周りはあんたのことを言っても知らないって言うと思うけど、私は知っているわ」


 おお、嬉しいこと言ってくれるじゃないか。

 俺が感動していると鬼頭さんが言葉を継いだ。


「か、かっこいい。目の前にすると、緊張するわね……」


 ボソッと俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声でデレた。なにこの可愛い子。ずっる。俺のこと可愛いって嬉しい。

 

「んんっ!それで、伝えたいことってのは――」


 目を潤して頬を赤らめて呼吸が少し乱れている鬼頭さん。これ、本当にイタズラなのか?


「その、睦月。あんたのことが好き。できることなら私と付き合ってほしいわ」


 ……これをイタズラと判断してこの告白をないがしろにするのは鬼頭さんにも失礼だな。イタズラならこの場から逃げ出して人間不信になるだけだ。


「でも、返事はまだ答えなくていいわ」


 鬼頭さんは俺の方に近づいてきたので、俺は反射的に後ろへ一歩ずつ下がり、後者の壁まで追いやられてしまった。逃げ場がなくなると、壁ドンをされてしまった。

 まさか、誰かにする前にされるとは思ってもみなかった。


「私はただ、あんたに事が好きだって知ってもらいたかったから。それだけだから!」

「え、ああ、はい」


 そう言って鬼頭さんは帰っていった。

 え、本当に俺のことが好きなの?いやでも、俺と接点ないよね?


「……どこで惚れたのだろうか」


 ボソッと漏らした俺の声は風に乗って消えてった。

 俺が次に向かったのは白い封筒に小さな文字で俺の名前が書いてあった手紙に書かれていた場所、理科室。

 その部屋で待っていたのは金田かなだ葉月。無表情ながらも整った顔から”ソレイユお人形”と呼ばれている。男子が近づこうものなら他の女子からの必死なガードにお人形さんは守られている。

 ふわふわのロングヘアが本当にお人形みたいだ。無気力ながらも猫みたいな大きな目が特徴的だ。

 さっきの鬼頭さんで少し自惚れているが、金田さんも俺にイタズラしている可能性があるんだよな。噂で聞く限りはそんなことする人とは思っていなかったけど、人は見かけによらずというか。見かけもしらないが。


「待ってた」


 こっち来てと言わんばかりに手をチョイチョイと合図した。

 指示された場所に移動すると金田さんは俺の方をジッと見た。


「初めまして。私は金田葉月」

「はい、存じ上げておりますよ。俺のクラスまで金田さんのことは噂で流れてきてるからな」

「噂を話してくれる友達いたの?」

「うるせぇ、スマホとかこっそり触るときに周りの音に気を配ってたら聞こえてくるんだよ」

「校則違反」

「先生に黙っといてくださいお願いします。あ、自己紹介がまだだったな。俺は祖父江睦月です」

「うん。知ってる。大好きな人の名前だもん。私に単刀直入に言う。私は睦月のことが好き。恋人関係になってほしい」

「……」


 金田さんの真剣な眼差し。さっきまで疑っていたのに簡単にその気にさせられてしまうとは、なんて単純なんだ俺は。……いや、金田さんもイタズラじゃないな。俺はこの目を知っている。さっきの鬼頭さんと同じ目だ。

 イタズラならこの3階にある理科室から飛び降りて逃げる。


「睦月を好きって自覚した日から睦月のことしか考えられなくなっている。でも、答えはいま言わなくていい。無理だって分かっているから。でも、この気持ち伝えたかった」


 金田さんはお人形の名前にふさわしい優しい笑みをした。


「今日はありがとう。よろしく」


 金田さんは理科室から出て行った。

 色々ありすぎて俺は茫然とすることしかできなかった。


「三人目もまさか、な」


 俺が次に向かったのは白い封筒に達筆な文字で書いてあった手紙が指定してきた場所、俺が在籍する1年1組の教室だった。

 そうか、17時半であれば大抵の生徒は帰っているもんな。

 教室へ向かうと待っていたのは神谷かみや弥生。俺と同じクラスに所属しており、真面目でおしとやかな学級委員だ。誰にでも優しくて日本美人から”鬱金香 うっこんこう姫”と呼ばれている。

 清く高らかなロングストレートヘアが窓から差し込む夕焼けと相まって幻想的に見えるな。兎みたいに優しい大きなたれ目が特徴だ。

 もしも神谷さんが俺にイタズラしてきたら人間の裏を見ることになる。


「えっと、俺を呼んだのって神谷さんでいい?」

「うん。来てくれてありがとう」


 1日に3回も女の子に呼ばれるとは俺も男として1つ大きくなったと思う。


「睦月くんとこうやって喋るのは初めてだね」

「ああ」

「改めて自己紹介した方がいいのかな?」

「隣の席なのに?」

「形からだよ。私は神谷弥生です。このクラスで学級委員をやっています」

「俺は祖父江睦月です。このクラスの……なんだろう」

「ふふ、知ってるよ。ありがとう茶番に付き合ってくれて」


 神谷は一呼吸をし、決意が宿った目で俺を見た。


「睦月くん、あなたのことが好きです。恋人になってほしいです」


 告白をした後、神谷さんはハッとなり慌てた。


「告白だけど、返事が欲しいとかじゃなくて、現状を知ってもらいたいというか、これからのことと言いますか――」


 アワアワと慌てている神谷さんは普段の清楚で冷静で真面目な委員長からは考えもつかなかった。


「睦月くんを好きになってもいい許可をいただきたいです!」

「ど、どうぞ?」

「~~っ!!」


 二人の間に気まずい空間が生まれた。

 好きになってもいい許可の返事なんてわからないよ!男として大きくなったってのは嘘だったんだ!

 これでここにきてイタズラでしたとカミングアウトされたら、俺はこの場から全力で逃げ出して、家に引きこもる。


「じゃ、じゃあ、私帰るね!今日は遅い時間まで残ってくれてありがとっ!」


 神谷さんは慌ただしく教室から出て行った。

 俺は今日1日の出来事に呆気を取られながら、自分のカバンを持ち学校を出た。

 

 ――次の日の朝。


「おはようございます、睦月くん」

「おはよう、神谷さん」

 

 登校すると、教室で自分の席に座っている神谷さんが挨拶をしてきた。神谷さんの席は教室の後ろ入口のすぐ側。俺の席は神谷さんの席から1つ挟んである。窓側で隣が美少女っていう主人公展開ではない。現実は厳しいものだ。

 神谷さんの後ろを通ろうとすると、上の制服の裾を掴まれた。


「今日の昼、空いてるよね?」


 俺がギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの声で神谷さんが聞いてきた。


「……空いてるけどなんで知っているの」

「逆にあいてないの?」


 遠まわしに『睦月くんはいつもぼっちだよね』ってバカにしているのか。事実だからぐうの音も出ません。

 

「いや」

「だよね。じゃあ、理科室に来て。昼ご飯も一緒に」

「はい」


 授業中、考えることはそう。昼休み誘われた理由だ。高校生が人影少なく薄暗い理科室に男女2人。何も起こらないはない。

 神谷さんは俺に好意を寄せていることは知っている。あんなことやこんなことが待っている――。


「痛てっ」

「……」


 自分の世界に浸っていると、右のこめかみ辺りに衝撃を受けた。よく見ると、見覚えのない小さな消しゴムが俺の机に落ちていた。

 右側を見ると、神谷さんがギロっと頬を膨らませていた。ぶりっ子みたいで可愛い。


「えっちなことは考えちゃダメだよ」


 俺が聞こえるか聞こえないかの声で神谷さんが言ってきた。

 なんで俺の考えていること分かるんだよ、女の子こっわ。後、あいだの席の奴キョドっているぞ。周りにも聞こえたのか数人振り返っているぞ。


 ――昼休み。


「来てくれてありがとう」

「いや、断る理由もないから」

「ふふっ。あ、ちなみにえっちなことじゃないよ!」

「知ってるわ!」


 神谷さんは学校指定のカバンとは別のカバンから手ぬぐいに包まれた弁当箱を取り出した。2つも。


「睦月くん、いつもパンだよね。だから私の弁当と交換してくれないかな」

「パンと弁当を?」

「うん、おかず交換ってやつ!」


 弁当とパンを交換ってのは等価になっているかわからないが、せっかくの神谷さんの気持ち、断るわけにはいかないだろ。


「わかっ――」


 俺が返事をしようとした瞬間、理科室のドアが強めに開けられた。


「抜け駆けしてるんじゃないわよ!年中発情期姫!」

「なーーー!は、発情しているのは鬼頭さんでしょ!」


 ずかずかと入ってきて俺の近くまでくる鬼頭さん。俺の全身を確認して手を握ってきた。


「睦月、大丈夫だった?」

「あ、ああ。俺も来たばっかりだから」

「この弁当の中に媚薬が入っているかもしれないわ!」

「え、そうなの?」

「そんなわけないよ!」


 発情期学級委員姫はむっつりさんなのかもしれない。今日は神谷さんのことをよく知れたな。


「なら、神谷が毒見すればいい」


 別の方から声が聞こえたのでそちらを向くと、金田さんがいた。

 いつのまに来たんだこの子。


「毒じゃないよ!」

「毒見いいわね、そのまま全部食べればいいと思うわ」

「喧嘩はやめろって」

「大丈夫、通常運転」

「そうなの?」

「うん」


 こいつら、会うたびにいつもこんなトゲトゲしい会話をしているのかよ。チクチク言葉はよくないって道徳で習わなかったのか。


「ってか、みんな知り合いだったんだな」

「うん」

「あんたのことを見てた時に知り合ったのよ」

「睦月くん好き好き同好会だよっ」


 俺のことを見てたってそれはストーカーというものではないのだろうか。俺いままで変なことしてなかったよな。

 今までの人生をざっくり振り返っても物語とかで起きる劇的でドラマチックなこと起きてないしなぁ。


「睦月、私の弁当を食べるべき」

「俺、パンあるんだけど」

「半分こ」

「葉月ちゃん残念睦月くんは私の弁当を食べるんだよ!」

「媚薬入りの?」

「それは、皐月ちゃんの嘘で!」

「睦月、2人ばかりかまってないで私もかまってほしいわよ私だって頑張って弁当作って来たんだから」

「鬼頭さんも作ってきたの?」

「うん」

「皐月、ダメ、今日は私」

「私が最初に誘ったんですけど!」


 これが修羅場という奴なのかもしれない。修羅場こっわ。包丁とか出てこないかな。


「どうしてみんな俺に弁当を作ってきてくれたんだ?」

「睦月くんが――」「む、睦月のことがが――」「睦月が――」


「「「好きだから」」」


 彼女たちの告白に改めて自覚した。俺は彼女たちから好意を受けている。

 

「どうして、俺なんかに惚れたんだ」

 

 俺は疑問が思わず口から零れてしまった。

 彼女たちの方を見ると聞かれていなかったようだ。まだ弁当のことで争っている。

 今までほとんど接点もないのにどうして告白されたのかと不思議で仕方がなかった。ただ、俺には彼女らに『どうして俺のこと好きになったの?』って聞く勇気も烏滸がましさもない。

 俺のためにも、彼女たちのためにも、しっかり彼女たちのことを知っていこうと思う。そうしたら、彼女たちがどうして俺を好きになってくれたかわかるし、彼女たちの良い所も知れるだろう。

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