第3話 「初心なる者共、紙一重にてすれ違う」

「・・・」


 化け物の胸中、今までに感じたことのない衝撃。


 目の前にいる男は一体、何を思って突然に告白などしてきたのか。


 当の本人・・・にはわからずにいた。


 これまで、人間は何人も見てきた。

 

 だが、その中で自身を認識できる者は数少なく、さらにその少数の者の中から、好ましい反応を返してくる者など皆無であった。


 少なくとも、彼の初見の反応。


 恐怖のあまり、涙を零して命乞いをする者などはいた。


 ただ、そこからしてくる者などは一人としていなかった。


───本来、であれば、彼女。

 が人の目につくことは稀であり、仮に見えたとしても異形の怪物。

 恐ろしい化け物の姿として出力され、それに対する反応を返すこととなる・・・のだが・・・


「・・・」


 目の前にいる男。


 その者は違った。


 涙を一通り流し、落ち着いたかと思うと直後。


 「好きだ」と好意の感情をストレートにぶつけてきたのだ。


 不意打ちにもほどがあろう。


 誰が予測できたというのか。


 おそらく、この場にいる者の誰にも予測できなかったこと。


(なんだ・・・なんなのだ・・・このは・・・)


「ずっと顔が赤いようだが、風邪・・・とかか?」


「はぁっ!?い、いやっ・・・そういうことはない・・・だろう・・・うん・・・」


「そ、そうか・・・すまない」


「ま、まぁなんだ、家入るか?寒くないのか?」


「・・・」


 ・・・


「で、では・・・お邪魔する・・・か・・・」


「あ、ああ・・・」


 互いにぎこちない態度に振り回されながら、山荘内のひとつの空間に落ち着く。


 木彫りの古いテーブル、それと向かい合うように置かれたふたつの革製のソファ。


 それらへ二名が互いに見合うようにして腰掛けていく。


「・・・」


「・・・」


 しばらくは互いに言葉を交わさぬ問答で時間が過ぎていった。


 そんな中、先に攻め手を変えたのは男の方だった。


「・・・で、あんたはなんだ?」


「っ・・・な、なんだとは?」


「・・・よくわからんが人間ではないんだろ」


「な、なぜそう思うのだ?化け物に見えているからか?」


「・・・」


 そうして静寂が訪れる。


 見れば男の方は凄まじい表情、眉間に皴を寄せ、唸るようにしながら、顎先へと手を当てている。


 よくわからない。


 この男は一体、何を考えているのか、まったく読めない。


「難しい話ではあるが・・・なんというかな」


。それ自体はあんたから感じるが、見た目は滅茶苦茶に可愛くてタイプなんだ」


 嗚呼、なんということを。


 ようやく顔に集まっていた熱が発散し、精神も元の状態へと戻りつつあったというのに。


 「・・・」


 ボンッと蒸気の吹き出す擬音でも聞こえ出しそうなくらいに再び、顔が朱色に染まる。


 そんな状態で出来ることと言えば、少しばかり俯いて表情を隠す程度の抵抗のみだ。


「すまん。おかしなことを言っているだろうとは思うんだが・・・なんというかな、言わないと後悔してしまいそうだな、と思って・・・」


 もう、もうやめてほしい。


 それ以上、真っ直ぐに思っていることを伝えてくるのは勘弁願いたい。


 できれば口に出して己の意思を伝えたいところではあるが、彼の言葉が耳から入ってくるたびにが激しくなってそれを許してくれない。


(なんなんだこいつは本当にっ・・・)


 気付けば同じ文句ばかり頭の中で反芻はんすうしている。


「・・・あんた本当に大丈夫か?さっきから様子が・・・」


「い、いやっ!!なんでもないぞ、なんでも!!!」


「・・・」


 必死の叫び、その抵抗により、向こうは諦めたかのような表情をして、それ以上は追及してこなかった。


 のことに関しては。


「・・・なんか無理してるなら言ってくれよ。俺はあんたのこと何も知らないからな」


「・・・あ、ああ」


 僅かに顔の朱色が引き、元の調子へと帰る。


「俺は・・・色々あってここの山荘でしばらく暮らするもりだったんだ」


って聞いてたからな。ただ、あんたがいた」


「あんたは・・・何者なんだ?」


「・・・」


 今度はこちらがしばらく静寂を引き受けることとなる。


 というのに目の前に見知らぬ者がそこにいる。


 と、なれば導き出される答えはそう多くはない。


 無論、人が酔狂すいきょうで山登りやら観光に来た可能性もあるだろうが、それこそ確立としては低いものだろう。


 と、するならば。


 目の前にいるの正体。


 この山を訪れた168名の人間の内、半分の人間は己にそもそも気付かない。


 残った半分の人間の内、さらに半分は姿を見て狂ったように叫び、精神が壊れた。


 さらにさらに、そこから残った半分の人間たちは涙を流しながら命乞いをするか、どこかへと逃げ惑って勝手に死んだ。


 そうして最終的には誰も己のことを認識できなくなっていった。


 いつからか名前。


 付けられた覚えもない通り名だけが山から里へと下りていって伝わっていったのだ。


 、と。


「・・・」


 自分は何者なのか、思えば考えたこともなかった。


 、そう人間からは呼ばれていたが、自分でもその名の意味を深く考えたことはなかった。


 ゆえに彼の「お前は何者だ?」という問いは単純であるが、だからこそ答えるのはあまりに難しい。


「そう・・・さな」


「・・・」


「人からはと呼ばれた」


「・・・」


 男の表情を片目で覗き見ると、相変わらず眉間へ皴を寄せてはいたが、妙に納得したように、首を縦に小さく何度も振っている。


「・・・まぁそれだけ。こちらとしてもそれ以上のことはわからない」


「ただ」


なのだろうとは思う。お前もわかっているだろうが」


「・・・」


 変わらず。


 男の表情は変わらず、だが確信を得たかのように首だけは縦にうんうんと振りながら、こちらの話を聞き続けてくれている。


「多くの者はこちらの顔・・・それを見て命乞いをするか、半狂乱となって死ぬか。まぁ多くは精神錯乱者と成り果てたもの」


「そ・・・そ・・・」


「・・・?」


 ずっと表情は変わらずに話を聞いていた男だったが、片方の眉だけが吊り上がり、何か違和感を機敏に感じ取ったらしい。


「そ・・・そんな顔を・・・お前は・・・す・・・す・・・」


 声の小さな変調から始まり、そして最後には再び、顔色へと染まっていた。


 男の方が先に投げ出してきた言葉をそっくりそのまま口に出して紡ぎたいが、がより一層と激しくなってそれを許してくれない。


───山奥に流れる夜の時間はまだまだ長い。

 彼、彼女はこの先に何を紡ぎ、重ねていくのやら。




───続く。

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