第2話 「人と天狗、隔てるは、窓ひとつの境界線」

 初めて感じた衝撃。


 人間が化け物の姿に見えてしまう原因不明の症状に悩まされ続けて30年余り。


 そこで初めて見た人間の姿。


 同時に直感する。


 目の前にいる者が姿であるということを。


「・・・」


 目の前にいる人間化け物は依然、ただこちらに向かって微笑んでいる。


 様々な考えや感情がごちゃ混ぜになり、訳がわからなくなってくる。


「う・・・ひっ・・・ぐぅ・・・ぐすっ」


 そうして堪え切れず、年甲斐もなく泣き出してしまう。


 もう駄目だ。


「?・・・」


「なんだ?急に恐ろしくなったのか?」


 目の前のが軽い口調で問いかけてくる。


「ぐすっ・・・お、俺もわからん」


「はぁ?ならなぜ泣いている」


「・・・」


 それがわかれば・・・いや、わかったところでなんだというのか。


 嬉しいやら悲しいやら、何が理由で泣き出したか。


 それがわかったところでなんだというのか。


 ・・・いや、もうこの際だ。


 今まで抱えていた鬱憤を全て吐き出してしまおう。


 相手はどうせ化け物。


 それもの。


 他に会話して相談できるやつなんていないし、することもできない。


 ならもういいだろ。


 相良 仁、お前はよくやった、頑張った!


 だから、


「はぁ・・・」


「お、なんだ?何か喋る気にでもなったか?」


「・・・」


「好きだ」


「・・・ん?・・・・・・はぁ?」


 己の直感に従い、なんとか吐き出した言葉がそれだった。


 思えば、生まれてからこのかた、ずっと恋愛なんてしてこなかった。


 性的な欲求もないわけではなかったが、それも想像で補完する以外できなかったのだ。


 例外的に二次元やアニメ、漫画等の誇張デフォルメが入った存在であれば問題なく認識できたりもしたが、生身の人間となると別だ。


 おかげで学生時代は苦労した。


 アダルトな雑誌や映像媒体を見ても、化け物同士が取っ組み合ってるようにしか見えなかったのだから。


 そんな人生を過ごしてきたやつの前に急に人間が現れたのだ。


 それも頭に美が付くタイプの少女が。


 そんな存在が急に目の前に現れたりしたら・・・いや、それでも急に告白するようなことは普通しないだろう。


 ただ、思ったのだ。


 今、気持ちを伝えないと後悔するかもしれないと、直感的に。


「・・・好きだ。お前が」


「・・・なぜ?」


「・・・わからんが多分、一目惚れだ。顔が滅茶苦茶にタイプなんだ」


「・・・それがおかしいことだとは思わないのか?」


「色々あるがまぁ、俺も思う。ただ、気持ちがどうしても逸ってしまったんだ」


「・・・」


 そう、これが俺の正直な気持ちだ。


 目の前にいるのが人間の姿をした化け物だと知ってなお、好きだと思った、感じてしまった。


 気付けば心臓もうるさいほどに早鐘を打っている。


 それが恐怖によるものなのか、なのかはわからない。


 ただ・・・これで後悔はもうしないだろうと思った。


 ここから先、俺自身がどうなってしまうのかはわからないが、それでも俺は俺にできるベストを尽くせたと思うんだ。


 だからこれでいい。


 返事も何もなくてもいい。


 ただの身勝手で、自己満足な、自分本位の告白による一瞬の青春劇。


 幕引きは俺の命で。


 そう言われたらまぁ、それでもいいと思えてしまうくらいには、何かをひとつやりきったという達成感がある。


 これから俺はどうなるのやら・・・


 ・・・で、どうなるんだ俺はこれから?


 見れば目の前にいる人間化け物


 セーラー服を着た少女?は下を俯き、小刻みに震えているように見えた。


 まぁ気持ちはわからんでもない。


 急に中年なりたてのおっさんが告白してきたのだ。


 腹を抱えて笑い出しそうになるのも気持ちはまぁ・・・というか化け物のくせにそういう感性は人並みなのか?


 唐突な告白を仕掛けてしまったのは俺の落ち度だが、もう結構な時間はあの姿勢で震えているように見える。


 若干、心配になってもきたがどうしたんだこいつは?


「・・・大丈夫か?」


「・・・へぇっ!?い、いや!!大丈夫大丈夫!!!問題ないっ!!!!」


「・・・びっくりした・・・ならいいが」


 夜の山荘には不釣り合いな・・・否、ある意味ではな悲鳴にも似た返事が返される。


 一瞬、チラと表情を見た時には顔色が真っ赤な様子だった。


 それこそとやらに見えるくらいには見事な朱色で染まっているように見えた。


 俺が言った「好きだ」の三文字がそこまで笑えるものだったのかと思うと、ショックなような気もするがまぁ仕方がない。


 ただ、ずっとこのまま状況が変わらんのもなんだかなぁと、少し思う。


 元々は作業も適当に切り上げ、適当なタイミングで眠る準備を始めるつもりだったのだ。


 そろそろ流れを変える必要があるとは思うのだが・・・



 ───彼、相良 仁は気づかない。

 目の前にいる少女。

 人間化け物の、内面で起きていた出来事。

 真っ直ぐと瞳を見据えられ、ストレートに伝えられた正直な気持ち。

 その言霊によってもたらされた胸中の変化。


 そう、わかりやすく言い換えるならば、


 「・・・」


(なんだ・・・なんなんだ・・・この男は・・・)


 



 ───続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る