絶倫かな……。


 と、ぼんやりと目を覚まして思った。

 窓の外はチュンチュんと小鳥が鳴いている。

 差し込む光を眺めながら、まったく動かない体とガンガン痛む頭で目蓋を閉じた。

 結局朝まで犯され続けるとは、これが若さか。

 自分でも驚く程一切後悔はしていないのだが、辛いものは辛い。

 リュカが申し訳なさそうにコップに水を注いで持ってくる。


「す、すまん」

「……いいけど……べつに……こうかいとか、してないひ……」

「す、すまん……」


 声はカスカス。

 悠来はこのザマだというのに、リュカはなんの問題もなく動き回る。

 これがただの民間人と騎士団長の明確な差なのだろうか。

 確かに昨夜見たあの肢体は男の悠来すら見惚れる見事なものだった。

 加えて顔も良い。

 城のメイドたちからリュカが羨望と憧れの眼差しで眺められているのは知っていた。

 男の悠来が見ても『マジイケメン』と嫉妬心さえ霞のように消え去る男。

 上半身を抱き起こされて、その分厚い胸板にもたれさせて水を飲まされる。

 ……このように性格まで優しく気遣いの出来る男、モテないはずがない。


「あったかいよなぁ、お前……」

「…………」


 鍛えた筋肉のおかげでリュカは体温が高いのだ。

 胸に額を擦り付けて呟くと、なぜか無言になるリュカ。

 目だけで見上げると、そっぽを向いていた。

 ただし、耳まで赤い。


(ちっ、可愛いかよ……)


 体が動けば抱き締めて頰にキスでもしていたかもしれない可愛さ。

 リュカ、と呟くように声をかけて、ようやく振り向かせる。


「どうする? このまま……付き合ってみるか……?」

「! ……え、あ……ほ、本当にいいのか?」

「んん、つーか……この世界ではどうなんだ? その、同性愛とか……」

「? どういう事だ?」


 首を傾げられて、おや、と思った。

 ポツポツと「俺の世界ではちょっと差別的な、アレがな」と言うと驚かれる。


「そうなのか? 我が国ではそのようなものはないな。聖霊は人間の情を大変好まれる。情は性別も年齢も血も関係なく生まれ、その者同士により育まれ、幸福に繋がるものだ。その情が深く、絆が固いものならば聖霊はなんでも好み、力を貸してくれる」

「……な、なるほど……?」


 分かるような、分からないような理屈だ。

 だが、以前真美が自分から行方を眩ませた時の事を思うと、聖霊は確か大雑把な感情にしか反応していなかったように思う。

 それを『情』と喩えるのなら、悠来がリュカに抱いているこれもまた『情』に括られるものだろう、と納得がいく。

 つまり、この世界ではなによりも『情』が大切なのだ。


「そうか……良い世界だな」

「っ……」


 色々と大変ではあるが、人と人との繋がりを大切にしていく事の出来る世界は素晴らしいと思う。

 悠来の生まれた世界はその繋がりを年々多くの人が断ち切り、捨て去ろうとする。

 古き良き時代をすっかり過去に置いてきて。

 いや、もちろん現代人のいう事もとても良く分かる。

 悠来だって真美が変質者に攫われるなり、性被害に遭うなりしたらそんな危険人物と会わないよう隔離するのに努めるだろう。


「……いい、世界……だろうか……?」

「お前が守りたい世界なんだから、そんなに捨てたもんじゃないんだろう?」

「…………」


 そう言うと、泣きそうな顔をされた。

 無理して撫でてやろうとしたが、ピクリとも動かない。

 歳だとは思いたくないが、体の基礎スペックが違いすぎるのだろう。

 無言で抱き締められ、なんとなくその心が透けて見えるようだった。


「俺は、ユウキに父の姿を重ねて見ていた時がある」

「ん、そうなんだろうな、と思ってたよ」

「……けれど、昨日のユウキは、アレはずるい。今のも、ずるい。……俺は……この国の騎士団長として、強く、あらねばならない……のに……」

「無理だ無理。人間は根っこが弱いもんなんだよ。自分本位で、バカで愚かでみっともない。弱い生き物だから群れる。そして……弱いから支え合って大切に想い合えるんだ。聖霊が好きなのはそういう『情』なんだと言ったのはお前だろう?」

「!」


 リュカの目に優しい光が宿る。

 ああ、なんて綺麗なのだろうか。

 もう一度、丁寧に抱き締められて……体が少しずれると随分と顔が近い。

 柔らかな唇が重ねられ、啄むように吸われる。

 首を動かす事も出来ないので完全に受け身だが。


「……今日はここでこのまま休め。俺も今日はこちらで仕事をする」

「え、いや……、……ああ、いや、そうだな……真美には二日酔いって事にしてくれ」

「ふふ、了解した。……この世界の酒に体がまだ馴染んでいなかった、という事にしよう」

「ん、まあそれで良い」


 ころん、と寝転がされ、目を閉じる。

 喉が痛い。

 リュカは後で花蜜を持ってくる、と言って額に口付けると一度部屋を出て行った。

 ぼーっと天井を見上げながら、あのなんともキザでありながらも流れるように施されたキスの数々に人知れず赤面する。

 体が動くのなら両手で顔を覆って悶絶したい。


(小っ恥ずかしい……)


 なにかの役柄でも演じている気分だった。

 いや、ただ素面であれを言うのが恥ずかしかっただけのような気もする。

 あのキスを、それを答えと受け取っても良いものか。

 貞操概念が凝り固まっているわけではないにしても、子持ちの男にああも熱心に甘い口付けを落としてくるという事は……リュカもやはり満更ではないという事なのだろう……と、思いたい。

 いや、昨夜確かに……「好きだ」とは言われている。

 そして、悠来も自分の欲は自覚していた。

 あの男は、良い男だ。

 顔が熱くなってきた。


(ああ、なんか自分で思ってるよりハマってるかもしれねぇなぁ……)


 ズタボロで異世界に……この世界に召喚され、一番最初に出会った人間。

 最初からあの男だけは優しく誠実だった。

 リュカだけは信じても良いと思える程、こちらの事を始終案じてくれていたからだろう。

 それが滲み出ていたのだ。

 共に過ごし、どこか……息子がいたならばこんな感じか、と片隅で思うようになる。

 それはメイリアに出会い、彼女と会話する事が増えたせいなのかもしれない。

 だが、魔物に襲われた時……あの時の、背中。


(……男でも惚れるってあるんだな)




 ***




 すよ、すよ……と開いた窓から入る穏やかな風を感じながら眠っていた。

 だが、廊下で人の声がする。

 直でリュカの寝室の扉を開けて現れた人物を、悠来はぼんやりと目を開けて確認した。

 いや、確認するまでもなく……「お父さん!」と呼ばれた事で誰だかは見当が付いている。

 悠来をそう呼ぶのは一人しかいない。


「まみぃ~……」

「うぅわ、本当にお酒くさぁ……!」


 目が開かないのだが、気配と声を頼りに手を伸ばそうとする。

 ……ある程度眠ったせいなのか、ふらりと指が動く。

 嗄れた声で名前を呼ぶと、拗ねたように「んもぉ~」と唸る真美。


「今回復してあげるから、そのまま寝てて!」

「んん? かいふく?」

「いくよ、お願いエウレイラ……!」


 エウレイラ、は真美が契約した聖霊王。

 この世界の聖霊は属性により王がおり、全部で十人の聖霊王がいる。

 真美が契約したのは全ての属性を持つ『黄昏たそがれ』の王。

 悠来は聖霊が見えない。

 どうしてそんな事が可能なのかさえ、理屈が分からないが……温かな光が降ってくる。


「? ……お?」

「はい! 終わり!」

「…………」


 ポカポカと体がとても温かい。

 真美の声で目を開ける。

 ぱっちりと開き、頭も随分とすっきりしていた。

 もしや、と思って起き上がろうとすると、驚いた事に腰が曲がる。


「お、おおお~!」

「そ、そんなに感動しなくても……」

「いやいや、あれだけ酷かった体の痛みも取れてるし!」

「え? 頭じゃなくて? お父さん、お酒飲んで二日酔いになると『あたまいたーい』『きもいわるーい』って……」

「んんんっ! もちろん頭も痛かったし気持ちも悪かったけど! ……いや、酔って転けたらしくて、あちこち痛かったんだよ……あはははは……」


 本当の事など言えるはずもなく盛大に目を背けた。

 しかし、真美もそれ以上は追求してこず「ふーん」で終わる。

 ふと、真美の後ろにリュカが佇んでいて、しかもとても安堵した表情をしているのに気が付く。

 いや、あの顔は……あれはダメだろう。


「リュ、リュカが真美を……?」

「ああ、とても心配されていたからな」

「そ、そうか……。真美、えーとそれから、聖霊王? 治してくれてありがとうな?」

「えへへ」


 嬉しそうにベッドの縁に座り、悠来に頭を撫でろと言わんばかりに近付いてくる真美。

 そう言われたら、期待に応えるしかない。

 頭を撫でて笑い掛ける。

 ついでに今夜の夕飯は真美の好きな物がいいだろう。


「よし、今夜はハンバーグ作ろう」

「本当!?」

「ああ、ハンバーグならこっちの世界の材料でも作れるしな」

「やったあ! お父さん大好き!」


 抱き付いてきた真美の頭を撫でながら、自分の体の様子に違和感を感じた。

 体は問題ない。

 だが……。


(……疲労は残ってるな……これはちょっとやそっとじゃ取れなさそうだ……。まあ……あれだけヤりゃあなぁ)


 とは思いつつ、娘の為に立ち上がる。

 リュカに「ベッドありがとうな」とお礼を言って、まずは時間を確認。

 昼前なので、真美が騎士団寮に昼食を食べに来たのだろうと納得した。

 ならばまずは昼食を作ってやった方が良いだろう。

 真美に「なにが食べたい?」と聞いてみると、満面の笑顔で「ハンバーグ!」と言われるが昼食には間に合わないので少し思案する。


「ああ、それならピザにしよう。トーストピザ」

「わあい! それも好き!」

「ぴざ?」


 リュカの寝室を出て、食堂へ向かう道すがら説明する。

 この世界のパーン……パンを使い、トーストピザを作るのだ。

 幸いケチャップ的な物もあるし、チーズは主力の一つ。

 加工肉としてハムのようなものもあるので、不可能ではない。

 ただ、唯一悠来には出せないものがある。


「真美、火を使いたいんだ。手伝ってくれるか?」

「うん! 一緒に作る!」

「ま、マミ様が自ら!?」

「いいの! パパと作るの!」

「は……、……か、かしこまりました。御心のままに」

「………………」


 恋人……となった男が娘にヘコヘコと頭を下げる光景。

 娘の方が実質的な上司と呼んで差し支えないのだろうが、なんとも珍妙な光景だ。

 果たして前の世界でも自分の娘が恋人の上司、という関係の人間は何人存在するだろう?

 大変に複雑極まりない。


「真美、あんまりリュカを困らせちゃダメだぞ」

「はぁーい」

「リュカもトーストピザ、食べてみるだろう?」

「え? い、いいのか?」


 もちろん、と言うと微笑まれる。

 その、とろけんばかりの微笑みに顔が熱くなるのを感じた。


(……真美に話すべきか? けどなぁ……)


 真美のお父さん大好きぶりを思うと、リュカへのあたりが強くなるような気がして仕方ない。

 今の時点でこれなのだ。

 さすがにリュカの胃に穴が空きそうだと思う。


(……内緒にしておこう)




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