第1話 高嶺の花はチョロい


「慌ててる左藤君可愛すぎてマジ天使!ちゅき!抱いて!愛してる!」

「は?」


 俺は思わず耳を疑った。

 何故なら、あの高嶺の花と呼ばれる高咲から限界アイドルオタクみたいな発言が出てくるなんて完全に予想外だったからだ。

 しかも、いつもと変わらぬクールビューティフェイスのままで。

 きっとこれは何かの幻聴。

 悪い夢だ。


「はぁ〜、頭の頂上に付いたアホ毛も良過ぎる。感情に合わせて動くとか可愛すぎ!へにゃへにゃってなってるの愛らしすぎる!私のスパチャで元気にして上げたい!いくら上げたら元気になるの!?全然百万円くらいならすぐに出せるけど!あっ、もしかして百万じゃ足りないかな?そうか、そうだよね。百万なんてすぐ無くなっちゃうもんね。サラリーマン様の生涯年収である三億円くらい必要だよね!こんな簡単なことにも気付かないなんて、私馬鹿過ぎる!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!推しに不敬を働いてしまった。あぁ〜死にたい……」


 しかし、現実逃避をしようとする俺に追い討ちをかけるように、彼女の早口は続いた。


 どうやら認めるしか無いらしい。

 高嶺の花と呼ばれている高咲は才色兼備のお淑やかな美少女などではなく、中身が一般人の俺にガチ恋してしまうような残念限界オタク女子だったという現実を。

 俺が高咲のことを引いた目で見ていると、正気を取り戻したのかこちらの視線に気づいた。


「ッ〜〜〜〜!?」


 次の瞬間、とてつもない羞恥心が湧き上がってきたのか、高咲という真っ白なキャンバスが一瞬にして濃い赤一色染まった。

 

「……あ、あ、あのあの忘れてもらうことって出来たりしませんかね?……」


 鞄で顔を隠しながら今にも消え入りそうな声で懇願してくる高咲。

 美少女からこんなお願いをされれば、男なら誰だって首を縦に振るだろう。

 だが、残念なことに先程高咲が晒した醜態は俺の脳裏にしっかりと焼きついてしまっていて。

 だから、俺は首を縦に振ってこう言った。


「悪い、無理」


 と。

 それを聞いた高咲は「・+<7#¥÷<*5」と声にならない悲鳴を上げ、約十分くらい駅の隅っこで膝を抱えて蹲っていた。



「……あの左藤君はいつまでそこにいるのでしょう?」


 近くにあったベンチでスマホを弄っていると、落ち着きを取り戻したのか高咲がおずおずと話しかけてきた。


「ん?監視とバイトが来るまでの時間潰しだ。俺に恥ずかしい姿を見られたから自殺するなんて馬鹿なことされたら困るからな」

「流石の私もそんなことしませんよ。今ここで自殺なんてしたら左藤君に迷惑が掛かるじゃないですか」


 スマホから目を離し素直にいる理由を伝えると、心外だと言わんばかりに高咲が頬を膨らませた。

 どうやら俺の杞憂が過ぎたらしい。

 

「そうか。悪かったな。とりあえず高咲が冷静になってくれたようで何よりだ。で、とりあえずさっきのお前が素だって認識で合ってるか?」


 俺は素直に頭を下げ謝ると、次いで今一番聞きたかったことを尋ねた。

 すると、高咲はビクッーーと肩を大きく跳ねさせ、忙しくなく視線をあっちこっちへ飛ばし始める。


「……えっと、その、あ〜はい。……間違いありません。引きましたよね?」


 しかし、沈黙に耐えきれなくなったのか、はたまた今更否定しても意味がないと観念したのか。 高咲は暫くして俺の問いを肯定。

 不安の眼差しでこちらの様子を伺ってくる。


「めっちゃ引いたな」

「カハッ!」


 変に気を使うのは柄じゃないので、素直な感想を答えると高咲の口がまるで腹を殴られたかのような声を上げた。


「早口過ぎて普通にキモかったし」

「ぐほお゛っ〜〜!」

「ほとんど話したことがない相手にお金を貢ごうとする精神性が意味不明過ぎてバケモン」

「こふっ!……あ、あの、これ以上は流石に耐えられないので勘弁してもらっても良いですか?」

「あぁ、悪い。変態相手とはいえ流石に言い過ぎたな。すまん」


 その後も、俺が思っていたことを言い続けるために悲鳴が上がり、本人から止められてようやくやり過ぎたと気づいた時には高咲は息も絶え絶え。満身創痍になっていた。

 流石にこれは何かしらフォローしておいた方が良いだろう。


「ただ、キモいとは思ったが別に嫌いになる程じゃないから安心しろ。高咲も同じ人間なんだと思えて、ちょっと好感持てたし」

「……左藤きゅん。す゛き゛っ゛ーーーー!」

「ちょ、高咲!?」


 俺が高咲のことを嫌ってはいないと伝えると、瞳を潤ませた彼女が飛びついてきた。

 そんな彼女を受け止めながら、こういうやつがDV彼氏に引っかかるんだろうなとそんなことを思った。





 あとがき

 冷やし中華二人前一丁。

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