窓辺に天狗は立つ

@feizi

第1話 「窓辺にて、仁王立つ奴は、天狗かな」

 初めての衝撃だった。


 生まれてから初めての感覚。


 この感動を他の何で言い換えることができようか。


 安っぽい言葉では到底、表現のしようがない。


 それほどまでに強烈だったこの出会いは。


 俺との出会い。



 ───



 相良さがら ひとし、年齢は31。


 思えばろくでもない人生だった。


 否、正確にいえばろくでもないのはではあったのだろう。


 生まれてから頭の方、脳に原因不明の異常があってそれに苦しんできた。


 何、特別なにかおかしく気が触れていたりしたわけじゃない。


 少なくとも俺の中ではそうだった。


 ただ、


 言ってしまえばそれだけ。


 よく言う話に「人をカボチャだと思えば緊張しない!」みたいなのがあるがまぁそれに近い・・・のか?


 俺の場合はそれがただ単にという話だ。


 それも年がら年中ずっと。


 朝起きて親や兄弟とツラを合わす時も、学校や職場、コンビニ、ネカフェ、図書館、海外でもそうだ。


 化け物はどこにだって居た。


 比喩なんかじゃない、少なくとも俺の中では本当にそうだった。


 それでも俺はうまくやってたんだ本当に。


 どうしようもないほどに発狂してしまいそうになる心を抑えつけ、社会の歯車に、として振舞おうとしてたんだ。


 そう、これもまた先月までは。


 31の誕生日を迎えると同時に6年半耐え忍んだ職場を退職した。


 理由は


 まぁ別に嘘じゃない。


 ただ、職場がどれだけホワイトであっても化け物がずっと近くにいれば誰だって心を病むだろう。


 親兄弟はすでに俺に愛想尽かしていたからか何も言わなかった。


 俺としては変に口出しされても困る話だ。


 親兄弟と言えど、俺から見ればそいつらも周りの化け物と大差なかった。


 自ら命を絶つという最後の逃避行をしなかっただけで己を褒め称えてやりたいくらいだ。


 幸い、しばらくは一人っきりで療養できるだけの時間を得られた。


 一人のが気楽でいい。


 嘘なしに俺は本当にそう思う。


 子供ガキの頃から頭がおかしいことには自分で気づいていて、それを隠すべきことだと理解していた俺は間違いなく頭がいい。


 そうして療養兼、俺のとして選ばれたのはとある山奥にある山荘。


 元は祖父と祖母がふたりで管理していたらしいが、俺が小さい頃にふたりとも他界。


 それからずっと使われずに放置され、土地と山荘だけがそこに残っている状態だったらしい。


 今からそこに俺がこれから住むってわけだが、妙な噂話がそこにはひとつある。


「窓を見るな、開けるな。天狗がそこへ立ってしまうぞ」


 夜中に山荘の窓を開けているとそこにが来るらしい。


 無論、ただの作り話だろう。


 本気にしているわけじゃあない。


 山奥の山荘で夜中に窓を開けてると、虫やら野生動物やらが入ってきて困るだろうから、窓は閉めておけよという警句?みたいなもんだろう。


 それにしたってってのはようわからんが。


 そうこうしてる間に、俺と孤独なジープが舗装もされていない凸凹な山道を進み続け、目的地の影を目端に捉える。


 例の山荘、天狗が出るらしい山荘様までご到着だ。


 思えばここまでそれなりに走ってきた、時間にして1時間弱はあるか。


 まだ日が暮れるには猶予があるが、ここは山奥。


 さっさと荷物を運びこまなければならない。


 それに山荘内も手入れがされてないだろうからな。


 電話・・・は別にいいがそれでも電気や水のライフラインに、掃除等はする必要がきっとある。


 インターネットもないのはさすがに不便かもしらんが、まぁこれも別にないと死ぬわけじゃない。


 ・・・


 そうして気づけば辺りは真っ暗になっていた。


 幸い、山荘内では水も電気も不思議と生きていたらしく、問題なく使用できている。


 加えて、これまた不思議な事だが、山荘内はよく清掃されていてすら感じられた。


「おーい誰かいますかー?」


「・・・」


 冗談半分に虚空へ向けて一人問いかける。


 ただ、当然それに対する返事はあるはずもない。


 バンッ!!


「ひえぇっ!?」


 そう思っていた・・・矢先、思わぬ形での返答に情けない悲鳴がつい漏れ出してしまう。


「な、なんだよなんだよ・・・誰かいんのか!?」


 別の何かが漏れ出してしまう前に所在をはっきりとさせておかなければ。


 万一、不審者・・・強盗の類なら最悪だ。なにせ姿だ。


 一生のトラウマを抱えながら、後悔と絶望に溢れた死を迎えることになるだろう。


 ただ、返ってきたのは、


 バンバンッ!!


 窓から響く何かが叩いてくる音。


 もう恐怖で身動き一つできなかった。


 それからしばらく、一定のペースで窓は叩かれ続けていた。


 幸か不幸か、音が響く窓には内からカーテンが閉め切られており、外の様子がよく伺い知れずにいた。


 当然、そのカーテンを開けようとは思わなかった。


 見てしまえばきっとなんであれ、俺は完全にだろう。


「おい・・・おいおいなんだよ・・・なんなんだよッ!クソッ!!」


 しばらく続いていた一方的な問答。


 窓から響き続ける音に緊張の糸が切れたからか、今になって怒りが湧いてきた。


 悪戯にしても質が悪い。


 通報・・・も一瞬は考えたが俺からすりゃ、警察も強盗も同じ化け物でしかない。


 事態は依然として最悪だが、手がまだあるにはある。


 まずはことだ。


 なんにしてもこの窓を叩く音がずっと続くのは耐えられない。


 野生動物の類であれば脅かしてやればきっとすぐ退散するだろう。


 猪や猿あたりが食い物求めてやってきたなら安心だ。


 それはそれとして問題にはなるが、化け物と対峙するよりは全然マシな方だ。


 んでもって最悪のパターンはがいること。


 強盗にせよ何にせよ、この場合の対処は事前に考えておく必要がある。


 ・・・とは言ってもこれといって妙案は思い浮かばない。


 バンバンバンッ!!!


 「ッ!!・・・ちくしょうが・・・」


 窓から響く音は鳴りやまない。


 殺すのも殺されるのも御免だが、このままでは眠ることも、出ていくことすらできないだろう。


「チッ・・・覚悟・・・決めてくか」


 そう一人、諦めたようにしてを思い出す。


 心を押し殺し、引き攣った薄笑いを浮かべ、間の抜けた声で話しかける。


「は、はいはーい・・・い、今ァ・・・開けますって~・・・へ、へへ」


 そう、これがいつもの俺だ。


 少なくとも先月まではこうだった。


 学生の時も、社会人の時も、家でもどこでも、生まれてからずっと続けてきた化け物共の奴隷。


 こうやって10代、20代の春夏秋冬を今まで捧げてきたのだ。


 付かず離れず、


 そうしなければ恐ろしくて耐えられなかったから。


 そこらのホラー映画なんか目じゃない。


 あんな作り物ではない、正真正銘の化け物。


 俺からすれば本当に恐ろしいものを見たことがない者が生み出した紛い物でしかない。


 カーテンの前に立つ。


 そこで不思議と音は鳴りやんだような気がする。


「・・・」


(どこまでもこのクソみたいな生き方はやめらんねぇもんなんだな・・・)


「へへ・・・」


 そうして一息にカーテンを引き、全開で開放する。


「───」


 言葉を失い、その場に凍り付く。


 視線がただ一点で固定され、目を離せなくなった。


 そこにはがいた。


 黑いウルフカットの髪型に、古めのデザインらしいセーラー服の少女。


 瞳は暗い紫色で、眉は釣り目っぽく見える。


 窓の外、そこに


 夢・・・とは不思議に思わなかった。


 夢自体は当然見たこともあるが、からだ。


 「・・・夢でも見てんのか?」


 それでもそう呟かずにはいられなかった。


 理解はしていても、わからない現象が今、目の前にある。


 これは一体・・・そう呟こうとした時、


「誰?お前は?てか早く、いい加減に窓を開けろォ!入れないだろうが!!」


 「ヘッ!?あ、ああごめんなさいィー!!」


 慌てて


 そうしてそこまでやってふと、思い出してしまう。


 ここに来るまでに聞いたを。


「「「窓を見るな、開けるな。天狗がそこへ立ってしまうぞ」」」


「あ・・・」


 気付いた時にはもう遅かった。


 なぜなら窓を開け放った瞬間から、目の前の少女が不気味なくらいににこやかな様子でこちらを見て、微笑んでいたからだ。


 そうして畳みかけるかのように少女は呟く、


「・・・あーあ、開けちゃったね窓・・・フフフ・・・」




 ───続く。

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