第6話 邂逅⑥

「うお!お前、あの時の!!なんでこんなとこにいるんだ?!」


 当然の疑問が口から洩れる。数時間前に出会った少女。僕が面倒事有りとみるやいなや、恥や外聞その他諸々をポケットを裏返すがごとく絞り出し、勇気の遁走を判断させた危険(人)物。至急爆弾処理班を要請する必要があるだろう。


「一緒に家に帰ろうって言ったのに、ニーラ私を置いてとっとと家帰っちゃったじゃん。だからまた探す羽目になったんだぞ。お前の生きそうな場所とか...。まったく手間かけさせやがって」


「だからそうじゃなくてぇ!あとなんで僕の行きそうな場所とかが...」


 僕が当然の疑問を口に出そうとすると、彼女は僕の背後に指を差し出す。


「そんなどうでもいいことより、目の前のことを解決させる方が先だろう?そろそろ危ないと思うぞ」


 彼女は僕に警鐘を鳴らす。その通りである。僕の眼前で繰り広げられているのは自分の心をひた隠し、日夜舌戦を繰り広げる女子のお茶会ではない。その逆、自分の心を丸裸にして貪りつくさんとする猛獣がいる。それを前にどうして彼女と優雅にお話謎出来ようか。否、しゃれている時間はもはやない。


「...それはその通りだけど、今の僕に何ができるって言うんだ。...全くもって他人のやつがでしゃばる幕でもないだろ。そんな奴、いるだけ邪魔だ。」


 僕は顔を若干歪ませながら彼女に呟く。そうだ。僕が話してどうにかなる問題でもない。其れには意味がないのだ。自分に言い聞かせる。逃げるが勝ち、という信念の下、足に魔術を籠める。


 彼女はそんな僕の態度に「ふーん」と言い、続ける。


「でもお前、その割にはなんか納得がいかないって思ってるだろ。いいのか?このまま帰って。お前の魔術、そのためだけにあるのか?」


 いやに心が読まれる。彼女の正体とはサトリと呼ばれる妖怪であろうか。それならなるほど、先ほどの発言も納得がいく。別れ際に心でも読まれたのだろうか。


「この痴話喧嘩...まあ実際に血が流れそうではあるけれど、これ自体には疑問はないよ。これは洞院が蒔いた種で、それで魔術まで使うやばい喧嘩に発展してる。それで終わり。ただ—―」


 僕は違和感の正体を探りながら、彼女に言う。


「ただ、変なのはあいつだ。洞院だ。あいつ、何考えてるかがわからないんだ。後ろめたさで攻撃できないなら、さっきまでと同じように逃げればいいじゃないか。なのになんで今逃げないんだ。」


 彼女が魔術を使い人を攻撃しているとなれば、もっぱら機動隊が駆け付け事態を鎮圧する事態となろう。魔術の法改正はまだまだ問題があるといえど、必要最低限考えられる対策は可決されている。


「その洞院、って女生徒にも単純に思うところとか後ろめたさがあるっていうのもあるだろ。そも、これは逃げても解決には至らんからな。問題の先延ばしに外ならない。」


 彼女は続ける。いたずらを仕掛ける子供のように、何か期待でもしてるような怪しげな表情で。


「まあ、ニーラが行っても邪魔にしかならないっていうのはあるかもしれないよ。否定しない。特に御影、ってやつとはあまり接点なさそうだからな。」


 ガチン、とまたしても金属音が響く。その音で現実に帰還するような感覚が僕の体をぶるりと震わせる。いま、ここは殺し合いの地と化している。流暢におしゃべりを楽しんでいる場合でもない。


 今すぐここを脱出しなくては――そう考えて魔術を発動しようとするが、彼女に問われる。


「魔術<マギア>は自分次第だ。お前、本当にここで逃げておしまいでいいのか?」


 その言葉に、僕は自身の魔術のベクトルを調節する。向かう先は――



 「どうして私と喋ってくれないの!?最後なんだから答えてよ!!」


 御影が息も切れ切れとしながら叫ぶ。伝えたいことがあふれるが、言葉にするのが追いつかない。


「私はあなたを好きになった!!あなたと共に過ごした日常はこの先も消えない!!!」


 攻撃の手が一瞬緩む。洞院は逃げず、しかし物悲しそうな目で御影を見つめる。


「だから、ここで終わりにしたいの!!これ以上の夢の続きは、私には必要ない!!」


 その声が響くと同時に彼女は魔術で生み出したナイフをさらに変化させる。さながら、彼女の心と連動するかの如く、さらに凶暴なものへと。


 先ほどの単純なナイフのような形から、まず刀身が変化している。それはさながら短剣のような変化していた。また、その剣身から右に2本の枝刃が覗いている。それを右手に構える。


 さらにそれだけではなく、彼女は左手首からもう一本短剣を取り出す。先ほどのそれとは左右対称であるものを。


 計二振り、彼女はその手に武器を構える。その姿を見た洞院は、やっと口を開いき、叫んだ。


「やめろ!!そこまでの出血は本当に命に関わるぞ!!」


「今から一緒に死ぬのに、それを気にしてどうするのよ。私は別にこれ以上無駄に生き続けようとも思ってないわ」


「...なんで、あたしなんかことをそこまで思ってくれるんだ?」


 御影はその言葉を聞いて動きを一瞬鈍らせる。


「あたし、そこまでたいそうな人間じゃないぞ。こうして4股紛いのことをして、君たちを傷つけて...どうして?」


 心からの疑問。しかし御影は再び歩き出す。


「私は子供の時、両親が離婚してるの。父が未来機関の職員だったんだけど、それの仕事の関係でね...」


「別にそれは良かったの。初等部から魔術の学習や規制をするために地区が離れ離れになって寮生活だしね。でも、あたしの母親、それで心が病んじゃってね...魔術が暴走したの。それこそ今の私みたいに血を吹き出してね」


 彼女は先ほど自分でつけた傷跡を触りながら、ゆっくりと確実に洞院との距離を詰めていく。


「それで、私が駅から出て母親のところに戻るころには亡くなってたわ。すごくショックだった。子供の時なんて、親がいなくなることなんて想像もつかないじゃない。親戚も手続きを面倒がってたらいまわしだったしね。


「そんな中、洞院は私に話しかけてくれた。あたしと友達になろうって。それだけなの。」


「...それだけ?」


 洞院は思わず聞き返した。


「そう、それだけ。でもね、それだけでよかったの。わたしにとって。...でも、今!

!あなたは私じゃなくてあいつらとも関係を持ち始めた...。私が一番じゃなくなってた!!!」


 彼女の言葉が熱を帯び始める。


「だから私は、私が一番だよねって確認した!!だけどあなたはいつも曖昧な返事で誤魔化して逃げようとしている!!!なら!!!」


 彼女が血の刃を向けて呟く。目じりには様々な感情を含んだ涙を浮かべている。


「なら、ここで終わりにしたいじゃない。これ以上、もう傷つけたくないし、傷つけられたくない...」


「...そうか。」


 洞院が呟き、魔術を解く。その顔は殉教者のそれと同じく、安らかな顔であった。


「ありがとう。一緒に逝こう。...大丈夫、怖くないわ。」


 御影がその刃を洞院めげけて振り下ろす。洞院は避けない。だから―――


「...誰?邪魔をしないでほしいんだけど」


 洞院の目の前に立ちふさがりながら、空気を読まない闖入者は震え声で言う。


「空気が読めなくて非常にすまない。だけど、友達を殺される瞬間だけは、おいそれと見逃すことはできない。僕が僕じゃなくなるだろ。」


 僕の初速エネルギーのベクトルを変更し、彼女らの間にその体をねじ込む。古来より、百合の花の間に挟まる虫はゴミとして消え去るべきだと重々承知の上であるが。


 そして呆けた洞院を後ろに押し出す。まずは彼女と距離を開けなければ。


 命のやり取り爆心地ということもあり、吸い込む空気が非常に重たい。呼吸器に発生した若干の乱れを治すように慎重に言葉を探していると彼女の方から投げかけられる。僕の体は情けなくびくりとする。何たる醜態であろうか。


「...ああ、さっきいたわね後ろの方でただ見てるだけの...。いまから私たち死ぬんだから放っておいてよ。」


「...韮谷、もう大丈夫だから、どいてくれ...。」


 洞院が力なくつぶやく。その面影からはかつて1-Aの教室をすがすがしく爆破したやつに、笑顔で便乗していたやつの顔とはとても思えない。まるで一気に老け込んでしまったようである。


 そんなかつての陽の塊に、何より自分の尻をひっぱたくために叫ぶ。その姿は傍から見れば選手宣誓のようにも見えよう。


「大丈夫?大丈夫なんかじゃない!!だって、僕が大丈夫じゃないんだ!!!お前が、お前たちがここで死のうとしてることが。――見ろ、彼女を。」


 見れば、御影は体にふらつきがあり、軽い息切れをしているのがわかる。さらに刃を持つ手が一瞬力なく垂れ、また踏ん張って元の体制になる。


「魔術の使い過ぎで貧血だ。血の武器が彼女の左手首につながていたから、それも血液の一部として循環できているのなら、まだ大丈夫だと思っていた。けどこれ以上は限界だろう。早急に魔術を解除して、元に戻さなければ―――」


「だから、私はその子と死にたいって言ってんの!!この後とか知らない。私たちはここで終わるの!!」


「大丈夫だ韮谷。あたしは...。帰ってくれ。巻き込んで悪かったな。」


「僕が大丈夫じゃないって、関係ないでしょあんたには!!漫画に感化されたヒーロー気取りのエゴイストが!!!偉そうにしゃしゃらないで!!」


 彼女が叫び僕にその刃を向ける。刹那、僕は先ほどの彼女の言葉を聞き、考えていたことを実行する。


(魔術は僕次第。僕は敗走、そして遁走のために魔術を使ってきた。だから逃げ専用に定着している。だけど、それが、それだけが魔術じゃなかったんじゃないか?僕には何が出来たんだ?)


 彼女の短剣が僕を襲うべく速度を上げながらこちらに向かってくる。


(僕は面倒事から散々距離を置くために散々逃げてきた。その結果がこの魔術なのか?それがこんな負け犬専用の能力に変化してしまったのだろうか)


「避けろ!!韮谷!!」


 洞院の叫び声が聞こえる。


(僕はそんな人間だ。面倒事から逃げ、女子のスカートを覗く。そんな卑劣でちょっと後ろ向きなエロガキだ。でも――


でも、目の前の泣いてるやつを見捨てるほど、堕ちていないって信じたい。)


 魔術回路が起動する。ここからは僕の想像次第だ。


 逃げない。目の前の御影を止めたい。傷ついているやつをこれ以上放っておけない。様々な思考がめぐり合い、破裂を繰り返す中、僕は一つの手段を選択した。


 体をずいっと彼女の方に寄せていく。自ら獲物を持った相手に近づいていく挙動に御影は若干ひるんだ様子を見せる。本気で僕を殺すつもりがなかったものだと、彼女の根底にあった優しさが垣間見えたような気がした。


 僕は彼女の顔の前で両手を突き出し、さながら指揮者のような構えをとる。そして、両腕にため込んでいた魔術回路を解き放つように両手を合わせた。瞬間、パァンという破裂音とともに、閃光のような光が放たれる。


 猫だまし、と呼ばれた手法である。相手の眼前で両手を打つことで怯ませ、自分優位にすることを目的とした型だ。もちろん魔術で強化された猫だましとそれでは威力の訳が違う。その光と音の衝撃波は、たちまちのうちに彼女の意識を暗闇へと放り去った。


 崩れる彼女を抱えるとともに、彼女の魔術が解除される。すると同時に、それで操っていた血が文字通り糸でも切れたかのように地に落ちた。それを見た洞院は悲鳴にもに似た声を上げながら駆け寄ってくる。


「御影!御影ぇ!!」


「ハイちょっと失礼」


 軽快な挨拶とともに先ほどまで距離をとって離れて見ていた七海摩耶がペタペタと近づいてくる。


 なんで堂々と出て来てんだこの人...あんた、わかりにくいけど一応さっきニュースで報道されていた人だからな!?さもキジ目キジ科ライチョウ属に分類できるような警戒心の薄さである。だから絶滅するんだぞ、と心の中でツッコミを入れる。


 驚く彼女を横目に、七海は御影の様子を観察する。自分もちらりと覗くと、その姿に違和感を覚えるのに時間がかかった。


「うん、気を失っているけど、出血はさっきの短剣2本だけかな。まあ、それでも早く病院につれていって輸血しなきゃだけど。...でもさすがは自身の血液を魔術に組み込んでいただけはあって、無駄な出血はないな。止血する必要はなさそうだ。」


 七海は言う。なるほど確かに左手首から血があふれている様子はない。僕は安心すると同時に彼女から問いかけられる。


「この子も気になるけど...なんで韮谷、ここまでしてくれたの?さっさとあの能力使って逃げればよかったのに...」


「...友達が本気で困ってるのを見過ごせないっていうのもあるけど、個人的にむかついたからかな。」


「むかついた?」


 彼女は疑問符を一つ。


「勘違いするなよ。御影のじゃなくてお前の態度にイラついたんだ、洞院。お前、自分は死んでもいいけど御影に死んでほしくないって思ってただろ。


 洞院はそれを聞いて寂しそうに笑った。


「お前の魔術で完封できていたのに、お前逃げようとも対話しようともしなかったじゃないか。さっきまでとの態度が違いすぎるよ。」


「バレバレか。」


 その言葉を肯定するように、首を動かし反対方向に隠れていた、洞院を追ってきたやつらを見渡す。


「お前、わがままのくせしてそれを貫くような胆力がないんだよ。金借りたり格ゲーで切れ散らかして逃げるのもそうだけど、特に女の子4人告白の返事しなかったの。...洞院さ、女の子侍らせたかったのもあるだろうけど、単に崩したくなかっただけだろ、女の子の関係。」


「...。そうだね。韮谷の言うとおりだ。」


 洞院は自嘲的な笑みを浮かべながら続ける。


「あたしは、別に大層な人間じゃない。御影が言ってたように、責任も、矜持も、覚悟も持ってはいない。でも、彼女たちを傷つけたくなかったんだ。......本当に、それだけだったんだ。でも結果的に御影を一番傷つけてしまった...。私は何かを選んで、切り捨てていくことが出来なかったんだな。」


 思いを伝えるという行為には、成就しないというリスクが常に付きまとう。そのハードルを乗り越え、自分の心をギャンブルのチップのようにレイズした彼女たちの心意気には真摯に向き合わなくてはならなかった。


 さておき思いを受け取り、その運命をゆだねられた者にも、それ相応の対価を支払う必要がある。それが彼女には欠けていたわけだが、告白を受理しないという選択をすることもまた難しいのだ。高慢にて傲慢に聞こえるが、振るほうも切実な問題なのだろう。こういうことに縁がない僕は話半分に聞いていたが、その実態を見ると心理ではあったように思う。


 彼彼女らに向き合い、洞院は言う。


「告白の返事、待たせてごめんさない。私は、あなたたちと付き合えません。向き合うべき人を見届ける時間を作りたいからです。...重ねてごめんなさい。あと男子諸君、金とか格ゲーの件とかはごめん。単なるめちゃくちゃわがまま」


 彼女らは困ったように、しかし回答を得てすっきりとした表情をそれぞれ見せた。

 男子諸君は「次はマジで普通に戦えよ」「お金、いつ返してくれるんですか」と先ほどよりは軽い口調で彼女に問う。


「まあ、おいおい、...努力義務...」


「全部台無しじゃん...。」


 僕は思わずつぶやくと、七海がこちらにぺちぺちと音を立てて歩いてきた。


「おーい、終わったか?難しい話は。」


 だからなんで顔を晒せるんだあんたは。


「医療機関専門呼んでおいたからそのうち来るぞ。そっちで話し合う時にはおそらく無茶な魔術は使えないはずだ。奴らの目もあるしな。ほれ」


 七海が洞院に携帯を擲つ。そりゃあんた自分の使うなんて馬鹿なことできないでしょうけど、盗むのが速すぎるだろ...。まさに神速って漢字が当てはまろうか。


「でも、もうお前はさっきより前に進めたから、あとは二人で落ち着いて話し合え。大丈夫。お前は御影の想いを知ってどうするのか考え、決めれる。逃げない覚悟はもう持ってるだろ。」


 洞院は携帯を握ったまま、涙目でうなずく。


「んで、あとは解散。お前も家に帰るぞ。」


 七海が腕を引っ張る。


 少しだけすっきりしたような顔を覗かせた洞院に安心しきっていたが。鋭い、そして当然の疑問が飛んできた。


「あと、ずっと気になっていたんだけど、...その子、誰?」




 


 


 


 




 




 

















 




 

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