隠記

 柳田國男やなぎだくにおという人物をご存知だろうか。

 日本各地に伝わる伝説や民話などを収集し、整理研究し、多くの著書を残した日本民俗学の父と言われている人物である。

 そんな柳田は、民俗学とは別に、また出版を目的とはせずに、ごく個人的に毎日日記をつけていたそうだ。

 柳田の知人に当たる佐々木鏡石ささききょうせきによると、佐々木が旅先で見つけた手帳を柳田に贈ったところ、それ以来毎日日記をつけるようになったと柳田が語ったということだ。

 佐々木が、柳田の自宅を訪れたときのこと。

 居間の棚に、例の手帳を見つけた。しかし自分が手帳よりもやや厚い。似た手帳を見つけて買ったのかと訊いたところ柳田は、

「いや買っていない。書き終えた翌日にあらためて日記帳を開いてみたところまだ白いページが残っていた。だから続きを書いてこれで本当に終いだと思っていたがその翌日になるとまたページが増えている。それを繰り返しつつ今もどんどん厚くなっていく」

 と答えたのだそうだ。

 その日記帳は、今も国立図書館に収められている。

 国立図書館には、一部の人にしか知られていない地下室があり、そこに柳田の日記は眠っている。

 柳田の日記のためだけに作られたその地下室で、日記帳はいまだに、日に一ページずつ増え続けている。

 一般公開はされていない。

 内容を知る者はごくわずかしかいないという。




(了)

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