窓辺に天狗は立つ
フェイジ
第1話 「窓辺にて、仁王立つ奴は、天狗かな」
初めての衝撃だった。
生まれてから初めての感覚。
この感動を他の何で言い換えることができようか。
安っぽい言葉では到底、表現のしようがない。
それほどまでに強烈だったこの出会いは。
俺と天狗の出会い。
───
思えばろくでもない人生だった。
否、正確にいえばろくでもないのは俺の方ではあったのだろう。
生まれてからずっと頭に、脳に原因不明の異常があってそれに苦しんできた。
何、特別なにかおかしく気が触れていたりしたわけじゃない。
少なくとも俺の中ではそうだった。
ただ、人間がみんな化け物に見えていた。
言ってしまえばそれだけ。
よく言う話に「人をカボチャだと思えば緊張しない!」みたいなのがあるがまぁそれに近い・・・のか?
俺の場合はそれがただ単に化け物に見えているという話だ。
それも年がら年中ずっと。
朝起きて親や兄弟と
化け物はどこにだって居た。
比喩なんかじゃない、少なくとも俺の中では本当にそうだった。
それでも俺はうまくやってたんだ本当に。
どうしようもないほどに、発狂してしまいそうになる心を抑えつけ、社会の歯車に、普通の人間として振舞おうとしてたんだ。
そう、これもまた先月までは。
31の誕生日を迎えると同時に6年半耐え忍んだ職場を退職した。
理由はメンタル。
まぁ別に嘘じゃない。
ただ、職場がどれだけホワイトであっても化け物がずっと近くにいれば誰だって心を病むだろう。
親兄弟はすでに俺に愛想尽かしていたからか何も言わなかった。
俺としては変に口出しされても困る話だ。
親兄弟と言えど、俺から見ればそいつらも周りの化け物と大差なかった。
自ら命を絶つという最後の逃避行をしなかっただけで己を褒め称えてやりたいくらいだ。
幸い、しばらくは一人っきりで療養できるだけの時間を得られた。
一人のが気楽でいい。
嘘なしに俺は本当にそう思う。
そうして療養を兼ねて、俺の終の棲家として選ばれたのはとある山奥にある山荘。
元は祖父と祖母がふたりで管理していたらしいが、俺が小さい頃にふたりとも他界。
それからずっと使われずに放置され、土地と山荘だけがそこに残っている状態だったらしい。
今からそこに俺がこれから住むってわけだが、そこにはひとつ妙な噂話がある。
「窓を見るな、開けるな。天狗がそこへ立ってしまうぞ」
夜中に山荘の窓を開けているとそこに天狗がやって来るらしい。
無論、ただの作り話だろう。
本気にしているわけじゃあない。
夜中に窓を開けてると、虫やら野生動物やらが入ってきて困るだろうから、窓は閉めておけよという警句?みたいなもんだろう。
それにしたって見るなってのはようわからんが。
そうこうしてる間に、俺と孤独なジープが舗装もされていない凸凹な山道を進み続け、目的地の影を目端に捉える。
例の山荘、天狗が出るらしい山荘様までご到着だ。
思えばここまでそれなりに走ってきた、時間にして1時間弱はあるか。
まだ日が暮れるには猶予があるが、ここは山奥。
さっさと荷物を運びこまなければならない。
それに山荘内も手入れがされてないだろうからな。
電話・・・は別にいいがそれでも電気や水のライフラインに、掃除等はする必要がきっとある。
インターネットもないのはさすがに不便かもしらんが、まぁこれも別にないと死ぬわけじゃない。
・・・
そうして気づけば辺りは真っ暗になっていた。
幸い、山荘内では水も電気も不思議と生きていたらしく、問題なく使用できている。
加えて、これまた不思議な事だが、山荘内はよく清掃されていて生活感すら感じられた。
「おーい誰かいますかー?」
「・・・」
冗談半分に虚空へ向けて一人問いかける。
ただ、当然それに対する返事はあるはずもない。
バンッ!!
「ひえぇっ!?」
そう思っていた・・・矢先、思わぬ形での返答に情けない悲鳴がつい漏れ出してしまう。
「な、なんだよなんだよ・・・誰かいんのか!?」
別の何かが漏れ出してしまう前に所在をはっきりとさせておかなければ。
万一、不審者・・・強盗の類なら最悪だ。なにせ化け物の姿をした強盗だ。
一生のトラウマを抱えながら、後悔と絶望に溢れた死を迎えることになるだろう。
ただ、返ってきたのは、
バンバンッ!!
窓から響く何かが叩いてくる音。
もう恐怖で身動き一つできなかった。
それからしばらく、一定のペースで窓は叩かれ続けていた。
幸か不幸か、音が響く窓は部屋の内からカーテンが閉め切られており、外の様子がよく伺い知れずにいた。
最初は当然、そのカーテンを開けようとは思わなかった。
見てしまえばきっとなんであれ、俺は完全に壊れてしまうだろうという嫌な予感があったからだ。
「おい・・・おいおいなんだよ・・・なんなんだよッ!クソッ!!」
外から窓を叩く音が響き続ける。
そうして、しばらく続いていた一方的な問答。
あまりに長い時間それが続いていたからか、とうとう緊張の糸が切れ、今になって怒りが湧き出してくる。
悪戯にしても
通報・・・も一瞬は考えたが俺からすりゃ、警察も強盗も同じ化け物でしかない。
事態は依然として最悪だが、手がまだあるにはある。
まずはカーテンを開けてみることだ。
なんにしてもこの窓を叩く音がずっと続くのは耐えられない。
野生動物の類であれば、脅かしてやればきっとすぐ退散するだろう。
猪や猿あたりが食い物求めてやってきたなら安心だ。
それはそれとして、いずれ解決すべき問題にはなるだろうが、化け物と対峙するよりは全然マシな方だ。
んでもって最悪のパターンは化け物がいること。
強盗にせよ何にせよ、この場合の対処は事前に考えておく必要がある。
・・・とは言ってもこれといって妙案は思い浮かばない。
バンバンバンッ!!!
「ッ!!・・・ちくしょうが・・・」
窓から響く音は鳴りやまない。
殺すのも殺されるのも御免だが、このままでは眠ることも、ここから出ていくことすらできないだろう。
「・・・クソッ、強盗だけは勘弁だが・・・」
恐る恐る、カーテンの前に立つ。
そこで不思議と音は鳴りやんだような気がする。
どうあれ、この場で頼れるのは己だけなのだ。
まぁ今までの人生もずっとそうだったのだが。
「・・・」
(どこまでもこのクソみたいな生き方はやめらんねぇもんなんだな・・・)
「へへ・・・」
そうして一息にカーテンを引き、全開で開放する。
「───」
言葉を失い、その場に凍り付く。
視線がただ一点で固定され、目を離せなくなった。
そこには人間がいた。
黑いウルフカットの髪型に、古めのデザインらしいセーラー服の少女。
瞳は暗い紫色で、釣り目っぽく見える。
ただ、細かい表情は外が暗いせいか、よく見えずわからない。
窓の外、そこにそんな恰好をした人間が立っていた。
夢・・・とは不思議に思わなかった。
夢自体は当然見たこともあるが、夢の中に人間が登場したことは一度もなかったからだ。
「・・・夢でも見てんのか?」
それでもそう呟かずにはいられなかった。
理解はしていても、わからない現象が今、目の前にある。
これは一体・・・そう呟こうとした時、
「・・・」
見れば無言で窓の鍵があるだろう部分を指差している。
「ヘッ!?あ、ああ!鍵か、悪い悪い」
慌てて窓の鍵をつまみ、開放する。
そうしてそこまでやってふと、思い出してしまう。
ここへ来るまでに聞いた噂話を。
「「「窓を見るな、開けるな。天狗がそこへ立ってしまうぞ」」」
「あ・・・」
気付いた時にはもう遅かった。
冷静になって考えればそうだ、異常過ぎる。
この夜遅い時間、山奥の山荘、セーラー服の少女。
どれも異様な組み合わせでしかない。
いつのまにか、目の前の少女が不気味なくらいににこやかな様子でこちらを見て、微笑んでいる。
そうして畳みかけるかのように少女は呟く、
「・・・あーあ、開けちゃったね窓・・・」
───続く。
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