3
銃身から排出された空薬莢が床で跳ねた。銃声が止んだ店内に金属質なその音が響く。
男たちはサブマシンガンの銃口を下げた。互いに目配せをして頷き合う。身をひるがえし撤退をはじめる。
立ち込める煙を突き破り、男たちの方に黒檀の机が飛んできた。
「!!」
重厚な木製の家具が山なりの放物線を描いて落ちてくる。予期せぬことに男たちは悲鳴をあげる間もなかった。後ろを歩いていた二人が下敷きになる。落下の衝撃で床が揺れた。
「……ッ!」
男たちは立ち尽くした。飛んできた机を呆然と眺めている。
横倒しになった黒檀机の天板には無数の銃弾の痕があった。分厚く硬固な木材が凶弾の雨を受け止めていた。
下敷きになった仲間は、ひとりは下半身を巻き込まれて身動きが取れなくなっている。もうひとりは押し潰されていた。机の下からじわじわと血が広がっていく。
立ちすくんでいる男の前で煙幕が揺らいだ。煙のなかから現れた灰に、男は表情をこわばらせる。
灰は
椅子で男を殴りつけた。木材と頭が割れる鈍い音、木片と血が飛び散った。
男は膝から崩れ落ちた。仰向けに倒れ、目を見開いたまま痙攣している。
灰は椅子の残骸を投げ捨て、残った男たちを睨んだ。
「これが噂のカスハラってやつ? 勘弁してくれませんかね」
男の一人が弾切れのサブマシンガンを捨て、腰のホルスターから拳銃を引き抜こうとした。
そんな男の背後から白蓮が話しかける。
「代えの弾倉は持ってないの? あまりに準備不足じゃないか、大丈夫そ?」
「え?」
当たり前のようにそこに居る青年に、男は驚いたように振り返る。
白蓮は男の首元にナイフを突き刺した。状況を理解できず瞬きをしている男から銃を奪い、まわりの別の男たちへ向かって連続で発砲する。
応戦で飛んで来た銃弾は、ナイフが刺さったままの男の身体を盾にして回避。弾に穿たれた男が血だらけになっていく。
白蓮が撃った弾に当たった相手が、腹を押さえてよろめいた。近くの壁にもたれかかり、その顔は歪んでいて脂汗が噴き出していた。
灰が大股で近づいていく。
大きな影が覆いかぶさってくる威圧感。男の表情がさらに引き攣った。
その顔面を拳で殴りつける。男は吹き飛ばされて床に投げ出された。上体を起こそうとした男の顎を、灰が的確に蹴り抜く。男は床に伸びて動かなくなった。
「ひ、ひいい」
黒檀机の下から這い出した男が出口を目指した。折れた片足を引きずっている。
すぐに捕まえられる距離にいるが白蓮は動かない。必死に逃げていく姿を目で追っているだけだ。
死に物狂いの形相の男が店の敷居を跨ごうとした。
店の奥のカウンターから灰が、
「お客さま~。まだお話の途中ですよ、困ります~」
と朗らかな調子で声をかける。
そしてカウンター裏から
唸りをあげて飛んできた鉈が男の背中に突き刺さる。脅しではなく、明確な殺意を持って投げつけられた凶器の勢いは男を外まで吹き飛ばす。
店の前には黒塗りの高級車が停まっている。男たちが乗りつけた車の側面に、男の身体が激突する。車体が大きく揺れ、飛び散った血が窓を塗り潰した。
運転席で待機していた若い男が、バンドルを握りしめたまま呆然としている。
灰は、車体に貼りついた死体から鉈を引き抜き、車の助手席に乗り込んだ。
「おにいさん、いま暇?」
陽気な笑顔でたずねる。
運転手はぎこちない動きで顔を向けてきた。目を見開いて顔中に汗をかいている。
灰は血まみれの鉈の刃をダッシュボードに突き立てた。運転手の身体が跳ね上がる。
「暇だよね? お友達はみんな死んじゃったし、もうやることないもんね?」
快活な笑顔と声の圧。
運転手へ向ける笑顔の瞳の奥には、じっとりとまとわりつくような冷たさがあった。
「うちの店でお話しよっか。ちょっと散らかってるけど」
運転席の外に白蓮がやって来た。開いた窓から腕を入れてエンジンキーを取り上げる。流れるような動作に、運転手が振り返ったときにはもう鍵は白蓮の手のなかにあった。
「逃げられるときにさっさと逃げなきゃ。そんなに皆と帰りたかった?」
白蓮を見上げる男の顔色が真っ白になっていく。自身の絶望を理解した瞬間だった。
愕然としている運転手のえりを、にっこりと笑顔を貼りつかせた灰が乱暴に掴む。
「来いよ」
低い声でそう言い、車から引きずり下ろしていく。
「こいつにも
「それって先月あたりに抗争に負けて潰されたトコだろ。残党がうちに何の用だ?」
灰は首を傾げた。
少しのあいだ黙り込んだあとで、
「あー。ていうか俺、そこの若頭の死体がほしいって言われて殺して売ったわ」
白蓮も大きく頷いた。
「じつは私も
「待って。この入れ墨がある死体をほかにも何体か扱ったけど、それもある?」
「わかんない。いっぱいあるからどれの事かわかんない」
肩を竦める白蓮に、灰は口を大きくあけて笑った。
「お互い心当たりしかなくてワロタ」
「ふふふふふ」
「わはははは」
二人の朗らかな笑い後が通りにこだまする。
連れていかれる運転手の顔は涙と汗でぐずぐずになっていた。真っ直ぐ歩けないほど覚束ない足取りだが、灰は構わず軽々と引きまわしている。
「丁度良かった。若い男の新鮮な死体が欲しいってお客がいるんだよね~」
灰と白蓮に挟まれて、男は店の奥へと連れて行かれた。
***
騒ぎを遠巻きにながめていた住人たちが、ざわざわと言葉を交わしだす。
「喧嘩か?」
「あの店にかちこむなんざ、肝の据わったただの馬鹿か」
「あんた知らんのか。この街の最大組織のボスが昔から
「店主と一緒にいた細身の男がボスの息子だ」
ざわめきはやがて、くすくすとした笑い声に変わっていく。
「怖いもの知らずだね~」
「今回のも随分と賑やかだった」
「今度、話を聞かせてもらおうや。きっといい酒の肴になるだろうよ」
止まっていた流れが動き出す。
緊迫感はすでにどこにもない。通りに散乱するガラス片や、血まみれの死体がもたれ掛かる高級車も、誰も気にも留めない。存在を認めていながら、顔をしかめたり、悲鳴をあげることもない。
ごく普通に起こりえる、日常の一部に過ぎなかった。
いつも通りの喧騒や笑い声が旭街の狭い空に響いていく。
了.
旭街は沙汰の外ー混沌とした街で店主は凶器を手に笑う 春チヨ。 @harutiyo
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